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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十四話 信用と信頼

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#168



 繰り返される勝負は、勝者と敗者を変えることはなかった。

 ただ、片方が一方的な勝利を高らかに宣言するだけの繰り返し。


 それでも、少女は諦めない。

 何がそこまで強く突き動かすのか。


 自室で毎日、毎日、飽きることなく勝負は続けられた。

 



「勝負です!」


 声高々に宣言した白石は、何を思ったのか告げた。

 生徒会の原則的に、言葉の巧みなニュアンスだけで話を自分の意図する方向性に動かしていた白石も、雫が告げた事実に苦笑を浮かべていたはずだ。

 

 だが、次の瞬間には雫や綺羅坂が座る方向へ指を向けていた。


 メリットやデメリットで考えるのであれば、勝負など受ける必要性はない。

 むしろ、受けないほうが良い。


 当然、それは雫達も分かっている。

 だからこそ、白石の発言に誰一人取り乱す様子もない。


 本当は、ここで終わっていれば問題はなかったのだ。

 だが、静寂に包まれた室内に最後に響いたのは、完全なる挑発だった。


「もしかして、お二人は私に負けるのが怖いのですか?」


「あの……怖いとかではないのですが」


「……」


 子供のような、あからさまな言葉に誰が感化されるのだ。

 そもそも、勝負と言っても具体的には何をもって勝負とするのかすら告げていない。


 それを理解して雫は少しばかりの困惑を見せる。

 白石にしては考えのない、悪あがきのような言葉に聞こえたが、特定の人物だけにはその言葉は有用だった。


「言ったわね小娘……」


 酷く冷たい声音。

 体の芯から寒気を感じるほどの、低く凛とした声は微笑を浮かべていた白石の表情を曇らせる。


 綺羅坂怜は、立ち上がる。

 まるで、自分よりも下の人間に向けるかのような冷めた視線は、氷の女王の呼び名に相応しい佇まいだった。


「いいわよ……勝負でもなんでもやりましょう、あなたが得意な分野でも構わないわ、好きなもので挑んできなさい」


 確固たる自信を抱き、告げた綺羅坂に思わず白石はたじろぐ。

 仮に俺が白石の立場でも、今の綺羅坂にそう言われれば思わず数歩下がってしまうかもしれない。


 それほどの自信と、彼女の発する冷ややかな視線は迫力がある。


「え、あ、あの……私が得意な勝負でもいいんですか?」


「えぇ……万が一あなたが一度でも私に勝つことが出来れば、その時は交渉について前向きに検討することは約束するわ……ただし負ければ」


「ま、負ければ……?」


「そうね……五回につき一つ、私の些細な願いを叶えてもらうとしましょう」


 ……あの笑みは見たことがある。

 綺羅坂が悪企みをしている時、その状況を密かに楽しんでいる時に見せる微笑だ。


 まるで悪魔の微笑。



 それに白石が気が付くはずもなく、始まった二人の勝負。

 勝負の内容は日ごとに変わり、ただ勝敗だけは不変で一週間。


 毎日、何故俺の家なのかは致し方ないとして、同じ時間に集まり、勝負を一日中続けていた。


 なんという夏休みの無駄遣い。

 直接的に勝負には関わっていないにしても、自分の部屋で一週間も毎日同じような光景が広がるのは正直呆れるを通り越して、驚愕に変化していた。


 何がと問われれば当然、綺羅坂の強さもさることながら、白石の諦めの悪さだ。

 意地とも言えるし、彼女のプライドの問題なのかもしれない。


 ただ間違いないのは、俺達が想像していたよりも数段彼女が焦がれている生徒会に対する思いは強いということだ。





 こうして、現在にまで至るのだが、その間惜しいところまでは何度かいけたが、結局白石が勝てることはない状況が続いた。

 トータルして数十回は勝敗が決まったであろう時に、綺羅坂は溜め息のように本音を零した。


「諦めなさい……何度やろうと勝敗は変わらないわ」


「いえ……まだ挑んでも良いのであればお願いします!……私にも何か一つくらいあるはずなんです。先輩たちにも勝てる何かが」


 頭を下げ、再戦を頼む白石に渋々綺羅坂は承諾して、また一対一の真剣勝負は開始された。


 雫は部屋から退室して、楓の家事の手伝いをしている。

 最初は二人と一緒に自分も何かしらの勝負に参加していたのだが、途中から白石の狙いが綺羅坂一人に絞られたところで、自分からは勝負への参加せずに見守る立場に回っていた。


 優斗は俺と共に自室で二人の勝敗を見届けている。

 部屋の少し離れた壁面で、体を寄りかからせて俺に問いかけた。


「俺も今さっき綺羅坂さんに負けたばかりだから何も言えないんだけど、白石さんは本当に勝てると思うか?」


「……」


 将棋、チェス、オセロに囲碁。

 カードゲームに時には体を動かしたテニスやバドミントン。


 どれも白石が提案した勝負だが、どれを挙げても綺羅坂に勝つことは一度もなかった。


 秀才と天才の絶対的な壁。

 超えることは、本当に難しく俺などが軽々しく言葉にしていいものではない。


 だが、敗北の理由を白石は天才だからと軽々しく口にはしない。

 綺羅坂がその手の言葉を嫌う傾向にあることも、彼女もリサーチ済みだろう。


 だからこそ探す。

 この先輩に勝てる、勝機のあるものは何か。


 けれど、その答えが出ないまま、こうして何度も挑む姿に心苦しいものを感じ始めていた。

 俺も、優斗も、雫も、綺羅坂も。


「湊からの話を聞いて、俺も何度か説得してみたんだけどな……意思が強いって言えばいいのかな、ただ笑って「まだ可能性はありますので」って言われてな」


「……その可能性がこれなんだろうさ」


 もしかしたら、白石は雫達が生徒会原則に気が付くのも想定していたのかもしれない。

 その上で、状況が自分に不利に傾いた状況での「勝負」との発言で、綺羅坂なら乗っかると予想していた。


 半ば煽るような形になるとしても、勝負に持ち込めれば可能性はある。


 あるいは、雫も含めた状況も……

 会話や状況の深読み、先読みにおいては白石は秀でている。


 それこそ、先に述べた雫や綺羅坂よりも優秀だろう。

 でも、そんな白石でも綺羅坂の能力までは予想できなかった。


 いや、雫についてもうまく把握できていないはずだ。

 綺羅坂との休憩がてら何度か雫とも勝負をしていたが、そこでも一度も勝つことはなかった。


 俺からすれば雫と綺羅坂に大した差はない。

 学力面において確かに綺羅坂の方が優れているが、その反面運動面に関しては雫のほうが僅かに得意としている。


 違いがあるとすれば、人と関わることを得意としているか、苦手としているかの違いくらいだろう。

 つまり、個人種目においては綺羅坂は無類の強さを誇っている。


 片や、集団競技や他者と協力する競技において雫の能力はフルに発揮できる。


 現状を私情を抜きに客観的に判断しても、白石が勝つ姿を想像は出来ずにいた。


「本当は俺がこうなる前に説得とか他の選択肢を伝えられてればよかったんだけどな……」


 申し訳なさそうに告げた優斗に、ただ無言で首を横に振る。

 これは、優斗でも無理だったかもしれない。


「優斗でも説得は難しいだろ……あれは諦めないっていう一種の才能だ」

 

 普通なら諦めてしまう。

 天才たちを、本当の才能を持つ人間を前に何度も敗北を味わえば自分には不可能だと、自分で自分に妥協点を与えて理由にしてしまうものだ。

 だが、そうしない白石は、ある種の才能を持っていると言ってもいい。



「……これで、この勝負も私の勝ちね」


「……」


 目の前で、また一つの勝敗が決した。

 卓上には花札が置かれているが、俺にはルールは分からない。


 だが、静かにそう告げた綺羅坂の姿と、暗く表情を変えた白石が再び何かを発しようとした時、間に入るように俺は言葉を挟む。


「そこまでだ……」


 

 残念だが、ここまでだ。

 どう考えても、この先に変化が起こることが想像できない以上、この勝負の連鎖は続けていても時間の無駄になるだろう。

 そんな意味を込めた言葉に、綺羅坂はそっと溜息を、白石は悔しそうに表情を歪ませた。


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