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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十二話 父親と息子
166/353

#156

最新話は明日の4月1日に更新予定です


 俺の問いに親父は答えると、何を思ったのか嘆息を吐き出す。

 それは、親父自身が困り果てているようで、心労から出たものに見えた。


「今のご時世、親同士が話で決めたお見合いだなんて古臭い考えなのは承知の上だ……ただ、会うだけでも良いから時間を作ってもらいたいと頼まれた。お世話になっていた人でもあるから、断るにも断れなくてな」


 親父は言って口を閉じると、深く腰掛ける。

 もしかしたら、この人も相手方の状況を把握できていないのかもしれない。


 納得出来るほどの説明ではないが、これ以上の話を引き出すことが出来ないのは分かった。

 もっとも、知り合いとて、相手の家庭状況や動機など、上っ面なところまでしか知らないはずだ。

 向かいに座る楓は依然として納得していない様子で頬を膨らませていたが、今は口を挟むことはない。


 それにしても、どうしたものか。

 見合いは可能であれば断ると考えていたので、そもそも行く気がなかった。

 今から断固たる強い意志で親父に言うのは簡単だが、その後の対応を全て放り投げて自己完結するよりかは、話の通り一度だけ会うだけ会って、本当の意味で終わりにするというのも、一つの解決方法でもある。


 そのほうが、禍根を残すこともなく終われるだけスマートな選択だろう。 

 ただ、気が乗らない。

 自分自身がお見合いというリア充イベントを否定している。

 

 この手のイベントは優斗にこそお似合いのイベントだろうが。

 そう内心考えていると、隣から問う声が聞こえた。


「そういえば、雫ちゃんは元気にしているか?帰省している間に神崎の家には顔を出すつもりだが、随分顔を見ていない」


「あぁ……あいつも元気だよ」


 事実だけを答える。

 俺と雫の幼馴染という関係性が、多少の変化が起こったことは、今は親父には関係のない話だ。

 雫の父親と親父は古くからの友人だから、当然今回の帰省でも挨拶だけはしに行くらしい。


 余計なことを話されないといいけど……。

 そんな杞憂を他所に、親父は微笑を浮かべて話を進める。


「俺は雫ちゃんが湊を面倒見てくれれば安心なんだが……まあ、それはないだろう。あの可愛い女の子を周りの男子は放っておかないだろうからな」


 ニヤけて、からかうように告げる。

 その顔が無性に腹に立って、思わず顔を逸らす。

 実際、学園の男子は雫にご執心な奴が多いから、あながち間違ってはいない。


「早く楓に世話される状況から抜け出してもらわないと―――」

 

 親父が楓に視線を向けて真剣な表情に変える。

 それは、この後の言葉がろくでもない言葉なのが容易に分かってしまった。



「パパが楓にお世話してもらえないだろうが!」


「アホか、母さんが世話してくれているだろうが」


 あんたの世話のためだけに、海外にまで移り住んでいる嫁さんをもう少し敬え。

 そんな意味の視線を俺と楓が同時に向ける。

 俺達からの視線が痛かったのか、話を逸らすかのように前までの内容に戻る。


「だから、湊は早く彼女か嫁さんを探せ」


 少し前、どこかで聞いたことがあるセリフだ。

 魚屋のおっちゃんも似たようなセリフを綺羅坂と一緒の時に言われた気がする。


「おい……まさか、そんな理由があったから見合いを承諾したわけはないよな?」


 冗談半分で問うと、僅かに表情が渋くなるのを見逃さなかった。


「そんなわけないだろう……冗談だ」


 これは、絶対に少しは頭の隅に考えがあったやつだ。

 溺愛する娘に世話をしてもらいたいという欲も、承諾の理由の中に混ざっていたらしい。

 

 まあ、自分の仕事関連の理由などではなくて、安心したのは確かだ。

 

 日程や見合い相手、その他もろもろの情報を引き出すべく、会話を進めようとするとインターホンが鳴る音が響く。

 おそらく、母さんが遅れて帰ってきたのだろう。


 楓が、一目散にリビングから飛び出して玄関まで駆け寄ると、想像通り母さんの声が聞こえてきた。

 玄関で親子再会の言葉を交わして、近づいてくる二人。

 

 買い物袋を代わりに持った楓の後ろから、リビングの中に入ってきた母さんは、一目散に親父を無視して隣の俺の元へ駆け寄る。


 そして、頭をがっしりと掴むと豊満な胸の中で抱きかかえて深く深呼吸をする。

 大切な物を手に取るかのように、強く離す気配がない。


「息子充電中」


「充電器か……俺は」


 何故、俺の家族はこうもおかしな人しかいないのだろうか。

 むしろ、この親からよく俺みたいな子供が生まれたものだ。


 けれど、久方ぶりに一家全員が揃ったリビングは、いつになく温かみを感じる。

 俺と楓の子供だけの日常に慣れ始めていたが、親がこうして目の前にいるのは安心感がある。

 当たり前だが、家族全員が揃うことは悪い気分ではない。

 

 柄にもないことを思っていると、母さんは堪能したのか俺の頭を離す。

 そして向かいの席に腰掛けると、ようやく親父と目を合わせた。


 その瞳は、子供達に向けるそれとは全くの別物、冷ややかな視線だった。


「よくも私の息子を見合いに出すなんて言い出したわね」


「琴音……その話は子供達の前ではしないと約束したじゃないか」


 鋭い視線が親父に突き刺さる。

 母さん自体、親父の決めた見合いを未だ承諾していないらしい。

 その状況を初めて知ると、二人の会話に耳を傾ける。


「私は約束なんてした覚えはないし、湊には好きな相手を選んでもらいたいとも話したはずですが?」


「だから、まだ正式に見合いをするというよりか、顔合わせに近いと言っただろう」


 修羅場が目の前に広がっています。

 親の浮気とか、そんな内容でないだけマシだが、子供の方針を巡った両親の意見の衝突。

 楓もこの状況に、居心地が悪いのか夕食の食材をしまうと俺のそばでじっと身を寄せていた。


 うん、分かる。

 怖いよね、お母さんが怒った時って。

 親父なんかの比じゃない。


 普段、怒ることがない母さんなら尚の事、恐ろしさが数段増して感じるよね。


 二人の会話がリビングを冷え切るように錯覚させていると、母さんは諦めたのか一つ息を零した。

 そして、持っていたカバンから二つの何かを取り出す。

 白く、二つ折りになっている厚めの物を取り出すと、それを二つ机の上に置く。


「何それ?」


 全員の考えを代弁する形で、俺が母さんに問いかける。

 すると、満面の笑みを浮かべて母さんは告げた。


「お父さんとは違う、お母さんからの提案よ!」


 自身満々に言い放つと、母さんは二つ折りの物を開く。

 中には写真が挟まれていた。


 女性が写った二つ折りの物が、見合い写真だというのはしばらくして分かった。

 写っている人が着物を着ていて、カメラマンに撮影されているしっかりとした写真だったからだ。


 もう一度言おう。

 母さんのカバンから白く二つ折りの見合い写真が“二つ”机の上に置かれた。


「お父さんが勝手に湊の見合い相手を決めるのであれば、私も湊に相応しい相手を選んでも構わないでしょう?」

 

 母さんはそう言って、二つの写真を開いて見せた。

 その写真に写っていたのは―――


「おいおい……雫と綺羅坂じゃん」


 写真に写っていたのは雫と綺羅坂の姿だった。

 何をやっているの、この子たちは?


 用事がありますとか言って、颯爽と俺の家から出ていった雫はこんな作戦をするために母さんとコンタクトでも取っていたのだろうか。


 それ以前に、絶対に綺羅坂と共謀してこの作戦を強行したのが容易に想像ができた。

 写真を見て、思わず笑みを零す楓と、母さんの大胆な反撃に驚く親父。


 そして、言葉すら失って茫然とする俺の姿が真良家のリビングにはあった。



最新話は明日の4月1日に更新予定です

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