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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十二話 父親と息子

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#153


「困りましたね」


「あぁ……困ったな」


 楓の連絡から、数秒の間に我が家へ訪れた雫は、楓から話を概ね受けると神妙な面持ちで呟いた。

 確かに、これは困ったことになった。


 相手がそもそも分からないのも問題だが、親が子供に何も説明をしないまま見合いなどを決めて来るとは、最近の父親は報連相を知らないのか?

 報告、連絡、相談、小学生でも知っている常識だ。


 俺なんて報告どころか、話す相手がいないから報連相を自分だけで完結してしまっているから問題がないまである。

 

「湊君がお見合いですか……私の所には連絡が来ていませんが、おかしいですね」


「見合いの相手が雫なはずがないだろ……おかしいってのはそこかよ」


 見合い相手が自分ではないことに疑問を抱いている雫は、落胆の様相を見せた。

 序盤から強烈な冗談を言い放つ雫に、苦笑いしつつも普段との違いに気が付く。

 楓も表情は暗く、二人も望ましいことでないのはすぐに分かった。


 それにしても、母さんが見合いの話は断るように親父に掛け合うと言っていたから、大丈夫と思っていたが、こうなるとは。

 母さんの意見を親父が否定すること自体が珍しく、母さんも身を引くしかない問題でも出てきたのだろうか。


 当人がいない状況で考えても仕方のないことなのは分かっているが、考えずにはいられない。


「お母さんはお見合いはさせないって言っていたのに」


 頬を膨らませて不満げに楓は呟く。

 電話口でも相当怒りを露わにしていたから、楓にとっても予想外の出来事だったのだろう。


 そんな楓も雫が頭を撫でて慰めていると、雫はこちらに目を向けて言った。


「ご両親が戻るのは何日ごろなのでしょうか?」


「……詳しくは分からないけど、電話が来たってことはそう遅くはならないだろう」


 近いうちに夏期休暇で戻ってくると考えた方がいい。

 白石の件もあるので、厄介事は抱えたくないのが本音なのだが、自分の家庭の問題となれば避けることは難しい。



 どうしたものかと考えていると、雫は消えてしまいそうな声量で話し始めた。


「湊君は……お見合いの話をどうするおつもりですか?」


「どうって?」


「お受けするかどうか、ということです」


 声音が、瞳が、彼女の様子で不安を感じているのだろう。

 それは、俺が見合いをどう対処するのか。


 その結果、今の環境にどのような変化が訪れてしまうのか危惧しているように感じた。


「……親の勝手な話で、俺は別にどうするつもりもないよ」


 相手方も、来たのが俺では拍子抜けで断るに違いない。

 それに、俺も見ず知らずの相手と急に仲良くなれと言われても無理だし、お見合いだなんて古典的なイベントには興味がない。


 可能であれば、親父が帰ってきた時にでも断るつもりだし、楓や雫に迷惑をかけるつもりもない。

 

 俺の言葉を聞いて、少しだけ安堵したように息を零した雫は、楓の隣から俺の隣に場所を移す。

 肩一つ分だけ離れた距離で座る雫は、取り乱すことなく普段のように笑みを浮かべた。


「私が口を挟むことではありませんが……湊君はお相手に失礼なことを言ってはいけませんよ?」


「……分かってるよ」


 雫の微笑はよく知っている。

 その表情の時の心境を、自分の感情を殺して浮かべていることを。


 本当は言いたいことが山ほどあるのだろう。

 でも、身内ではないからこそ、余計な口出しをしたくない。


 それを分かっているからこそ出た言葉に、なんて返事を返せばいいのか俺には分からなかった。


「……昔はこの三人だけだったのに」


「……」


「最近は湊君が遠くに行ってしまうのではないかと心配になるときがあります」


 俯いて、俺の袖の端を指先で摘まみながら、雫は告げた。

 今にも生活音にかき消されてしまうほど小さな声で。


 俺がいて、雫がいて、楓がいた。

 昔は三人だけだった。


 そこに優斗が増えて、綺羅坂が増えて、会長が増えて、生徒会の人達が増えた。

 最近では白石も話すようになった。


 人よりも随分と遅すぎるスピードで、だが少しづつ身の回りに人が増えた。



「分かっているんです……あの日、湊君に好きだと言いながら、告白ではないと言って曖昧な状況を作ったのも私ですから」


 その言葉に、あの公園での一日が鮮明に脳裏に浮かぶ。

 結局、あれから何か変わったことはあっただろうか。


 白石という生徒と知り合ったことくらいだ。

 俺自身、何か変われたと確信を持って言えることはない。


「でも、ダメなんです……今ではダメなんです、私も綺羅坂さんも……今の湊君の心に響かせる言葉を持ち合わせていません」


 落ち込んで見えた雫が告げた言葉は、俺には分からない言葉だった。

 彼女達の言葉は十分に俺に響いている。


 痛感している、自分と彼女達との違いを。

 自分がどれほど歪んでいるのかを自覚させられる。


 口だけが達者で、そのくせ口にした言葉を実現できるほどの能力を持っていないと現実を突きつけられてきた。

 だからこそ、何かを変えないといけないと思うようになったのだ。


 そう、彼女に伝えようとした時、雫は静かに隣から立ち上がる。

 楓が座る方に向きを変えて、口を開いた。


「楓ちゃん、湊君をよろしくお願いします」


「はい、でも雫さんは?」


「少し……用事が出来ました」


 そう言って浮かべた笑みは、今度は作られた表情ではない本心からの表情だった。

 楓にそう告げると、もう一度だけ雫はこちらに振り返りそっと俺の手の上に自分の手のひらを重ねる。


 ほんの一瞬だけ、短い時間だけ重ねた手は離れると、雫は静かに真良家から去っていった。



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