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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十四話 信用と信頼

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#166



 作戦会議と大々的に宣言しておきながら、蓋を開けてみれば二人して黙り込む事態となった。

 それもそのはずだ。


 互いに何が問題で、何をすれば解決に近づくのかをお互いが理解している。

 だが、問題はすでに個人だけでは解決できないレベルにまで発展してしまっていることにある。


 いや、訂正しよう。

 俺……真良湊の力量では解決できないレベルにまで事態は動き始めていると。


 それゆえの沈黙。

 分かっている、もう俺だけではどうにもできないことは。


 白石の一件、生徒会選挙の問題を解決しても次は実行委員会についての問題が出てくる。

 それを解決できたとしても、次は本質的な人間関係に目を向けなければならない。


 だが、いくら自問自答したところで、答えはまるで思い浮かぶことはない。

 その場しのぎの問題の先送りなら思い浮かぶが、それでは根本的な解決とは言えない。


 これまでの自堕落的な、自分を主としてきた考え方から、周囲についても視野を広げなくてはならないのだと否応にも痛感させられる。


 けれど、頭では理解していても根っこの部分……自意識の塊がそれを拒み、結果的に分からなくなる。

 俺が、たいして知りもしない後輩にここまで深入りして問題解決に協力するメリットは?


 たとえ解決できたとしても、人間関係の問題がある。

 幼馴染みとは一体なんなのか、友人とは、クラスメイトとは……?


 雫達を、そのカテゴリの枠組みに押し入れようとしているのは間違いなのではないだろうか。

 すでに、俺の中で彼女、彼らは別の人間関係として成り立っているのではと思う時がある。


 友達……想い人、どれも違う。

 なんて表現すれば適切なのか、自分の語彙力が恨めしい。


 俺がこれまでしてきた正しいと決めていた選択は、行動は、言動は本当に正しかったのだろうか。

 ……いや、これは過去を思い返せる今だからこその悩みだ。


 その状況では最善を選び続けていた。

 そのつもりだ。


 でも、最近思うようになってしまった。

 最善とは何か。


 ただ自分の指針を正しいと正当化しているだけであって、周りから見ればその選択は悪手であり、滑稽な人間に見えているのではないだろうか。

 周りが正しく、優れて、そして近しいからこそ、自分の正当性を疑いつつあった。


 雫との沈黙の間に、考えるだけ深い沼に足を踏み入れているかのように、繰り返し終わりのない連鎖的な思考だけが脳内を巡る。


「湊君はとても強い人です……」


「何を突然……」


 ようやく開いた口から出たのはその一言だった。

 何をもって、何を基準しての強いであるかは個人の価値観で異なる。



 彼女の示す強いとは何を意味しているのか、俺には分からない。


「……昔から変わらないのは湊君だけです……周りも、私も変わってしまった。変わることが大人になることだと、成長することだと言い訳を建前に私達は自身を捨てて新しい自分を上書きするように過ごしてきました」


「……」


 それは……当然なのだろう。

 それが普通で、そうしないのが異常なのだろう。


 変わらなかったのではない、変われなかったのだ。

 自分を変えてまで、周りとの健やかな共存を望まなかった。


 世間一般の平和な日常、ありふれた日々というものが嫌いだっただけだ。

 表面上の関係、自分達よりも上に立つ人へ媚を売り顔色を窺う日常。


 それが本当の人間関係だと言うのであれば、俺はそんなもの欲してなどいない。


 会長も言っていた、安心できる空間といえばいいのだろうか。

 俺が欲していたあり方は、まさにそれに近い。


 だからこそ、会長は俺を選んだのだろう。


「今回の一連の問題も、きっと湊君はこれまで通りに”真良湊”という人の意思を貫いて解決するのだろうと、私でも想像が出来ます」


「……それしかできないからな」


 俺に出来ることは、俺が一番分かっている。

 限られた能力と選択肢の中で、いかに最善策を選ぶかを繰り返すだけだ。


 その過程で人から嫌われるような状況になったとしても、自分を捨ててまで周囲の視線を気にするのは性分ではない。


「だから湊君は強いんです……でも、私はこれ以上湊君が一人になるのは嫌なんです」


 上げられた視線は、窓からの光も相まって輝いて見えた。

 もしかすると、彼女の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるのだろうか。


「私は湊君が誰かのものになってしまうのは我慢なりません……ですが、湊君が誰からも興味を持たれず一人でいる姿を見るのも嫌なんです」


 「矛盾してますよね」と、雫は苦笑を浮かべて呟いた。

 だが、俺は矛盾という言葉を肯定することが出来なかった。


 俺が一人でいる姿に、多少なりとも嫌な気持ちを抱いている人がいたなんて想像もしていない。

 俺にとっては普通で、何ら変わらない日常だったのだから。


「本音を言うと、新学期で綺羅坂さんが湊君を話をしている姿を見て、少し嬉しかったんです」


「嬉しい?」


 頬を紅潮させて、雫は頷いた。

 犬猿の中の二人の間柄で、そんな感情を持っていたのか……


 その理由を問うため口を開こうとするが、先に雫はその言葉の真意を話し始めた。


「私と優斗君以外で、やっと湊君の良さを知る人が出てきたのだと、それが嬉しくて……同時に女性であったことに怒りが込み上げましたが」


 語尾に付け足した言葉を発した際の雫は、完全に無表情で本当に怒りが込み上げていたのが想像できてしまった。

 怖い……雫さん怖い。


「だからこそ、今回の問題でも裏で一番頑張っているはずの湊君が正当な評価をされない、そして他の人物が称賛されるのは嫌なんです」


 宣言するように雫は言い切った。

 真剣な瞳は、強い眼光と共にこちらに向けられている。


 これは憶測だが、彼女もその経験があるのかもしれない。

 自分は何もしていないのに、裏で頑張った生徒が評価されず最後に称賛をされたのが彼女だった……なんて出来事が起きていたのかもしれない。


 いや、されたのだろう。


「……これまでもそうだったし、俺にしてみれば普通のことだ」


 周りからの関心など持たれることはなく、称賛されることも望まない。

 だから、今回も自分がいかに頑張ったかを周りに言いふらすようなことはしない。


 したところで、それを信じる人も少ない。


 雫に告げると、彼女は寂し気に微笑むだけだった。

 あらかじめ分かっていたかのように、諦めているかのような微笑みだ。


「ですよね……湊君はそんなこと望みませんよね」


「あぁ……」


 徐々に声量が小さくなっていき、最後にはほとんど聞こえないほど小さくなる雫の声に、僅かな申し訳なさを感じながら相槌を返す。

 いつもなら、これで話は終わっていた。


 肩を落とした雫が寂し気に部屋を立ち去っているが、今日はそうはならなかった。

 肩を落とすことなく、すぐに視線を上に向けて、その瞳には強い意志にも似た何かを感じさせる。


「だから……私が近くで湊君が頑張っている姿を見ています! 誰も湊君を褒めることが無くとも、私が湊君が頑張っていたと言います……それに、あの人も、そして優斗君もそうすると思います」


 雫の言うあの人、それが誰を指している言葉なのか、言葉にしなくても何となく分かる。

 綺羅坂の事だろう。


 そして、優斗も同じであると。


「私が湊君のお手伝いをします」

 

 まるでこちらの意見を聞くことはなく、そう言い放った雫の姿は少しだけ昔の雫に戻っているように感じた。

 俺の言葉を聞くことなく、ただ笑顔で無邪気に手を引いて連れ去っていたあの頃に。



 差し出された手は、白く小さい手。

 でも、とても心強く感じさせる手をしていた。


 その手を握り返すことを躊躇うかのように、ゆっくりと動く俺の右手を雫はすぐに掴み取る。

 その姿に、俺は苦笑を浮かべ彼女に向けて告げた。


「悪いな……頼む」


「はい!お任せください!」


 これほど頼りになる幼馴染がいるだろうか。

 そんな思いを抱かせるほど、今日の神崎雫は強く、優しさを感じたのだった。


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