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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十二話 父親と息子
165/353

#155


 親とは、一番身近な人間だ。

 良くも悪くも、人生において模倣する最初の人だとも言える。


 子は親の背を見て育つともいうが、俺も例外ではない。

 親父と母さんを見て育った。


 今の真良湊という人間を形作る上で、少なからず影響があるのは確かだ。

 否が応でも血の繋がった親子なのだと、会う度に思い知らされる。



 

 


 意外にもその日は早かった。

 事前の連絡もなく、突然の出来事だった。


 優斗との会話から四日。

 白石とコンタクトを取るために連絡を交わしている優斗からの連絡を待ちつつ、課題を消化する日々が終わりを告げた。


 自宅で一日を始める朝食を食べている時に、あの人は帰ってきた。


「二人とも、久しいな」


 キャリーバッグを片手に、スーツ姿の男はまず楓に目を向け、そして俺を見据えた。

 妹に向ける時ほどの情を感じない、ただ息子の変化を確認するだけのような視線は、すぐに家の中に移る。

 

 自分が家を離れる前と、大して変わっていないリビングに安心したのか息を一つ零すと、俺達の親父……真良悠一は歩みを進める。

 荷物を戸の近くに置き、スーツを椅子の背もたれに掛けると告げた。


「ただいま」


 父親との邂逅は、劇的でもなく日常の帰宅風景のように始まった。



「お、お父さん!?連絡してくれれば出迎えたのに」


 驚いた楓がすぐに立ち上がると、親父の傍に駆け寄る。

 親父が手に持っていた土産を受け取り、そう告げると慌てて冷蔵庫から冷えた飲み物を取り出し差し出す。


 微笑を浮かべそれを受け取ると、親父は口を開く。


「驚いた子供達の表情が見たくてな」


「……趣味の悪い親父だ」


 いい歳して、子供みたいな真似を。

 冷めた言葉を呟くと、親父は視線をもう一度こちらに向けた。


「湊……楓には迷惑かけていないだろうな?」


「安心しろ……親父が家にいた頃より楓は楽そうにしているぞ」


 過保護すぎる親が近くにいては、娘も迷惑だろうに。

 久方ぶりの親子の会話には到底思えない言葉を交わすと、間に楓が入ることで話題が変わる。


「お母さんは一緒じゃないんですか?」


 親父の後ろには母さんの姿はない。

 最初は荷物とか、何かしらの理由で後から入って来ると思っていたのだが、そうではないらしい。


 親父だけで帰宅した光景に疑問を感じた楓が問う。


「母さんは買い物して帰るらしい、今日は楓と一緒に夕食を作ると楽しみにしていたよ」


「そうですか……言ってくれればよかったのに」


 一層、頬を膨らませて不満げに楓は呟いた。

 可愛い、大丈夫、可愛いから大丈夫。


 何が大丈夫なのか分からないが、大丈夫だ。


 そんな妹を横目に、隣の空いた席を軽く引く。

 

「……立っていないで座れば?」


 もちろん、ある程度の距離は離して引いてある。

 息子と父親が仲良く肩見せまい状況で微笑んで会話とか……考えるだけで嫌になる。


 父と息子との関係が良好な家庭ならまだしも、真良家ではこれが普通の光景だ。

 礼を言うことなく、当然のように椅子に腰かけると、向かいに腰掛けた楓にそっと話しかける。


「楓……今日は一緒に風呂でも―――」


「嫌です」


「なら、一緒の布団で―――」


「嫌です」


 唐突な娘への愛情表現。

 だが、それは虚しくも冷たい声音で拒絶された。


 それも、引いた眼差しと、拒絶感を全面的に芦原下表情と共に。

 それを受け、親父は冷静に口元に笑みを浮かべると……



「湊……今日は雨だな」


「あんたの涙だ……それに鼻水も、汚ねえよ」


 父の威厳など、微塵も感じさせない姿があった。

 

 真良悠一

 年齢は三十……三十……三十代後半。

 

 職業はサラリーマンで、会社内の役職は課長。

 ごく普通の一般家庭の生まれで、容姿に特筆すべき主だった点はなし。


 特技は人との会話で、口達者だけで今の役職に就いたと前にも述べたと思う。

 息子に対してはクールな父親を演じ、娘にはカッコいい父親の姿を見せたいのか、家内では冷静に振舞う。


 だが、いかんせん能力も平凡ゆえにボロが出やすい。

 それが自分の性格と反した性格を装っているなら尚事。


 溺愛する楓に、完全にアウトレベルな愛情表現を試みるも、成功した例は無し。

 母親の琴音とはお世辞にも見合わない男だが、現にこうして結婚して二人の子供がいる。


 父親と母親の恋愛事情など聞きたくないので聞いていないが、これが俺達兄妹の父親の現実である。


 自分勝手な発言や態度で腹が立つことも度々あるが、嫌いにならない理由がこのどうしようもないアホさ故だろう。


「それに……パパって呼んでと、あれほどお願いしたのに……」


「呼びませんよ、絶対」


 怖い、楓怖いよ。

 お兄ちゃん、手に持っているコーヒーカップがスマホの着信時レベルの振動しているよ。


 一貫して、親父への冷遇を変えない楓に少々の恐怖を抱きつつ、本題を切り出す。

 むしろ、この人と話をする内容など、それくらいしかない。


「親父……見合いの話について説明はあるんだろうな?」


 楓からの冷遇で落胆していた親父は、その一言で表情を真剣なものに変える。

 この先に出る言葉が冗談など一切ないことを表していた。


「見合いについて、お前に相談なく決めたことは謝ろう……だが、冗談ではなく本当に会ってもらいたい人がいる」


 その声音は、表情はこれまで数度見たことがある表情だった。

 高校を決めた時、親父からの海外引っ越しを断った時、楓と二人で暮らしていくと話した時。


 真剣な父親の姿がそこにはあった。


「まさとは思うが、自分の出世とかそんなくだらない都合じゃないよな?」


「自分の地位のために息子を差し出すほど、愛情が無いはずがないだろう……相手方の強い希望があったからだ」


 嘆息と共に、小さな苦笑を浮かべる。

 妹程の愛情を注いでいるわけではないが、それなりに息子にも愛情を注いでいるらしい。


 珍しい表情に、ただ押し黙るしかなかった。


 



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