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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十二話 父親と息子

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#158


 理想通りの将来を実現できる人間は、この世界にどれくらいの数が存在しているのだろうか。

 少なくとも、俺の人生において理想通りの人生を歩んできた覚えはない。


 いや、理想云々以前に、将来の自分の人生を強く思い描いたことすらないのかもしれない。

 ただ、その場の状況で楽な道を選んで、のらりくらりと生きてきた。


 面倒から避け、選んだ選択を最善の選択であると思い込むようにしてきたのだろう。

 その結果が、今の人生だ。


 他人を好く感情を理解できず、周りの人間と深くかかわることが出来ない。

 一線を引いた場所から、静観している。


 同じ場所にいて、同じ場所にいない。

 今だってそうだ。


 真良家のリビングには俺、楓、両親に含めて雫と綺羅坂が同席する形で、今後の進展について話し合われていた。

 各々が意見を述べて、今後について検討しているのに、俺はどこか他人事のようにその姿を眺めていた。


 話し合われているのが、俺を中心とした内容だというのに。

 自分自身がどうしようもない人間なのは誰よりも分かっている。


 だが、何故だか、自分の中に非常なまで冷静な自分がいて、客観的にその状況を眺め、荒波を立てないように当たり障りのない選択肢を提案してくる。

 現状、自分の意見を挟むことは、余計な場の混乱を招くことを理解しているから、余計な言葉を口にすることはない。


 親父の意見も分かる。

 どうしようもなく将来が不鮮明な息子を、少しでも良い人生を送れるようにパートナーを見つけておきたいという気持ちが。


 母さんの意見も分かる。

 子供の感情を無視した見合いではなく、本人の自由意思で将来を選択してもらいたいという気持ちが。


 そして、雫と綺羅坂の考えも分かる。

 真良湊という一個人と家族以外で時間を長く共有している二人からすれば、俺の性格や考え、そして彼女達の心情を含めて今回の話は賛同できないことを。



 誰の選択肢を選んだとしても、少なからず俺のことを配慮していることは流石の俺でも分かっているつもりだ。


 だからこそ、考えてしまう。

 俺が望んでいた生活とはどんな生活だったのか。


 みんなで楽しく笑顔を浮かべて過ごす日常なのだろうか。

 今の騒々しく問題がいくつも出てくるが、暇を持て余すことのない日常だろうか。


 

「ですからおじ様!お見合いの件は一旦保留で湊君の進学先などが決まってからでも遅くはないのではないでしょうか?」


 親父に向け、一連の説明を終えてから雫が提案した。

 それには親父も少しばかり渋い顔をしていた。


 言ってしまえば部外者である二人だが、雫は赤子のころから成長を見てきた、ある種の親心のような感情がある。

 そんな娘に全面的な否定的な意見を言われて、親父が何も感じないはずがない。


 それに母さん、そして綺羅坂怜というイレギュラーな人物の登場。


 何もかもが想定外の展開に話は膠着していた。

 きっかけ一つあれば、どちらにでもひっくり返りそうな展開に、俺だけでなく楓もただその光景を見つめているだけだ。


 もしかしたら、楓は同じなのかもしれない。

 俺が元来、望んでいた生活と、現状の違い。


 それを感じつつ、自分ではどうしようもなく動いてしまった現状をただ静観している。



 これ以上、話を大きくする前に解決するには、俺が自分の意思で動かなければならない。

 だが、おそらく間違うだろう。



 この場で正しくない選択を選ぶ。

 それを望まない人が多数いる現状で、この行動は間違っているのだろう。


「……親父、見合いの日時はいつだ?」


 話が膠着して沈黙が続いた室内で問いかけた。

 即座に親父は答える。


「予定は明日の14時に楓の通う学校の近くにある旅館だ」


 確かに、楓の通う学校は昔は温泉街としてここら辺では人が多かったと聞く。

 その名残で昔ながらの旅館が数店残っていた。


 そのどこかなのだろう。

 全員からの視線が集まる中、少しばかりの考えをまとめる。


 結局、俺に出来る行動などこれくらいしかないのだ。


「分かった……行くよ」


 ハッキリと全員が聞こえる声量で言った。

 親父は安堵したように息を吐き、母さんはただ悲しそうに目を向ける。


 雫は納得できていないのか、唇を強く噛み、綺羅坂は瞳を閉じてじっとしていた。


 

 尚、俺の答えに食い付こうと前のめりに乗り出した雫に僅かな苦笑いを向ける。

 

「大丈夫だ……親父には悪いが、知らない人との見合いなんて受けるつもりはない……ただ親父にも迷惑を掛けないために一度だけ会っておくのが最善だ」


 そう、自分に言い聞かすように告げる。



 本当に誰もが納得する最善策を言うのだとしたら、見合いを断り、相手方にも納得してもらえるような理由を考える。

 親父と相手との関係に問題が生じない程度の言い訳を。


 高校生であること、将来の進学先や就職に関しても今見合いを受けてしまうと多少の影響が出ること。

 いくらでも言い訳など考えられる。


 

 だが、今はこの場を収めることが先決だ。

 目の前の光景は、俺や楓が望んでいた日常には遠い。


 多分、もっとも遠い場所にいるはずなのだ。



 母さんにも、雫にも、綺羅坂にも悪いと思っている。

 ただ、今はこう答えないと、何かが変わる気がした。


「いいんですか、兄さん?」


 不安げに見上げてくる楓の瞳からは、心配する感情が伝わってくるようだった。

 それを少しでも和らげるように頭を一撫でして答える。


「平気だ……ただ会って直接断る……それでいつも通りになる」


 そう楓に言い聞かすと、これまで沈黙を貫いていた綺羅坂が親父と母さんに向けて提案した。


「よろしければ、旅館までは私達も同行してもよろしいでしょうか?」


 室内には入らない。

 ただ、その旅館に赴き結果をすぐに聞ける場にいたい。


 そう告げた綺羅坂の願いに、親父は頷いた。


「構わないよ……見合いの席に同席は出来ないがそれでもいいのであれば」


「ありがとうございます」


 二人が言葉を交わしたのを最後に、誰も何も言うことはなかった。

 静かに話し合いは終わり、静かな室内が広がる。


 暮れ始めた空模様に、帰ることを提案した雫と綺羅坂を母さんが制し、夕食を共にした。

 楓と母さんの二人から振舞われた家庭的で素朴な食事は、久しく味わっていない真良家の味だった。


 誰も表情は晴れていない。

 ただ、どこかで安心していたのだ。


 結果は分かっていると。

 俺が言葉にした以上、自分たちが必要以上に心配している必要は無い。


 正直、俺もどこか楽観視していた。

 だから、考えもつかなかったのだろう。


 明日の見合いが、これまでの日常に歪みを生み出す可能性があったことに。






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