#154
雫が去った真良家のリビングでは、楓は不満そうに顔をしかめていた。
「兄さんに説明もなく、突然お見合いだなんて間違っています」
「……あの人ならやりそうだからな」
思い浮かべたのは、半年近く顔を合わせていない父親の顔だった。
悪くも父親に似て生まれた俺に、あの人は期待も興味も掛けることはなかった。
かつての自分がそうであったように、努力では変えられないものがあることを彼自身が自覚していたからだ。
だから、俺にも過剰な期待をすることはなく、必要最低限の期待だけを持ち続けていた。
別に、そんな父親が嫌いと言うわけではない。
俺も、出来の良い妹と比較されて過剰な期待を持たれる方が辛かったはずだ。
だから、別にどうとも思っていない。
一人の息子として育ててくれた恩と家族としての愛情はあるが、尊敬はしていない。
あの人も、息子から尊敬されたいと思っていないだろう。
それにしても、突然すぎる知らせに困惑しているのは事実だ。
俺も、楓も突き付けられた現実をいまいち受け止められていない。
「見合いとか一昔前のイベントだと思ってたんだがな」
「兄さん、断ってしまいましょう?」
隣に座る楓は、俺の手を取るとそう告げた。
力強く握られた手からは、わずかな震えが伝わってくる。
「……まずは断るつもりだけど、話がどの段階まで進んでいるのか分からないからな」
正直、興味がない。
見合いだなんていきなり言われて、「はい、分かりました」と受け入れる人の方がこのご時世少ないだろう。
俺もその一人だ。
だが、まずはこの話が出てきた経緯と、母さんと親父との意見の食い違いについての話を聞いてから出ないと状況を把握するには情報不足だ。
今、俺が出来る行動としては母さんに連絡を入れることと、身の回りに残っている仕事を片付けておくことだ。
「楓……少し出てくる」
「え、はい……分かりました」
「大丈夫だ、すぐに戻る」
不安そうに表情を暗くさせた楓の頭を一撫ですると、出掛ける準備を整える。
と言っても、簡単に着替えとスマホ、財布を持つくらいだ。
普段学校に行く道とは違う、近所の裏道を使いある人物の家に向かう。
十分程歩いて着いた一軒家のインターホンを押すと、相手の声が機会を通して聞こえてきた。
『はい、どちら様でしょうか?』
「俺だ、優斗」
近所のご近所さん、困ったときの荻原君、スマイル製造機の優斗君、女性キラーの優斗君。
数々の異名を持つ荻原優斗の家に向かうと、家の前で世間話をするように話を始める。
「どうしたんだよ、珍しいな湊が俺の家に来るなんて」
「ちょっと面倒事が増えてな」
そう切り出すと、要点だけを伝える。
親父からの突然の電話、見合いの話を出ていたこと、それが近日中に行われる予定であること。
それを説明すると、さすがの優斗も驚いたように表情を変える。
「お前……お見合いしてくれる相手いたんだな」
「おい……失礼な言い方するなよ……もしかしてかなり年上の人出て来るんじゃないかと、これでも心配しているんだから」
以外、その一言に尽きる言葉を発した優斗は、冗談だと笑って思慮顔に変わる。
優斗には白石の件も手伝ってもらっている手前、俺がここへ来た理由も大体予想が付いているようだった。
「家の用事で動けなくなる可能性があるから、もしもの状況のために白石さんの件で話に来たんだろ?」
「話しが早くて助かる」
もし、俺が家の面倒事に関わっている間に白石からの連絡が来ても、対応することが出来ない可能性が高い。
その時は、優斗に一時的な対応を任せておきたい。
雫でも綺羅坂でも出来ないはずだ。
あの二人は、白石とは相性が悪い。
雫は遠慮してしまうところがあるし、綺羅坂はその逆で遠慮がない。
会話の流れを予想して話をする白石には、柔軟に人付き合いが出来る優斗が適任だ。
「白石の話は優斗も知っているから省略するとして、あいつが選ぶ選択肢が三つある」
「一つは会長になることにこだわる、もう一つは実行委員会の案か……それ以外は?」
「どちらも実現しようとする」
第三の選択肢を聞くと、優斗も苦笑を浮かべる。
「流石に……それは無いんじゃないのか?」
「まあな……あくまで可能性の話だ」
小さな可能性でも、頭に浮かんだ以上例として挙げた。
本命の二つの案のどちらかで落ち着くはずだが、仮にどちらも叶えたいと言われた時のために反論は考えある。
だから、優斗には本命の二つの案について、白石に現状、どんな考えになっているか連絡をしてほしいと伝えた。
「俺が連絡をするのは構わないが……湊が連絡した方がいいんじゃないのか?」
「……俺が女子とメールのやり取りを上手にできると思うか?」
「無理だな」
即答。
優斗はハッキリと告げた。
そして、笑みを浮かべると頷いて見せる。
「分かった俺の方から白石さんには連絡を入れてみる……あとは何かあるか?」
「俺の方も家の面倒事がいつになるか分かったら連絡を入れる……出来るならその前に一度白石の考えを聞いておきたい」
ただでさえ許容量が少ない脳内で、いつくも問題を抱えて処理する能力は俺にはない。
それに、余計な考えを持つことなく面倒事に臨むことが出来る方が俺としても望ましい。
優斗は分かったと言うと、心配そうに疑問を投げかけた。
「神崎さんは知っているのか……その、お見合いの話は」
「あぁ……さっき話してきた。何か用事が出来たって帰ったばかりだ」
「そうか……なら良いんだ」
雫に秘密にしているのではと心配だったのか、優斗は安堵の息を零す。
最後に別れの挨拶を交わし、優斗からの連絡を待っていると言い残すと俺はその場を後にした。
「そうか……神崎さんは綺羅坂さんの家にでも行ったのかな?」
完全に友の背が見えなくなるまで見送ると、優斗は独り言のように呟いた。
住宅街の生活音にかき消された言葉を残すと、よし!と気合を入れるように息を吐き親友からの頼みごとを叶えるため後輩に連絡を入れるのだった。




