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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十五話 開票と離別

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#194

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 動画媒体を使った宣伝をした。

 そして、予告なしでの学内放送で短い言葉ではあるが語りかけた。


 大きく切れるカードは選挙期間の中盤で全て使用してしまったことになる。

 あとは、投票当日に行われる演説会だけが全校生徒に注目される手段だ。


 


 人は二つの選択肢を迫られた時、何を基準にして選ぶのか。

 個の能力であり、友好関係であり、評判であり、世間体である。


 すべてが劣っているなら、他の選択肢を探すしかない。

 何か秀でている部分がないか、模索することを諦めてはならない。


 能力で、容姿で、人気で勝てないのならたった一つでいいから絞り出す。

 最近のSNSでの炎上商法ではないが、何か爆発的に話題性のあるものを作りだす。


 その結果が、普通なら使用しないであろう媒体や行動で示すしかない。

 



「放送室の鍵は俺が返しておきます……」


 教室の施錠をしていた会長に言って、俺は鍵を受け取る。

 会長が僅かに眉を上げながら聞いてきた。


「下手に目立つような行動は避けるように」


「……職員の反応を見てくるだけですよ」


 本当、マイナス面に関しては絶大な信頼を誇っている真良君は、会長からすれば少々不安が多いらしい。

 鍵を渡す手が躊躇ためらうようにゆっくりと差し出され、静かに受け取った。


 放送の許可をもらってはいるが、全教員が周知しているわけではない。

 今頃、職員室でも多少は変わった反応が見えるかもしれない。


 自分で確かめるのが一番確実で、そして相手の反応を引き出すことが出来る。

 こればかりは、俺が自分で行かないと意味がない。


「私達は荻原君の場所に行って様子を見てきます」


「慌てていたら尚のこと楽しめそうだからね」


 ニヤニヤと、口元を歪ませている綺羅坂を引き連れて雫は中庭方面へと歩を進めていく。

 会長は自分の教室がある上の階へ繋がる階段を上った。


「では、放課後に生徒会室で待っている」


「……了解です」


 三人の姿が見えなくなるまでその場に佇み、そして職員室へと進む。

 放送室の少し奥にある、横長の部屋の戸を適当に叩いてから開く。


 中では教員の数名がこちらに視線を向けていたが、一礼して目当ての先生の元へと向かう。


「……須藤すどう先生、お借りしていた放送室の鍵です」


「真良か、確かに受け取った」


 生徒会担当の須藤が座る席へ向かい、声を掛けてから放送室の鍵を渡すと横目で職員室内を見回す。

 一見、普段の職員室と変わりはなかったが、それでもこちらに視線を向けている教員が数名見受けられた。


「満足な言葉は出てきたか?」

 

 視線をこちらに向けることは無く、机の上のプリントに目を配りながら須藤先生は問いかけてきた。

 必要最低限でしか話したことがないから、どの返しが適切なのかいまいち分かりかねるが、それっぽく言葉を選んだ。


「自分なりには……」


「そうか」


 須藤先生は短く呟くと、しばらくの沈黙が二人の間に訪れた。

 いや、この空気一体どうすればいいのよ。


 先生と会話している時って、もういいぞって言われるまで動けないのは俺だけではないはずだ。

 緊張して強張っているわけでもなく、しかし楽な姿勢でいるわけにもいかない状態で続く言葉を待っていると、須藤先生はやっと口を開いた。


「俺はな……柊が生徒会長に当選した時は少し不安になったものだ」


「……」


 前触れもなく、話が始まった。

 なにこれ、もしかして自分語りが始まってしまうのでしょうか。


 内心、嫌だなぁ……なんて思って聞いていると、意外な内容だった。


「高校生はまだ俺から見れば幼い、才能が開花するのも将来の話だろう……そんな状況で一人のカリスマ的な存在が一年生ながら生徒会長に当選した。当時は悪い方向へ傾いてしまうと思っていたさ」


 確かに、俺が先生の立場であったら不安を抱えているはずだ。

 それが生徒会担当教員であるなら、感じないわけがない。


 普段、生徒と会話をあまりしない先生だけに、興味深い内容の言葉に耳を傾けていると、ようやく視線が交わった。


「結果で見れば、あの子は完璧だった。周りへの配慮、自分の立場、能力、それを踏まえた行動と思考が彼女は持っていたから俺も信頼して彼女に多くの仕事や決定権を持たせてきた……だが、彼は違うな」


 その言葉が誰を指しているのかを、すぐには理解できなかった。

 一瞬、次期生徒会長の小泉に事を言っているのかとも思ったが、あいつにはこの先生も一定の信頼を寄せているはずだ。


 彼と言った時点で、白石の選択肢も消えた。

 だから、最後に残ったのが優斗だった。


「俺達が立候補しているのは会長補佐ですよ……会長じゃない」


「そう思うのは役に就くお前達だけで、学生から見れば役職なんて関係ない、生徒会という一つの枠に収められてしまう」


 俺の言葉を即座に否定した須藤先生は、経験からの説得力を感じた。

 小泉が率いる生徒会は現生徒会よりも能力的には劣ってしまうかもしれない。


 だが、それでも十分なほどに学生達からの信頼も能力も兼ね備えている人材が揃いつつある。

 問題などあるまいと思っていたが、何を理由に優斗が話題に上がったのかを考えた。


 その結果、出た答えが生徒会としての顔だった。


「……何が言いたいのか分かったか?」


「小泉が生徒会長だとしても、生徒会の顔となるのは違う生徒だと言いたいんですか?」


「……あの子は優秀だ、でも少しだけ周りに気を使い過ぎるところがある……そんな場所に荻原のような生徒が加入したらそう考えるのも自然だ」


 心境の重さを吐き出すように息を零すと、須藤先生は机の上のコーヒーを飲む。

 清潔感のある短く整った髪型と年齢による表情の深みが相まって、学生が喫茶店でコーヒーを飲んでいるのとは雰囲気が別格に感じた。


 むしろ、表情がいつも不機嫌そうだから怖く感じるまである。


「周囲の環境も含めて、ただの人気者の生徒は組織としての形を簡単に壊してしまうこともある、それは一考するべき問題だ……なんて言ってもこれは我々大人の考えることだ……お前は選挙を頑張ってこい」


「……」


 一礼してから須藤先生の近くから離れる。

 担当教員ともなると、俺程度が感じた不安要素については承知しているのも当然か。

 だが、実際に不安を持っている先生がいること自体が重要だ。


 担当の須藤先生が反対寄りの様子であれば、俺が想像していたよりも教員の票も流れる可能性がある。

 それを逃さない手段を今日中には作り出して、実行に移すべきだろう。


 印象が強いうちになるべく目立つようにしたほうが良い。


 職員室から出て、一応中庭を経由してから教室へ帰ろうと歩いていると目の前から見知った人物が走り寄ってきた。


「校内で走るな……一応次期副会長だろ」


「これ、これには理由があって、いやいやいやいや、そんなことはどうでもいいです!早く先輩が何とかしてください!」



 強引に、ちゃんとした説明もなく白石は俺の手を掴んで来た道を戻る。

 その進行方向は中庭だったので、俺の行く場所と変わりないので小走りで付いて走った。


 優斗が演説していたはずなので、生徒の数が多いのも分かっていたが、それにしても近づくにつれて生徒の数が多すぎる気がした。

 廊下の窓からも、体育館からも、至る所から生徒が顔を出して何かを眺めているように遠目からは感じる。


「おい、何があったのだ?」


「それが、あの……いや、見てもらった方が早いです!」


 生徒を縫うように進んでいく白石に続いて生徒の集団の中を突っ切っていく。

 中庭に入ると更に生徒の数が増えて、進みずらくなっていくが白石の姿を見た生徒が道を譲ってくれているおかげで後ろからならぶつかることなく渦中に入ることが出来た。




「取り消してください!」


「神崎さん……」


 中庭の集団の中に入ると、壇上に上がっている優斗に対して詰め寄っている雫と綺羅坂の姿があった。

 俺ですら見たこともない憤りを浮かべた表情で、雫は大きな声で言った。


 綺羅坂も表情自体は冷静であるが、視線からは並々ならぬ冷たいもの感じる。


「おい、これはどうなってんだ……」


 状況の整理が出来ないでいる俺は、隣の白石に状況の説明を求める。

 すると、白石も自分が到着した段階での内容だったが説明を始めた。


「荻原先輩が真良先輩の校内放送をしている間もこうやって活動を始めたんですが、何やらお二人の気に触れる言葉を言ってしまったみたいで……」


「優斗が?……何を言ったんだ?」


「それが……よく分からないんです、お二人が荻原先輩から声を掛けられて少し話をしていたと思ったらこんな風に……演説の内容自体は普通でしたよ?」


 首を傾げて不思議そうに言った白石から、視線を目の前の状況に移す。


 またあいつが彼女達の癇に障る言葉でも言ってしまったのか。

 もしくは違う問題があったか。


 それにしても、白石の言葉を聞いて少しだけ状況を理解できた。

 普通に聞いていれば普通の演説でも、俺達の状況を知っている二人には違う意味に聞こえてしまったのかもしれない。



 生徒からの視線は集まってしまったが、俺も含めて状況を理解できている生徒はおそらくいないはずだ。

 まだ、間に入って状況を何とかすれば問題なく解決が出来る。


 それに、俺のやり方を優斗に伝えれば問題もなにもない。

 あいつだって、それを口出ししてとやかく言うこともないだろう。


 面倒だが、これに関しては俺にも責任がある。


「白石は生徒達を戻るように誘導しておいてくれ……俺が仲裁してくる」


「あ、はい!」


 

 俺は正面に進み、白石は一番生徒が集まっている場所に向かった。

 三人が立っている中央に近づくにつれて会話の内容が聞き取れるようになる。



「俺は湊のことを悪く言っているわけじゃない……ただ、周りから生徒会の私的活用と見られるのも事実なんだ」


「何が私的活用ですか……自分が思いつかない発想をした相手に対しての僻みにしか聞こえません」


「落ち着いて神崎さん、彼女達が言っているのは平等な選挙戦なんだ、俺も湊と正面から戦いたい気持ちもある」


 優斗が手を何人かの生徒の立つ方向へ向けているが、生徒達が群がっていて誰だか把握が出来ない。


 もう少し、もう少しで二人の間に入れる場所にまで来たのだが、最後の生徒達の壁が思うようにどかせない。

 少し迂回して後ろ側から近づこうとしたところで、優斗は口にした。


「白石さんの考えを否定していたあいつが、君達を利用しているのだって俺には納得が出来ない」


「それについても、彼の考え方と白石さんの考え方は違うわ。目的達成のための利用ではなく、純粋な協力よ……私達が望んでしていることに口を挟まないでくれるかしら」


 優斗の言葉に綺羅坂が鋭く冷たい声音で即断した。

 しかし、優斗にも引き下がる様子はなく両者の沈黙が続く。


 やっとのことで、生徒の中から抜け出すことが出来た俺は三人の目に入る場所にまで移動した。


「おい……何やってんだ」


「湊君……」


 声を掛けてから両者の間に入るように体を割り込むと、雫に頷いて落ち着くように促した。

 綺羅坂にも大丈夫だと視線を送って、二人が少しだけ離れたのを確認してから振り返る。


 優斗は壇上から降りて、後ろにまで移動していた。


「俺も関係あるんだろ?……混ぜてくれよ」


「湊……」


 不遜な態度で彼に向かい告げると、少し申し訳なさそうに表情を曇らせる。


 そう優斗に告げると、彼は少しだけ視線を下げた。

 地面の一点を見つめて、何かを考えているように見えた。




「荻原君が悪いみたいに文句を言うのやめてくんない?」


 俺でもなく、優斗でもなく、そして雫達でもない場所から会話は再開した。


 その声は、俺も知らない声だった。

 声の出た場所は優斗の後ろに応援集団の中からで、周りの生徒が一人に視線を集めていることから予想が出来た。


 中央に立ち、明るい髪色に染めて肌を少し焼いたまさにギャル、THEギャルがそこにいた。

 体中にアクセサリー類を付けて、あれはRPGゲームなら完全に課金装備だな。


 むしろ、リアル世界でも課金しているわ。


 

「……誰?」

  

 思わず本音を吐露すると、優斗が控えめな声で言った。


「去年のクラスメイトも覚えてないとかサイテー」

 

 そう言いつつも、表情には微塵も不快感など浮かべていない。

 

 ……優斗も応援してくれる人がいるのは良いが、人選には気を使ったほうが良かったな。

 これは、完全に悪手になりえる。


 頼まれたら断れない彼だから、応援してくれると言った人を断ることはしないだろうが、この状況を利用したい人は多くいるはずだ。

 女子からすれば、優斗と親しくなる絶好のチャンスだ。


 現に、今後ろで腕を組んで不遜な態度をしている女子生徒がいい例だ。


「……お前か、余計な口出しをしてるのは」


 冷めた視線を向けてそう告げると、彼女は肯定の嘲笑を浮かべた。

 まったく、面倒な横やりが入ったものだ。

 

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