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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
番外編 夏休みの一日

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雫の心配

雫の話です。

二学期編などで理由があり、他ヒロインより少し短いです。



 お盆。

 日本では夏に行われる、先祖の霊を祀る行事であり、仏教の家庭では毎年くる時期的行事の一つだ。

  

 我が家も例外ではなく、八月になれば実家に帰省して父方の祖父母と一緒に準備をしていたものだ。

 だが、ここ最近では実家に足を運ぶことも少なくなり、最も近い母方の墓参りに足を運んでいるくらいになってしまった。


 けれど、それでは父方に悪いと毎年連絡だけは欠かさない。

 主に楓が……



 今年も親父と母さんは海外から戻ることは難しいらしく、息子と娘だけで行くのも気が引ける。

 今年も墓参りでもしておくか……なんて、考え始めた矢先のことだった。



「来ちゃった……なんて」


「帰れ……というか、お前の家は真向かいだろうが」


 何が「来ちゃった」だ。

 田舎から幼馴染が訪れたようなセリフを、やや紅潮した面で言った雫に冷ややかな言葉を投げかけた。

 

 白いワンピースに麦わら帽子。

 まさに清楚な幼馴染スタイルだが、残念ながら家は向かいだから所要時間は三秒だ。


 感動的でもなんでもない、ごく普通の一日なのだが、彼女の手に持っている花束を見て悟った。


「墓参りか?」


「はい、お母さんの実家には先日顔を出しているので、今年はいいと言われているのでお父さんの実家のお墓に湊君と一緒に行こうかなと思いまして」


 家も真向かいだし、同じお寺に世話になっているから別段おかしな話ではない。

 事実、何度か両家同日に墓参りをして、その後食事の流れはあった。


 お互い忙しくなり始めて、頻度は少なくなっているが断る理由もない。

 残念なことに、今日は楓が学校に所要があり出ているから、兄弟そろっては後日になるが、わざわざ声を掛けてきた雫を追い返すのも悪い。


 適当な服に着替えてから、リビングで待たせている雫を呼んで家を出た。


「湊君と二人だけでは初めてですね」


「だいたい楓はセットだからな……それに、お前も実家が遠いからな」


 話を合わせつつ、極力日陰から出ないルートを模索する。

 この暑い中、消耗戦になる。


 つまり、俺のようなモヤシ小僧は簡単に太陽によって干からびるまである。

 雫が田舎染みた麦わら帽子を被っている理由も頷ける。



 確かに、ビジュアル面で抵抗はあるが、対策としては最高だ。

 しかも、彼女の場合麦わら帽子をかぶった程度で容姿のレベルが落ちるわけではない。


 むしろ、控えめな女子というイメージを醸し出すことで、ひときわ目立っている。

 現に、すれ違う男子全員が、その清楚な姿を容姿で夏の陽射しではなく、違う意味で顔を真っ赤に染めている。


 ……青春ですね。

 これは、一種の雫の青春破壊行動なのではないだろうか。


 男子高校生は夏休みに夢を見る。

 つまり、彼女と夏の思い出を作りたいと切に願う生き物なのだ……と、言っていた。


 実体験から基づく内容ではないだけに、いつものように即興のネガティブ発言は出てこないが、そうなのであろう。

 夏にわざわざ人目の多い場所に、しかも数時間も拘束されるとか、俺にとっては拷問に近いのだが、それでも焦がれる人は多いのだろう。




 平日の昼下がり、道を歩く人の大半は主夫か夏休みの学生達だ。

 男と群がる集団、逆に女子で集まるグループ。


 それにソロプレイヤー。

 時折、男女の二人一組、もしくは複数人で歩いているのを見かけると、その近くには睨みつけるように眺めている男子が見えることもあった。



「やっぱり、夏休みだとこの町でも学生が多くなりますね」


「……時間が有り余っているからな」


 近すぎず、そして遠すぎない距離を空けて歩く俺達の視線には滑なかな坂道が広がる。

 駅とは東の方向に進んだこの坂道を登れば、そこにはお寺の敷地が広がっている。


 最後の難関、軽く溜息を零して歩を前に進めると雫が後ろを付いてくる。


「家も向かい、お墓も隣、そして幼馴染……これって偶然ですかね?」


「偶然だ」


 珍しく、からかうように告げた雫に間髪入れずに答える。

 運命とでも言ってほしいのだろうか。


 だが、そんな回答をしないと分かっている雫は花開く様な笑みを浮かべていた。


「でも、私と湊君が家族になると同じお墓になりますね……どっちがいいですか?」


「……」


 無言の返答。

 なんて答えればいいのか、嫌な話の振り方をしてきたなと思っていると、淡い青色の俺のシャツを、少しだけ雫の指が掴む。

 

 ただ無言で、まるで手を繋いでいるように、その布を離さないまま彼女は歩いた。

 振り払うことも出来たが、彼女のいる方向に顔を向ける前に脳裏にある言葉がこだました。


『非凡な私達が平凡な男の子を求める競争を』


 会長が見合いの席で発した言葉だ。

 もし、仮に雫の行動が、会長の発言からの突き動かされたのだとしたら、彼女も何かを秘めている。


 これまでの自分であれば振り払うことなど簡単であったのに、今では腕が鉛のように重くなり行動と判断を鈍らせた。

 

 分かっている……これは罪悪感だ。

 彼女の言葉や行動に添えないことへの罪悪感。


 幼馴染だからこそ、他の人物よりも重く心に乗りかかる。


「墓石って……高いのかな」


「新しく作るんですか?……まあ湊君らしいですね」


 ただ出てきたのは、話を逸らす言葉だった。

 幸いにも、それに微笑んでくれたことで、静かな空気が去っていくのを感じる。



 あぁ……本当に、こんな性格と自分が嫌になる。






 墓に向かって手を合わせ、会ったこともない先祖に元気であることだけを伝えた。

 返事は当然返ってくることはなく、幽霊が見える特異体質でもない。


 だから、本当に僅かな時間だけの黙祷だったが、それでも意味はあるのだと思う。

 要は気持ちの持ちようだ。


 先祖が見守ってくれているとか、前向きな考えで日々を過ごすことが現代を生きる自分達に求められていることなのだと、勝手に解釈しておいた。


 隣の墓でも同様に雫が手を合わせていたが、それも少しですぐに両家の墓を挟んだ通路で並び立つ。


「帰りましょうか」


 そう言って、雫は先を進む。

 そして敷地の端を通り、登ってきた坂を下る手前、このお寺の駐車場がある場所は家も壁も何もなく、目下を一望できる場所にあった。

 

 視界の端では俺達の通う桜ノ丘学園も見えた。

 小学校、中学校、そして楓の通う女子高のあたりを眺め、自分たちの家はあそこら辺だなーなんて見ていると、隣で静かに呟かれた。


「二学期は湊君も楽しい学期になるといいですね」


「……忙しいの間違いだろ」


 似たような言葉を綺羅坂にも言われた。

 なぜ、二人とも似たような発言をするのか、それは俺には分からなかったが、同じような返事を彼女にも返した。


「最近、湊君は人と接していることも多くなって、良い傾向だと私は思います」


「保護者か」


 いや、先生の間違いだろか。

 だが、完全に成長を見守る側の発言をしている雫にツッコミを無意識に入れてしまった。


 安っぽいツッコミはキャラを勘違いさせるから控えたほうがいいって言われていたのに……誰だかは忘れてしまったが。



「人が増えて、会話が増えて……―――」


 最後の言葉は、寺の鐘が鳴り響く音にかき消された。

 分かったのは儚い表情で、何を呟いたことだけだった。


「さあ、帰りましょうか!」


 次の瞬間、何事もなかったように表情を明るく変えて、今度は腕に抱き着くようにして歩み始めた雫に、思わず従うように歩き始めた。

 一体、何を言おうとしていたのか、聞き返すことを彼女が拒むような行動に、俺は何も言えずにいた。








「人が増えて、会話が増えて……そして湊君の心だけが私達から離れていく、そんな気がするんです」


 


他のキャラもサブストーリー出すか迷っています……

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