#196
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と、珍しく言ってみることにしました。
なぜ、こんなにも心がざわめき、苛立つのだろうか。
昼休みの騒動を終えて、午後の授業が開始されてからも胸の内は晴れずにいた。
望んだ勝負、望んだ対立。
すべて自分達で望んだ行動の先に訪れた、望まない形での対立。
どこで、俺達の道は望んだ道から外れてしまったのか。
それは、周囲の人間関係だろう。
荻原優斗にあって、俺には無いものはいくつもある。
だが、俺にあって優斗に無いものは少しだけだ。
信頼を置ける人間が、俺の周りにいて彼の周りにいない。
荻原優斗は広い交友関係を持っていないがらも、どこまでいっても皆のための荻原優斗であり王子様なのだ。
人気者で、他者から慕われて、そして逆に自分が信頼できる人間関係を優斗自身が築くことが出来ない。
優しさを間違えた形で表現してきてしまった彼の間違い。
皆に平等に接しようとした結果が、広くて浅い人間関係を正しいと思うようになってしまった。
そもそも、広いも狭いもなく二年になるまで人間関係すらを軽視していた俺に言えたことではないかもしれない。
視線を黒板から一度だけ優斗の席に移す。
その一瞬の些細な視線の変化にも気が付いた綺羅坂が、小さく隣の席の俺にだけ聞こえる程度の声量で呟いた。
「勝負に情けは不要よ」
「……そんな余裕はないよ」
分かっていて、それでも指摘をされたことで子供が不貞腐れるように彼女の視線から逃れるため窓の外を覗く。
晴れぬ心境とは裏腹の晴天が、空には広がる。
もっと、少年漫画のような展開を俺は無意識に望んでいたのだろうか……
互いが選挙という舞台を通じて、本音で語り合い理解し合えると本気で信じていたのだろうか。
今の俺には、その答えを出せずにいた。
放課後を知らせるチャイムが鳴り響き、賑わいを見せる教室内では優斗の周りには多くのクラスメイトが集まる。
これから、今日も選挙活動を開始するのだろう。
俺は、彼らが教室内から出てくのを見送るように、自席でただ静観していた。
自分も同様に活動を行う様子など微塵も感じさせないことから、荷物を持って歩み寄った雫が問いかけてきた。
「湊君は一年生の昇降口に移動しないのですか?」
「……」
一瞬、その問いかけに思考を巡らせてから、首を横に振る。
その姿に、雫は疑問を浮かべた。
「なぜですか?」
彼女から、少しだけ鋭い視線が向けられた。
綺羅坂と同様の考えが、雫の中でもよぎったのだろう。
しかし、隣に座る綺羅坂にも伝えるように、自分なりの意思表示を示す。
「……派手な手段はもう使った、あとは地道な票集めだ」
これ以上、ありきたりな演説活動は短期間での効果は期待できない。
なら、一層注目を集める演説よりも、地道な票集めに方向性をシフトしたほうが賢明だろう。
昼休みの一件で、嫌でも生徒からの注目度は高くなっているはずだ。
ネットが時代の主流となっているいまでは、生徒間の情報伝達は異常なほどに早い。
一つの話題でも、内容は多少変わっていても広まるものだ。
「別に優斗に遠慮しているわけじゃない……予定を少し早めるだけだ」
二人を納得させるように、だが苦笑交じりで表情を作ると荷物を持って立ち上がる。
習うように、二人も自分の荷物を片手に後ろをついて歩く。
「雫は部活動に入っている生徒で知り合いはいるか?」
「そうですね……運動系の女子ならある程度は」
「運動部か……なら、小泉も連れて行こう」
休日に部活動をしている生徒に対して、友好的な関係を小泉は築いているはずだ。
なら、雫の人脈と小泉の信用性を使って攻めるのは悪い方法でないかもしれない。
……一つ、懸念材料がるとすれば俺が運動系の活発な女子生徒が苦手というだけだ。
本当にそれだけ。
いや、あれだ。
異性でアウトドアで活発とか、すべてにおいて共通点がないから話が何も噛み合わないのよ……
まあ、今日に関しては周りもいるからその心配は杞憂に終わるだろうが。
雫には、そういう意味でも手伝ってもらうことがあるが、綺羅坂には別件で頼みたいことがあった。
「綺羅坂……お前には原稿を頼んでいいか?」
「原稿?……選挙当日の真良君用の原稿かしら?」
「いや、それは自分である程度考えてあるから問題ない……応援演説用の原稿だ」
そう言って、カバンの中から一枚のプリントを取り出す。
選挙当日のタイムスケジュールが書かれている用紙だ。
綺羅坂は一瞥して何用を把握すると、頷いてみせる。
「いいわよ、誰が読むことを想定して書けばいいのかしら?」
綺羅坂の問いに、俺は一瞬だけ戸惑った。
……絶対反対されそうだな。
いや、反対されなくても露骨に嫌な顔される可能性がある。
だが、俺的にはあいつに頼むのが一番理想的な展開になると予想していただけに、躊躇いながらも答えた。
「……火野君」
俺の言葉を聞いた瞬間、綺羅坂の表情から一切の感情が抜け落ちた。
やる気そのものが無くなったと言っても過言ではない。
雫も露骨に嫌そうな表情を浮かべているので、彼女達の人選からは遠く離れた選出だったのだろう。
「……念のため理由を聞いてもいいかしら?」
「俺と同時に生徒会に加入して、今回の選挙で俺達が重要視している一年生票を得るには必然的に一年生から応援を依頼したほうが説得力は上がる」
「それなら、白石さんがいいのでは?」
雫が割り込むようにして当然の疑問を投げかけてきた。
俺もその反応は予想していたので、一考することなく答えを返す。
「白石は良くも悪くも計算型の人間だ、無難な応援演説になるよりかは純粋にまっすぐなタイプのほうが周りからの評価は高い」
「でも、私が原稿を考えるのよね」
「あくまで土台でいいんだ……火野君が自分の言葉を付け加えて話せるように綺羅坂には元になる文章を考えてもらいたい」
そう頼むと、彼女達はそれ以上問いかけることはなかった。
白石の性格も知っていて、俺の考えも尊重してくれているからこそ綺羅坂は渋々だが頷いた。
「分かったわ……」
「悪いな……」
教室を出て、生徒が減り始めた廊下で言葉を交わすと、俺達は小泉のいるクラスを経由して体育館へと向かい綺羅坂は原案を考えるべく図書室へと向かう。
別れ際に謝罪の言葉を口にすると、彼女はクスリと微笑を零して去っていった。
雫と並んで小泉のクラスを訪れると、ちょうど小泉もこちらと合流すようと準備をしていたところだったので経緯を説明してから体育館へと向かった。
順番的には室内競技の部活動から訪問して、最後にグラウンドで活動している部活の順番だ。
最初に訪れた女子バスケットボール部は、部員たちがストレッチをしていたところだったので案外順調に話は進んだ。
雫が最初に挨拶をして部員たちから視線を集め、小泉の頼みで部長から時間を少しだけ作ってもらい、そして満を持して俺登場。
その瞬間、女子生徒から一瞬疑問符が浮かんでいそうなほどの「誰こいつ」的な視線が向けられたが、その後に昼休みの変な奴だという認識が広まる。
そして、選挙に関しての訪問であることが察してもらえたのだが……
「……何この展開」
俺は、バスケコートの中でボールを手に持ち一人佇んでいた。
コートを囲むように女子生徒がワイワイと楽し気にこちらを眺めていて、雫と小泉もその輪の中に加わっていた。
「とりあえずフリースローで五本中二本でも入れられたら話を聞いてあげる」
集団の中から、二年生で部活動の新部長になった女子生徒がそう宣言すると、まるでお祭りでも始まったかのように女子生徒達は騒ぎ出す。
絶対に楽しんでいる……
そして、雫も楽しんでいる。
だって、和気藹々と女子部員たちと何本入るかの予想しているもんね。
小泉は小泉で、握りこぶしでこちらに熱い視線を向けて「頑張って!」とか言ってるし……
これだから、賑やかな場所は嫌いなのだと身長にゴール目掛けてボールを放つ。
少年漫画みたい……なんて思ったのは内緒だ。
「てなことで……役員選挙に立候補したので皆さんには応援していただきたいなと」
入っちゃいました、フリースロー。
と言いつつも、ギリギリ二本が入ったので簡単だったとは言えないのだが、運も実力のうちという言葉もある。
何食わぬ顔で体育座りして話を静かに聞いてくれている女子生徒達に向けて告げると、誰が指示するわけでもなく拍手が体育館に響く。
本当は立候補した動機から、当選後の個人的な活動方針なども混ぜて話をしたいところだが時間は有限だ。
部活動の貴重な時間を使うわけにもいかないので、必要最低限ではあったが話を聞いてもらえたのは大きな成果だ。
礼を言ってから三人で体育館を後にしようとしたとき、言い忘れていたことを思い出す。
体育館の扉から、小走りでバスケ部の場所へと戻り一言だけ付け加えた。
「投票……好きな方に入れていいから」
短く、それだけ告げるとすぐに背を向けて走り出す。
その背に女子バスケ部たちは、ポカンとした表情を浮かべてから三人が姿を消した後に笑い声が響いた。
そのあと、女子剣道部と陸上部、テニス部と訪問して同様の話をさせてもらえるように頼んだ。
どの部活も雫と小泉がいたことで、快く引き受けてくれて多少ではあるが俺の言葉を聞いてくれる状況を作ることができた。
優斗の陣営にいる女子生徒とは活発である点では共通しているが、部活動のコミュニティーに所属しているか否かで自ずと交友関係も変化する。
部活動には幸いにもギャル系女子からの手は入っていないようで、否定的な言葉や意見が出てくることはなかった。
運動部を積極的に引き入れるのは悪い戦法ではないかもしれない。
俺の性格上、消極的な考え方や捉え方が抜けていなかったのだろう。
夕暮れまで部活動を回る地味な活動だが、参加してくれて二人には感謝しなくては。
物で釣るわけではないが、何か好きな食べ物でも奢ろうと胸に密かに決めたところで今日の活動は終了となった。
「ありがとな……こんな時間まで付き合ってもらって」
「良いんだよ、僕の出来ることなら手伝うって言ったからね」
嫌な顔一つしないで微笑んで校門前で小泉と言葉を交わす。
控えめな生徒だが、その築き上げた交友関係は貴重であり大きなものだと思わされる一日だった。
小泉とは校門前で別れ、雫と綺羅坂を呼んで帰ろうとしたとき、雫が立ち止まって言った。
「今日は私は綺羅坂さんと帰ります」
「……用事でもあるのか?」
別に方向は一緒だ。
買い物とか何かしらの用事があるのだとしたら、俺も付き合ってもらったので今度は俺の番だと思い聞くと雫は首を横に振った。
「今日、湊君に必要なのは私達ではありません」
そう言って、視線を俺よりも後方に向ける。
何かと振り返ると、そこにはよく知る姿があった。
「兄さん、一緒に帰りましょう」
「楓……なんでここに?」
妹の楓が、自分の通う女子高とは正反対の桜ノ丘学園の前に佇んでいた。
俺の問いに、楓の代わりに雫が答えた。
「私が呼びました、綺羅坂さんも同じことを考えていたみたいですが、今の湊君は本音を言える相手と話をした方がいいと思いまして」
微笑んだ雫の顔を、俺は直視することが出来なかった。
表情に出すまいとしていた心境を見透かされていたようで、恥ずかしくて、でも悪い気分ではなくて。
正直、楓の顔を見たときに安堵の息が零れ出た。
昼休みから続いている苛立ちから少しだけ解放されたような、そんな気がしたのだ。
身内だからこそ、変な見栄を張る必要もないからかもしれない。
「さ、帰りましょう兄さん!」
後ろから隣まで移動していた楓が左手をそっと握り、笑いながら言った。
引かれる手を拒むことは無く自宅のある方向へと足を運ぶがすぐに振り返る。
いまだ校門前で頬んで手を振る雫に、そしてこの場にいない綺羅坂にも伝えてもらえるように言った。
「明日の朝……寝坊しないように起こしてくれ」
「……はい、任せてください!」
その一言を、最大限の笑みを浮かべて頷いた雫に言い残して俺達兄妹は夕暮れの住宅街を進むのだった。
妹キターーーー
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