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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十五話 開票と離別

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#174



 夏の川辺は草木が緑深く生い茂って、吹く風は幾分か涼しく感じる。

 教室を後にして、普段の商店街通りを抜ける道とは違う、川沿いの土手道を一人歩いていた。


 人も少なく、少年たちが目下で川遊びをしているくらいしか周りには人がいない。

 道なりを進み、流れる川を掛ける橋の真ん中まで歩くと、そこで足を止めた。


 水流の音と草を揺らす風の音。

 少し離れた場所から喧騒とした声。


 陽の光を反射させる水面が、心に安らぎを与えてくれるようだった。



「……」


 正直、教室内では目立った行動や下手な言動は控えるつもりだった。

 自分の蒔いた種なので言い訳など出来ないが、明日からの登校が鬱になる。


 身近な溜息を零して橋の手すりに体を預ける。

 古く木製で作られた橋は、ギシギシと僅かに軋む音を響かせる。



 こんな心境で家に帰って、楓を不安にさせることはさせたくない。

 と言いつつも、何をどうすれば心境の変化があるのか分からずにただその場に立ち尽くしていると、橋の入口に踏み込む人影が写った。


「湊にしては大胆な発言だったな」


「……嫌みでも言いに来たのか?」


 教室で話し合いを続けていると思っていた優斗は、荷物を持ち後を追ってそこにいた。

 人一人分のスペースを開けて、同じように体を橋に預けて同様に溜息をつく。


 哀愁漂う学園の王子様は、悲し気な表情をこちらに向けた。


「……悪いな、本当は俺が言わなきゃいけない言葉だったのに」


「別に誰が言うかなんて、決まってることじゃないだろ……」


  

 そうやって、自分で自分の首を絞めるのが彼の悪い癖だ。

 クラスの中心であることを自覚しているからこその発言だろうが、そのクラスの責任を自分一人で抱えようと言うのはおこがましい。


 あのくだらない状況で俺が言おうと、優斗でも、雫でも、綺羅坂でも、あるいは他の誰でもいい。

 他人に任せて自分達の力で何かを成し遂げようと考える人物がいたら言っていたはずだ。


 でも、言えなかった、言わなかった。

 各々、考えがあり、立場があり、性格がある。


 この先の学生生活を問題なく過ごしたい人には酷な立場になるのは明白だ。

 だから、自分が被害者になった……なんて、微塵も思っていない。


 心底クラスでの立場など、どうでもよくなったから言ったまでだ。

 それに、ある程度の発言力がある人間が言って、クラス内の状況がこじれるより彼らにとっても幾分かマシな結果になったはずだ。


「クラスの皆も出場種目を再度検討しようって話をしていたぞ」


「……無理だな」


「え?」


 それは一時的な変化であり、状況の根本的解決ではない。

 クラスで優斗達が中心となり物事を進めていく状況を改善して、クラス全体が自分達で考え努力するように変わらない限りは、話し合いをやり直したところで似たような結果になるだけだ。


 しかし、その状況を作り出すには優斗達が本気で競技への出場を拒むくらいの態度を示さない限りは、難しいだろう。 

 そして、その態度を示すことが彼らには難しいのも分かっている。


 雫にも前とは少し変化があった。

 ニコニコと微笑を浮かべて頼まれたものは頷いて引き受けていた前とは違う。

 自分の意見を告げるだけの変化はあった。


 だが、それでも周りの意見を否定して自分の意見を押し通すまでの強気な姿勢を示すことはまだ出来ない。

 可能性があるのは綺羅坂だが、彼女に関しては個人的な拒絶はしても他人には興味の欠片もないので、クラスのことは頭にはない。


 そして、優斗は周りからの願いを断ることはできない。

 それが荻原優斗だ。


「皆で仲良くイベントを終えようと考えている限り、そんな話し合いを何度も繰り返したところで意味ないだろ」


「でも、湊や神崎さん達と一緒に考えれば良い解決案が出るかもしれないだろ?」


「……出ないよ、結局お前達が中心となってクラス全体を巻き込む形でしかクラスの言う『楽しい体育祭』は実現しない」


 そして、そこには俺は必要ない。

 むしろ、周りからすれば弊害にしかならない。



 彼らにまとわりついているお邪魔虫がいなくなるのだから、話しかけやすいし一緒にいる時間も増える。

 話し合いを再度行うと言っても、それは建前上の話であって、結果は変わらない。

 都合が良いと考える人が大半だろう。



「俺も自分の考えを見失っていたからな……いい機会だ」


「何を言ってるんだ?……ともかく、一旦教室に戻ろう、二人もお前が戻るのを待ってるぞ」


 優斗は微笑を浮かべて告げる。


 そう言って、彼は橋からもと来た道を戻る。

 そして、橋を抜けたところで振り返る。


 だが、俺は優斗とは反対の方向へと歩みを進めた。

 そして、同じように振り返る。


 川を挟んで対面した。

 川幅は狭くて、だがジャンプしたところで渡り切ることはできずに落ちてしまう距離。

 

 その微妙な距離が、俺と優斗との心境、関係を表しているように見えた。


「言ったろ……やりたいやつだけでやってくれって」

 

「だから湊も楽しめるように一緒に―――」


「それが間違ってるんだ」


 首を振り、その言葉を否定した。

 俺の言葉の意味を理解できていないのだ。


 優斗は分かっていない。

 俺と自分達が立っている場所が違うことを。


 同じ場所に立ち、そして一緒に歩むことが出来ると思っている。

 でも、それは俺には出来ない。


 いや、俺でなくても大半が出来ない。

 その場所は、許された人間だけが立ち入ることが出来る、ステージの上でスポットライトが当たる場所だ。


 俺達が立っているのは、その脇で一際暗い場所だ。

 

「……俺はそっちには行けない」


「湊……」


 輝く学生生活を謳歌して、青春の時代と語ることのできる人生を歩むことは出来ない。

 皆で楽しく、笑みの絶えない生活とやらを望まない。


 こうして優斗と二人きりで対面して、改めて思い出すことが出来た。

 いまだ対岸で立ち尽くすたった一人の友人に苦笑を浮かべて最後に一言だけ告げた。


「……じゃあな」


 

 今必要なのは一緒にいることではない。

 時間を置き、正しい距離を保ち冷静に現状を把握することだ。


 何かを言いたげにしている友から目を逸らし、身を翻してその場から立ち去る。

 その後姿を見て、優斗は何も言葉を発することが出来なかった。



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