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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十四話 信用と信頼

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#165

生徒会問題についての一段落となる章です。

続きは二学期編になります。



 拝啓 お父様。

 このクソ暑い夏をどのようにお過ごしでしょうか。


 日本では、相も変わらず照りつく太陽がアスファルトを熱して、遠い視線の先は蜃気楼のように揺らいでおります。

 なぜ、日本の夏は暑いのでしょうか。


 考えたところで答えは出ません。

 というわけで、元気です。


 俺と楓は元気です。

 デジタルなご時世で、何故手紙という古い手法を使って連絡を取れと命じたのか、俺には分かりません。

 息子と文通をしていると会社の話題にあげたかったのでしょうか。


 特筆、書くこともない気がするので、こんなもので手紙はよろしいでしょうか。

 最後になりますが、妹だけでなく最愛の息子にも毎月の小遣いの金額を上げてください。


 追伸

 最近、後頭部の防御力が低下しているように見てとれたので、装備強化を含めた意味でのシャンプーの変更をおすすめします。

 真良湊。




「こんなものでいいか……」


 自室の机に向かい、ペンを走らせていた腕を止めて呟いた。

 楓の用意した薄っすらと柄の付いている用紙には、適当な文章が羅列されていた。


 手紙よりか、文句やからかうような文章になってしまった気がするが、この際気にしない方向性でいこう。

 ただ、新しい紙に最初から書き直すのが面倒だからではない。


 断じて違う……。




 会長の大胆宣言から一週間が経過した。

 その間、夏休みの課題を消化し終えて、やっと夏休みを満喫できる状態にはなったものの、俺個人の問題は増える一方。


 そう簡単に楽して夏休みを終わることが出来るか、それすらも不鮮明な状況になりつつある。

 


 結局、変化があったことは二つ。

 一つは会長から、定期的に連絡がくるようになった。


 これまでは、生徒会の連絡事項が送られてくるだけの事務報告の役割しかしていなかった俺と会長間の連絡網は、数段進化したといってもいいだろう。

 まあ、内容はごくごく普通の日常会話に近いものだが……。


 異性と連絡を取り合うことなど、雫としていたくらいで慣れないことこの上ない。


 そもそも、会話するネタがないから『そうなんですねー』、『すごーい』、『わかる』なんて返事くらいしかしていないのだが。

 まさか、こんな場面で他者とのコミュニケーション不足が露呈するとは……湊君失敗。



 そして、二つ目の変化は真良家の状況が変わった。

 相変わらず兄妹二人で、両親が不在なのは変わりないが賑やかさが増えた、増え過ぎた。


「……王手、それとチェックメイト」


 俺が親父に向けての手紙を書いている中、一人だけ他の来客よりも高い視線で冷めた視線を向けている綺羅坂は、手に取った駒を盤上に置くとそう宣言した。

 卓上にはどこから持ち出したのか、将棋盤とチェス盤が広がっていた。


 将棋の相手は優斗、チェスの相手は雫がしていた。

 二人を相手に、綺羅坂は悠然と、さも当然のように勝利を宣言する。



「…………もう一局です」


「くっそー、流石綺羅坂さんだね」


 もう、この三人が俺の家にいることは問うまい。

 だが、一人だけ普段とは違う人物がいる。


 桜ノ丘学園一年の白石紅葉がこの場にいた。

 彼女は将棋の相手をするわけでも、チェスの相手をするわけでもなく両手、両膝を床に着いてさながら馬のようにな格好で静止していた。

 

 腕は振るえ、足もふらふらと不安定さを感じさせる。

 それも当然だろう。


 彼女の背には……綺羅坂怜が腰を下ろしているのだから。


「相手にならないわね……こちらの盤面も黒一色だわ」


「……なんで私だけ罰ゲームが……」


「敗者に文句は許されないわ……この世界は弱肉強食よ」


 綺羅坂はそう視線を落とすと、白石の眼前に置かれたオセロを見下すように眺める。

 そこには、綺麗に黒色が並んでいる。


 この手のボードゲームは無知な人間同士が戦わない場合は、運要素が介入しない。

 完全なる個人のスキルに勝敗が依存する。


 学年の違いはあれども、いずれも学年のトップクラスの生徒相手に三面を一人で相手して圧勝する綺羅坂はいったい何者なのだろうか。

 白石の背に乗っている姿が、まさに女王である。




 あれから、一週間の間に何が起こったのか。

 そして、現在の状況に何故なっているのかを説明しなくてはならないだろう。


 


 会長との一件から帰宅した俺は、家に戻って早々楓から不満げな口調で告げられた。


「兄さん……後輩の女の子が訪ねてきましたよ」


「後輩……?」


 女子生徒の後輩など、俺の思い浮かぶ人物は白石しかいない。

 自然と、彼女が何をしに俺の家に訪れたのかを察した。


「あぁ……それで何か言ってたか?」


 冷蔵庫の中から冷たいミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出すと、それを一気に喉に流し込みながら訪ねる。

 一向に晴れる様子のない不満げな表情をした楓は、ただ首を横に振るだけで言葉はない。


 珍しい……

 楓は少なからず訪問者の要件が曖昧でも、その旨を伝えるものだ。


 それをしないということは、本当に一瞬だけのことだったのか、話をしない理由があるのかの二択だろう。

 白石の性格や言動を考えると、後者の可能性が高い。


 人間、相性の良悪はあるものだから仕方ない。

 訪れたのが白石でなければ、もう一つ二つと問いを投げていたところだが、彼女に関してならその必要は無い。


 十中八九、生徒会の話だろう。

 念のため、優斗から連絡が来ていないかスマホを確認したが通知は来ていない。


 優斗に相談しないで俺の家に来たのだろう。



 ソファーに腰を下ろし、様々な感情を含んだ深い溜め息を零す。

 今は、今日だけはこれ以上の考え事は遠慮願いたい。


 ただでさえ、容量オーバーなのだから。

 隣に腰掛けた楓が、ためらう様子で悶々としているのを視界の隅で捉える。


 妹からすれば、訪問者の話などではなく、今日の件について問いたいのだろうが、俺の様子を見て躊躇っているように見えた。


「今日のこと聞きたいんだろ……答えられる範囲でなら教えるぞ」


「そ、そうですか……では―――」


 自ら、話の大筋を説明するのではなく、楓からの質問形式で今日の出来事を説明していった。

 相手が生徒会長の柊茜であったこと、会長は恋愛感情を抱いているわけではないこと。


 端的に言えば、条件の一致という言葉がふさわしい。

 その言葉を聞いた楓は、安堵の息を零す。


「では、今日の後輩の方は?」


「それは生徒会選挙の問題だ……交渉を優斗に任せていたからその返答にでも来たんだろう」


 あとで優斗に電話でもしておこう。

 楓の質問に短く答えると、重い腰を上げリビングを後にした。



 静かな自室で、ベッドに寝転がり思考を巡らせる。

 

「……まずは生徒会から解決しないと俺個人の問題に専念できん」


 別段、誰かに向けて発した言葉ではない。

 ただの自問自答。


 部屋には虚しく静寂が広がるはずだった。


「そうですね……生徒会の問題は目前にまで期限が迫っていますので、最初に解決する問題だと私も思います」


 そう、似たように憂いを含んだ声が、部屋の隅で響いた。

 おそらく、人生で最速で首を横に振った。


 振り過ぎて首の関節がパキパキと音を鳴らしたまである。

 あまりの勢いで、鈍い痛みが首筋を襲うが、それすらも構わないほどの驚愕が俺を襲う。


「あ、お邪魔していますよ湊君」


「……なんで俺よりも先に部屋にいるんだよ」


 そこにいたのは雫だった。

 格好は先ほどまでと同じで、ホテルから先に帰ったはずの雫が自宅ではなく俺の部屋で椅子に腰かけていた。


 完全な不意を突かれた状況で、彼女に問いかけると雫は豊かな胸を張って告げた。


「作戦会議です!」


「嫌だ」



 第一回真良湊宅作戦会議は、半ば強制的に部屋の主の意思を反映しない形で行われた。


  

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