表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十五話 開票と離別
186/353

#173


 雫が言った。

 『体育祭では二人三脚に出場しましょうね』と。

 その言葉に『……まあ、ペアが空いてればな』と、答えた。


 嬉しそうに表情を明るくさせた雫を見て、本当に空いてればまあいいか、なんて思ったものだ。

 でも、そんな展開になんてなるはずがないのだ。


 結局のところ、俺と彼らは違う。

 必要とされる価値があまりにも違い過ぎるのだ。


 だから、この展開は必然だった。

 未だ話し合いが行われている教室から去る俺を、彼らが寂し気に見送るのは当然のことなのだ。






 



 学内が生徒会選挙で賑わいを見せている。

 だが、学生の日常が止まることはなく、同時に並行して行われていたことがある。

 それは、二学期のメインイベントの体育祭、文化祭について。


 各学年、クラスごとに協議が開かれていた。

 生徒会選挙が終われば、次は体育祭が目前にまで迫り、二年生の修学旅行を挟み文化祭が行われる。


 実行委員の正式な決定は選挙後だと言うのに、体育祭の出場競技くらいなら先に決めておくとは、なんともせっかちな学校だ。


 誰に指名されたわけでもなく、進んで教卓の前に立つ二人の男女。

 記憶が正しければ、バスケ部の二人だったはずだ。


 男子生徒が司会役を務めて、女子生徒が書記として黒板に体育祭の競技、そして文化祭の暫定日時とルールなどを黒板に書くと、口頭での説明が始まった。


 昨年も経験しているので、そこまで真剣に耳を傾ける話でもないが、机に肘をつき頬を支えながら会話の流れを見守る。

 説明された体育祭の種目はシンプルで小学校や中学でも行っているものばかり。


 目新しいものはあまりない。

 体育祭に真新しさを求めている時点で、自身の中でただの消化行事でしかないことを自覚した。


「体育祭の競技なんて、もっと後に決めればいいものを」


「……実行委員も体育祭は実質的な仕事は設営と進行だからな……本格的な活動は文化祭になる」


 俺と似た感想を零した綺羅坂に、用意された回答を口にする。

 彼女からの返事の代わりに帰ってきたのは嘆息だった。


 その気持ちは分からなくもない。

 目の前の黒板に記された状況を目にすれば、誰でもそうなるだろう。


 競技名の隣には、その出場者の苗字が書かれているのだが、どこもかしこも神崎、荻原、綺羅坂の名が連ねていた。

 出場回数に制限がないことを逆手に、ここぞとばかりに利用する。


 人気者とは本当に大変な仕事だこと……

 クラスメイトにそんなつもりがなくとも、俺にはそう見えてしまった。



「私は一言も出場するだなんて言っていないのだけれど……」


「俺に言わせれば予想通りだけどな」


 俺達二年三組は優斗に雫、それに綺羅坂と二年生オールスターが揃い踏みな上に運動部もそこそこ揃っている。

 体育祭で学年優勝があれば間違いなく俺達のクラスが取れるはずだ。


 だが、この学校の体育祭には学年ごとの順位を争うシステムは無い。

 クラスごとに色が分けられ、三学年がその色で集まるチームとなり争うわけだが……


 それだけなら、競技自体は何の面白みもない一般的な体育祭で終わる。

 だが、前の球技大会を思い出したら分かるだろう。


 この学校は生徒の参加意欲を高めるために、景品という形を作っている。

 学年のイベントだった球技大会ですら、クラスでの食事券が貰えたのだ、当然今回の体育祭も用意してある。


 そのための話し合いが夏休みの間に生徒会で行われたし、予算会議も三浦を中心に計算済みだ。

 無論、生徒会だけで決定することは出来ない。


 そこまでの権限はいくら柊茜といえども例外はない。


 だが、生徒会としての案と概ねの予算をまとめて、生徒の意見として職員会議に提出することで職員も決定に幅を持つことが出来る。

 結果、こうして授業の終わった後でも熱心にクラスでの話し合いが行われているのだから、学校側としては本望なのだろう。


 それにしても、この手の集団行動、競技は心底苦手な分野だ。

 会話も、この手の雰囲気もすべてが苦手で、正直に言えば当日も仮病で休みたい。


 だが、生徒会も当日は仕事もあると聞いているし、雫や優斗が仮病を許すとも思えない。

 だから、というわけでもないのだが、こうしてクラスの話し合いには口出すことはしないで沈黙を貫いていた。


 次々に埋まる競技の欄に、自分の名前が書かれてない度に安堵をしながら。



 とは言うものの、心境は穏やかではない。

 自分の名前が挙げられないからではなく、クラスの身勝手な進行具合によってだが……


 空気、その場の雰囲気とは恐ろしいものだ。

 若者の空気の前には、論議など意味はない。

 

 周りの表情を窺うことが正しくて、足並みを揃えない生徒が間違っている。

 正しくても、それは団体を乱すと言われる。


 それが目の前の現状だ。



 視界の端では雫と優斗が多くの生徒から競技への出場を求められていた。

 別に不思議な光景ではない。


 事実、俺もこの三人が多くの出れば無敵だろうな、と思った。

 思ったが、それを口にしてはいけないとも思った。


 その理由は単純だ。

 本人達が望んでいないことを強要することになるから。


 クラスメイト達は分かっていない。

 彼らが頼みを無碍にできない性格であることを。


 なんだって出来る、出来てしまう、だから当然だと思い込む。

 彼らは出来るのだから、頼ることは当たり前なのだと。


 自分たちで力を尽くすことについて、考えを捨てて頼りきる。

 それは信頼でも友情でもない。


 ……ただ、取り繕ったような人間関係だ。


 みんなの意向がクラスの決定、その中に本人達が意思がなくてもクラスメイトが望むのだからと押し切られてしまうこの現代では、彼女達のような人間は生きづらいことだろう。


 

 人間は利己的な生き物だし、欲に対してとことん忠実だ。

 だが、十代半ばの高校生ですら、利己主義としての人間性が確立されつつあるのだから、将来はもっと怖い。


 結果に固執して、過程から目を逸らす。

 さらに、それを青春だの友情だの信頼だのと、綺麗な言葉に置き換えるのだから、もっと質が悪い。

 大半の人が好きで、俺のような人種が嫌う、学生達の当たり前の認識だ。


「三人が出てくれれば、俺達が優勝すること間違いなしだよ!」


「三年生からも出て欲しいって言われているし、どうかな?」


 男女問わず、三人に群がるクラスメイト達に、優斗は苦笑いを浮かべて、迷う素振りを見せてから雫は否定的な意見を述べた。


「あはは……ちょっと多すぎないかな?」


「でも……せっかくの行事ですから、皆さんが全員楽しめるように出場種目の数は揃えた方がいいと思います」


 流石に、学園の王子様といえど、過酷なスケジュールらしい。

 否定的な表情を浮かべながらも、気を使い遠回しな言い方をする。


 そして雫の言葉には、数名の生徒が顔を見合わせる。

 しかし、納得しているわけではなく、一人の男子生徒がクラスの端にいる生徒達を一瞥して告げた。


「でも、話し合いにも参加していないし、出たくない人だっているべ?」


「そうそう、それに皆だって優勝したいに決まってるよ」


 同調するように女子生徒が男子生徒の意見に言葉を添えた。

 いや、参加はしているけどね?


 発言しないことが参加していないとするのであれば、大半が参加していないまである。

 


 でも、まあ……一概に間違っているわけでもないな。 

 彼らはこの話し合いなど参加したくもないのだろう。

 突き詰めれば、体育祭なるイベントにすら参加したくないのかもしれない。


 一致団結を謳っていても、結局は活躍の場は彼らにはやってこない。

 だから、クラス内でもカーストの高い生徒が自分たちの意見など反映する気もなく進行する話し合いにも口を出さない。


 けれど、今頃心の中では不平不満を叫んでいることだろう。

 しかし、それは俺が似たような感情を懐いているからであり、雫自身は率直な意見を口にしただけ。


 だから、間違いでもなく、客観的には正論だ。

 しかし、それを認められないのは、今の学生が周りに合わせることを日常としているからだろう。 


 一方的な進展だけで、多数の意見で協議は進む。

 三人が乗り気でない時点で、クラスメイト達は普通に種目を割り振ればよかったのだ。


 彼らと同じクラスになる時点で、この展開は予想が出来ていた。

 今後のイベントではこの三人が中心に動くと。 


 本当に嫌になる。

 これで楽しく日々を過ごそうと思えるほうが凄い。

 

 

 無言で荷物を手に握り、その場から立ち上がる。

 自然とその行動はクラスメイトからの視線を集めた。


 しかし、何も告げることなく教室の出入り口に向かった。

 放課後の自主的な集まりだ、強制ではない。


 なら、出場種目が自分の希望で無くなるとしても自己責任として、帰宅することだって自由だ。

 ここに残って結果を待っていても、無意味な時間にしかならない。


「湊、生徒会か?」


「……」


 クラスの中心で優斗が問いかけてきた。

 視線が交錯して、何を考えて退室しようとしているのかを悟られた気がした。


 最初の言葉で生徒会かと尋ねてくれたのは優斗なりの気遣いだろう。

 理由もなく出ていこうとすれば当然反感を抱かれる。


「……ああ、出る種目も無さそうだからな」


 大半が埋まった黒板を指差して言った。


「それに……優勝するのが目的なら、俺達は必要ないだろ」


 それは、俺以外にも居心地が悪そうにしていた生徒を含めた意味で告げた。


 わざと、上げ足を取るように先ほど意見を述べていた男子生徒を見据えて言うと、途端にその生徒は表情を曇らせる。

 この手の集団での話し合いでは、カーストの低い人間の発言力は低い。


 だが、イベントになると途端に団結やら友情などの特別視するこいつらには効果的だろう。

 例え友達でなくても、俺達はクラスの仲間……なんて、言うのが皆大好きなんだ。


 男子生徒が優斗達に競技へ参加してもらいたくて発言した言葉でも、それがクラスメイトを傷つけた……的な雰囲気を醸し出しておけば酷い言葉を投げかけられる可能性は低くなるだろう。



 なんて打算的で、捻くれた戦法だこと。

 我ながら自分自身を尊敬しそうになる。


 だが、同時に思ってしまった。

 あんなに嫌っていた慣れ合いのような環境に慣れ過ぎてしまったと。


 環境の変化に適応しただけと自信に都合よく解釈していただけで、本質的な部分は変わってなどいなかったのだ。

 俺はやっぱり、優斗達のように気を使ってクラス皆で和気藹々……なんてできない。


 これが、友情やコミュニケーション能力だと言うのであれば、そんな能力いらないし、これ以上の友情など必要ない。

 

「……やりたきゃ勝手にやってくれ」


 

 誰にも聞こえない本音の一言が、無意識に零れていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ