#151
想像と現実での違いに驚いていた白石も、次第に冷静になり普段通りの表情へと変わる。
それを確認した上で声を掛けた。
「……落ち着いたか?」
「だ、大丈夫です」
両手を胸の前で小さく拳を作り答えた白石は、小さな声量でブツブツと何かを呟いていた。
おそらく、彼女なりのシミュレートをしているのだろう。
荻原優斗の素の姿を目の当たりにして、自分の予想していた会話の流れからでは少々問題が発生するとみて、咄嗟にそれを修正しているのだ。
本人が大丈夫と言っている以上、こちらからは何も言うことはなく俺達は席へと戻った。
優斗は席を離れたことに関しては、一切問うことはなく、本当に気づかいが出来ている奴だと痛感させらえた。
間違いなく俺なら聞いているな。
むしろ、俺に対してマイナスなイメージを持たれているのではないかと疑って、さりげなく遠回しに聞いているまである。
再度、三人が揃った状況になると今度は優斗から話を切り出した。
「湊の言ってる実行委員会でなら、俺だけでなく神崎さんや綺羅坂さんも否定的ではなかったから、可能性を考えても実行委員の方が高いと思うんだけど」
あくまで個人的見解。
だが、それを押し付けることはなく、個人の意見としては伝えるが判断は相手に委ねる。
優斗の説明を受けた白石は、その説明だけで引き下がるわけもない。
「実行委員の話は確かに魅力的ですが、私の考えを言わせていただけるのであれば、持ち合わせた能力を発揮できる場は期間限定の組織ではなく、生徒会であると考えています」
実行委員ではなく、生徒会での活動を望む白石は代案を否定的に考えていた。
これは仕方があるまい。
生徒会にあれほど並々ならぬ理想を語っていた彼女が、そう簡単に「わかりました」なんて言うとは思ってもいない。
だからこそ、この場に俺だけでなく優斗を連れてきている。
白石が本当に参加を望んでいる人物からの意見を聞けば、諦めるとは言わずとも納得はしてくれるかもしれない。
優斗は白石の言葉を否定することなく、数回頷いてから言った。
「俺はともかく、確かに神崎さんと綺羅坂さんは持て余すだけの能力と人望を持っているし、生徒会に加入することを誰も疑問も思わないだろう……でも、その先が俺は心配だ」
「その先?」
優斗の言葉の意味が分からぬ白石は、聞き直す形で問いかけた。
俺も優斗の言う先というのが何を刺しているのか、いまいち分かりかねる。
「その先、俺達が卒業したら生徒会の最前線で動くのは白石さん達になる……過去の業績からくる生徒達の過度な期待は君にとって負担にしかならないんじゃないかな?」
優斗が言う先とは、俺達のいない学園でのこと。
今の小泉が抱えていた柊茜の後を継ぐことへの不安と似ている。
それを白石が将来抱えかねないことを危惧しての発言だった。
確かに彼らを生徒会に加入させることは、白石が想像しているよりも遥かに良い成績を残せるかもしれない。
身近で彼らを見ていた俺だからこそ、断言が出来る。
しかし、来年になり俺達の学年が生徒会から身を引くことになった時、その穴を埋められるだけの人材を集めることが出来るだろうか。
または、白石自身がその穴を埋めるだけの働きが出来るのだろうか。
おそらくは無理だろう。
白石は優秀な生徒だ。
それは、疑う余地はない。
しかし、優斗や雫、綺羅坂以上に優秀であるかと問われれば、正直頷くことは出来ないだろう。
優秀と天才には天と地ほどの差がある。
柊茜と小泉の間に絶対的な差が存在しているように。
それを三人分もカバーするには、並大抵の努力では補えない。
優斗が心配しているのはそこなのだろう。
自分の事ではなく、周りのことを心配するあたりが彼らしい。
だが、俺が考えてもいない点を指摘するのは、やはり連れてきて正解だった。
白石は生徒会に加入させるための話をしに来ていたのもあってか、その後のビジョンを完成させられていないのか言葉を詰まらせる。
何か言わなければと、焦る様子が手に取るように伝わってきた。
「まあ……今は生徒会への勧誘と代案の話をしているからな……後のことは今は置いておこう」
気休めのフォローを入れると、優斗は頷き白石もホッと一息零す。
急にではなく時間を掛ければ白石なら何かしらの回答が見つかるだろう。
「話を戻すようになるが、白石の言った三人に話を聞いてみて、それで出たのが実行委員っていう提案なんだ」
「……神崎先輩と綺羅坂先輩が乗り気でないのはお会いした時に何となく分かりました……荻原先輩もそうですか?」
白石は静かに優斗に聞いた。
純粋な質問に優斗は本音で答えた。
「正直、生徒会の活動も楽しそうだと思う……けど、次の生徒会に湊がいないのなら俺も乗り気ではないかな」
なんだこいつ、俺のこと大好きなのかよ。
いや、困りますね人気者は…………すいません調子乗りました。
俺がいないからというのは、彼が心置きなく話す相手がいないからだろう。
そして、周りも持ち上げて話をしてしまうからだ。
人気者ゆえに、対等に見られないことを優斗は嫌っていた。
部活動にも、委員会やグループに属さないのもそれが理由だろう。
言ってしまえば、彼にとっても団体行動は苦手なのかもしれない。
俺とは違う、人気者だからこその悩み。
優斗の言葉を聞いて、白石はそれ以上聞くことはなかった。
ただ静かに「そうですか」と呟いて、その先は静かに視線をテーブルの上に落としている。
「生徒会選挙を辞退する必要もないし、実行委員についてもすぐに答えは聞かない……夏休みの間ゆっくり考えてくれ」
二人で彼女一人を力押しのように説得しても、後の後悔に繋がる可能性がある。
一度落ち着いた状況で、白石が一人で考える時間を設けたほうが良い。
俺と優斗は席を立ち、この場から退席しようとすると、白石が声を掛けた。
「真良先輩! ……夏休みの間、またお話できますか?」
その言葉に、本音を言えば面倒だと思ってしまった。
しかし、協力するといった以上、可能な範囲での手伝いはしなくてはならない。
「まあ……いつも家でゴロゴロしているからな……適当に連絡くれれば話し相手くらいにはなる」
素直にいいよ、なんて返せないあたり、自分の性格が捻くれていることを実感した。
白石にそう告げると、俺と優斗は店を後にした。
帰り道、特に会話らしい会話をしていなかったが、分かれ道が目の前に見えてきた辺りで優斗が話を始めた。
「白石さんはどっちを選ぶだろう」
「さあな……少なくとも今日の話だけで納得するほど生徒会への想いは軽くはなさそうだな」
そう優斗の問いに言葉を返すと、ニシシと笑って見せた。
「お前も大変な相手に目を付けられたな」
「……お前を相手にするほど大変な相手でもない」
俺の呆れるような溜息と、優斗の笑い声が静かな住宅街をこだまする。
夏休みは始まったばかり。
だが、始まったばかりでこの疲労感。
今回の夏休みは想像以上にハードな休みになりそうだった。
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