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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第十八話 花火と境界線

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#131



 喧騒の中、一人人混みから少し離れたベンチで流れゆく人の流れを眺める。

 日が完全に暮れ、屋台からのオレンジ色をしたライトの光が通り全体を明るく染める。


 駆ける人、立ち止まる人、仲良く手を繋ぎ歩く人、逆に何か不機嫌そうに歩く人。

 

 あの人混みの中では分からないものが、こうして少し離れた場所からなら簡単に気が付くものもある。


 だから、少し先の屋台の列に並んでいる雫と優斗、綺羅坂に楓も含めて、彼らがどのような関係性であるのかも自然と見えてくる。


 雫に話しかける優斗、それに応対しつつも周りの視線を気にしている雫。

 大胆不敵に、周りの視線や声など一切気にしてない綺羅坂の視線は、完全に屋台のお好み焼きに集中しているようだった。


 優斗も楽しそうに話してはいるが、後ろの楓が一人退屈していないか確認を怠らない。

 そして楓は、こちらに視線を向けて手を振ったり、綺羅坂に問われて質問に答えているのを何度か目にした。


 一体、俺は何を見て分析しているのだろうか。 

 これが一人を生きる男の定め……



 なんて、いかにもセリフが脳裏に浮かぶが、これが完全にクラスで一人の生活に慣れていることの弊害だろう。

 人間観察に長けていることは何よりの証拠だ。

 ボッチや嫌われている人、それに似たような境遇や立場の人間の得意分野は人間観察と相場で決まっている。


 

 けれど、分からないものがあるとすれば、それは自分のことだろう。

 自己分析と経験、勝手な解釈によって自分がどのような人間であり、現在の立ち位置がどのような状況であるかは判断することは可能だ。

 

 だが、それはあくまで自己分析の範疇であり、こうして客観的な立場からの見解とは程遠い。

 自分勝手に考えている分、質が悪い。


 雫と優斗の関係性が、綺羅坂と雫の不仲という関係を理解していないがらも、間を取り持つことをしない。

 それは、俺自身が間に入ったところで、何の役にも立たないと勝手に判断してしまっているからだろう。


 現状の距離感を図りかねているのだ。

 それなのにも関わらず、こうして祭りになど来ている時点で、自業自得としか言えない。


 意識せず漏れた溜息を押し流すように、ギシギシと古びた音を鳴らすベンチの上で、少し前に買っておいたラムネに手を付ける。


 懐かしい味が、爽快な炭酸と共に溜息を一緒に流し込んでくれた。



「こんなところで一人酒盛りか?」


 

 ふと、後ろから聞き慣れた声が耳に届く。

 こんな騒がしい中でも、この人の声はしっかりと聞き取れた。


 大して声も大きくないのに、聞き取ることが出来た。

 渋く、低く、そして野太い声と共に一つの袋が差し出される。


 熱の籠った袋の中には、焼き立ての串焼きが透明のパックに雑に並べられて入っていた。


 それを受け取ると、後ろの人物から問われた。


「お前は一緒に行かなくていいのか?」


「……俺の分は楓が買ってくれるからね」


「違う、そういう意味じゃねえよ」


 その声は普段よりも重く感じた。


 ……分かっている。

 どんな意味が込められた言葉なのかは、自分が一番分かっている。


 あの輪の中に参加しなくても良いのか、そう問われていたのは。


 でも、答えられるだけの言葉が、俺の中には浮かんでこない。

 代わりに出たのは、質問に質問を返す言葉だけだった。


「……おっちゃんこそ、店番はいいのかよ」


「嫁に任せてきたからな、あいつが湊達に渡して来いってうるさいからな」


 表情を見てもいないのに、今後ろの人がどんな表情なのか分かった気がした。

 きっと、不機嫌そうにしているに違いない。


 あとで、おっちゃんの奥さんにも礼を言っておこう。

 この人が来たってことは、俺達の姿をどこかで見かけたのだろう。


 この先は特に人が増える時間帯だ。

 たぶん、祭りが終わるまでは悠長に話す余裕は無くなる。


 事前に店に伺うとは言っていなかったので、渡しに来てくれたに違いない。 

 

 ドスンと盛大に音を立てて座り込んだおっちゃんは、少し先でこちらを見ていた雫達に向けて微笑んで手を振る。


 怖い、おじさんの微笑む姿が怖い!

 小さい子供なら完全に泣くレベルで怖い!


 だが、それも見慣れたものだ。

 俺とこの人は祖父と孫くらいに年齢が離れている。


 そのせいか、恥ずかしがることもなく素直に心境を語ることが出来た。

 自分の中でもまとまっていない言葉を、相手に伝わらないと分かっていながらも、それでも紡ぐ。



「どんな顔をしてあの輪の中に入ればいいのか……俺には分からない」


 眩しくて、輝いている。

 彼らの姿は、俺には眩しすぎてしまう。


 同じ場所で、同じ会話をしていても、どこか境界線を挟んでいるかのような温度差がそこには存在している。


 酷く冷静な自分が、あの輪の中に踏み込むことを許さない。


 そんな俺の頭を大きな手で掴むと、ワシワシと髪の毛が乱れることなど気にしない手つきで撫でられる。

 

「お前は昔から考えすぎなんだよ!いいから行ってこい!」


「痛い……」


 頭から背中に移った手で、勢いよく背を押される。

 振り返るとおっちゃんはいつものどこか怒っているような顔で見送っていた。


「俺みたいな老人から言わせれば贅沢な悩みだ!分からないなら分かるまでとことん付き合ってみろ、あいつらはそれを許しているから近くにいてくれるんだろ?」


「……なんか、このあと二度と登場しないキャラの―――」


「さっさと行け!」


 きっと、自分でも柄にもないことを言ったと思っているのだろう。

 顔を逸らして、こちらを見ようとしない。


 今日はもう目を合わせることは無いだろう。

 俺も、この人も恥ずかしいから合わせられないと思う。


「んじゃ……差し入れありがと」


 袋を掲げ、一言礼を述べるとその場から皆が並ぶ列に向け歩き出す。

 今日のお礼は後日、酒に合うつまみでも持参して買い物に行くとしよう。


 だから、後ろでしてやったりとニヤついているこのおじさんには、差し入れの礼は言えども、そのほかに関しては絶対に礼など言わないと決めた。


 


 

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