#164
同日
それは偶然が生んだ、意図していない邂逅だった。
湊達が自宅を出発して、一人自宅に残っていた楓は落ち着かない気分を変えるために家事に勤しんでいた。
そんな楓のいる真良家の前に、一人の少女が佇んでいた。
「偶然近くに寄ったので……いや、普通にお話がありますの方が自然でしょうか……」
インターホンを押すのを躊躇いながら、何かを呟く少女は、落ち着かない様子で右左に歩き、あからさまに不審な動きをしていた。
庭で洗濯物を干していた楓は、暫しその様子を眺めていたが、玄関前からは離れない少女に声を掛けるために近寄った。
「あの……何か御用でしょうか?」
「ははは、はい御用です!」
突然、後ろから声を掛けられた少女は、問いをそのまま声に発した。
羞恥心から頬を赤く染めて声のする方……楓の立つ方向へ振り返る少女は楓の容姿を見て息を呑む。
黒い髪、幼さの残る顔立ちだがまごうことなき美少女。
それに加えて、真夏の暑さで半袖半ズボンというラフであり、家庭的な服装。
「可愛い」
真良家に訪れていた少女、白石紅葉の思考を停止させるのは簡単であった。
そもそも、彼女は予想外の展開には弱すぎるところがある。
真良湊の家にこれほどまでの美少女がいること自体が想定していない出来事であった。
「ありがとうございます……それで本日はどのようなご用件で?」
あくまで、客人と接する態度を崩さない楓はお世辞としての言葉として、白石の賛辞を受け取ると再度問いかけた。
「あ、そうでした、今日は真良先輩にお話がありまして……」
「……また女の子」
「はい?」
白石の言葉を聞き、兄である湊に用があり赴いたと聞くと楓は聞こえない程度の声量で呟いた。
また、自分の知らいない女性が兄の元にやってきた。
見合いというだけで、楓の不機嫌ゲージは急上昇していただけに、更なる追い打ちとして不機嫌さを加速させた。
しかし、他者には悟られないように表情を作る。
「申し訳ありませんが兄は外出しております。もしよろしければ私から伝言などがあれば伝えますが?」
「そうですか、お出かけに……え、妹?」
「はい、真良楓と申します」
驚愕の表情で、白石は何度も楓の姿を確認する。
完全に気が付いていなかったようで、しばらく沈黙が続いた。
だが、それもつかの間、白石の様子は急変した。
「これは失礼しました、私は桜ノ丘学園一年の白石紅葉と申します。本日は真良先輩に生徒会の件でご相談がありお伺いしました」
「……そうでしたか、では白石さんが来たことを兄が戻りましたら伝えておきます」
急に冷静に対応をする白石に少しの違和感を覚え、思考を巡らせる。
ほんの一瞬、会話の間に生まれた僅かな間のはずだが、白石はそれを見逃さない。
「お兄さんと似ていますね。考えるときの仕草とか会話の間に挟む少しの間とか」
「兄妹ですから」
笑みを崩さずに淡々と返事を返す。
その合間に互いの間では、細かな情報交換が行われていた。
話題を提示した際の反応。
それに応じた声や表情の崩れ。
初対面の相手にどう接するかを考えている二人は、無駄に高い頭脳をフル回転させていた。
二人揃って微笑を浮かべて玄関に立ち尽くす。
外から見れば玄関前で仲良く話をしている風に見えるだろう。
「そういえば先輩はどこに行かれたのですか?夏休みは家にいるって聞いていましたが」
「……」
その一言に楓は不満げな表情を浮かべた。
なぜ、兄は付き合いも短いであろう後輩に夏休みのスケジュールを伝えているのだろうか、と。
兄に対する僅かな嫉妬。
それと同時に、この人がこれ以上兄に近づく可能性を摘むことを考えて本当のことを告げた。
「お見合いです」
「へぇーお見合い……お見合い!?……ギャルゲーかよ」
「何か?」
つい、本音が漏れてしまった白石は、楓の言葉に首を勢いよく横に振ってなんでもないと表した。
ただの高校生が夏休みにお見合いしていると聞けば当然の反応かもしれない。
ただ、後半の部分は白石らしい発言だった。
「ギャルゲーじゃないですよ?」
「聞こえているじゃないですか!?」
聞かれていなかったと安堵した後に追い打ちをかけるように言葉を返される。
恥ずかしさを感じると同時に、この妹が本当に真良湊の妹だと再認識した。
完全に手玉に取られている。
白石にとって真良湊という先輩はごく普通の生徒でありながら、不思議にも人脈に恵まれ、捻くれた人物でありながら誰に特別入れこむことのない先輩との評価をしている。
しかし、その妹がこれほどまでに容姿端麗でありおそらくは頭脳も明晰であろう。
それに加えて兄にも似た部分を少なからず感じさせる。
同世代でしかも同じ女性。
それが白石に楓に対する苦手意識を植え付けた。
優劣を決めているわけではないが、自分よりも優れている人間にマイナス面の感情を抱くのは不思議ではない。
「では後日改めてお伺いします」
「はい、事前にご連絡いただけると兄も都合がよろしいかと」
そう最後に言葉を交わして白石は背を向けて真良家から離れていく。
その背を眺めて姿が見えなくなるまで見送ると、楓は再び庭の洗濯物の場所に戻る。
「全く……年下は私だけで間に合ってます!」
白石に向けてよりかは、兄に向けての文句を呟く楓。
これが同い年二人の偶然の邂逅だった。
それを湊が知るのは、疲れ果てて家に帰ってからのことであった。




