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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第十七話 兄と妹

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#124


 もう寝たふりとかしている必要もないのかと思い始め、体を起こしてみたが誰も反応をすることはなかった。

 それも当然、誰も寝ているとは思っていないかった。


 というか、確かに食べてすぐ寝転がって即寝とか、出来たらむしろ才能を感じてしまう。



 楓の大々的なお兄ちゃん大好き発言で皆が笑みを浮かべている中、会長だけは違って見えた。

 しかし、ただ俺の勘違いと言われれば返す言葉もない。


 会長は問うてもそう返事を返すだろう。

 なら、何を言っても仕方があるまい。



 俺は会話に参加することは無いが、ただ少し離れた場所から話の行く末を見守るように耳を傾ける。


 レジャーシートの上には先ほどと同様に今日集まった面々が座っているのだが、優斗だけがその輪を外れて俺の隣に腰を下ろす。


「……話に参加しなくていいのか」


「お前達兄妹が仲良しなのはよく知っているからな、それに女子会的な流れになってたからちょっとな」


 確かに、会話の流れは完全にクラスの女子がよく話をしている雰囲気ではある。

 男子が混ざることを許さない内容、空気を発している。


 だが、小泉だけがその中に留まっている。

 コミュ力の塊のような優斗ですら、居心地が悪いと離れた場所に留まり続けるとか、一周回って尊敬すら感じる。


 結論、小泉は女子力が高い。


 

 まあ、女子力云々は置いておくとして、あの空気の中で男子一人残れるのは話に合わせる、相手を不快にさせることなく話に入り込むのが得意なのだろう。

 他者との会話が得意と言ってもいい。



 生徒会の役員達は揃って兄妹の仲が良いことを羨ましがっていた。

 周りの家庭事情を聞いたことがないから、むしろ個人的な話を自らしたことがないのだが、自分の兄妹以外の状況はあまり知らない。


 三浦や火野君の家族構成も当然だが聞いたことはない。

 でも、言えることは俺達はとても仲の良い兄妹に部類されることだ。


 

 学校も違い、学年も違うこともあり楓とは初対面の役員たちには知らない情報ばかりだろうが、雫や綺羅坂に関しては別段驚いた様子はない。

 当然だ、雫は言うまでもなく綺羅坂ですらこの学園だけでなら三番目に楓と会っている。


 楓のブラコン発言にもサラリと流して聞いていると、会長はそんな二人を疑問に思ったのか視線を楓から二人に向けて言った。


「おや、君たちは楓ちゃんが真良のことを溺愛していることに関しては問題は無いのかね?」


「何の問題ですかそれは……」


 つい、口を挟むまいとしていたのに声に出てしまった

 あれですか、世間的に兄妹で仲が良すぎると、怪しむ人がいるからですかね。


 安心してもらいたい、お兄さんはその辺りに関しては人一倍気にしているので。

 人がいる通りでは必要以上に近づないし、楓の友人と出くわした際にも必ず数歩引いたところで適当に時間を潰しているので。


 優秀な妹を持つと兄としては危機回避能力が長ける傾向でもあるのだろうか。

 卒業論文を提出する機会があれば、それについて出すまである。


 会長からの問いに雫と綺羅坂は互いの顔を見合わせる。

 当たり前の質問を投げかけられた時のように、ポカンとした表情で互いの顔を確認してから、同時に答えた。



「湊君の場合は楓ちゃんもセットだと考えていたので」

「真良君は楓ちゃんがセットなのよ」


「おいおい……どこのハッピーセットだそれは」


 まさか俺がおまけのおもちゃなのだろうか。

 いや、完全にそうですね。


 頼んだ時は欲しいと思っていたはずなのに、手元にきたときのいらなさ具合といえば半端じゃない。

 そのまま置いて帰りたいくらい必要のないものだったと後悔してしまうぞ。


 

 二人は会長にそう告げると、後ろにいた楓は表情を輝かせて二人へと抱き着くように飛びついた。

 心底嬉しそうに、まるで姉妹であるかのように。


 きっと、俺がカメラを持っていたらこの光景を写真に収めていただろう。

 それほどに、日常の光景でも切り取りたいと思うほど微笑ましい光景だった。


 事実、周りの全員が微笑んでいた。

 雫は楓同様に満面に笑みで抱き止め、綺羅坂は僅かに微笑を浮かべ楓の頭を撫でていた。


「まるで三姉妹みたいだな」


「……そうだな」


 優斗が言った。

 傍から見れば三姉妹に見えるだろう。

 

 間違っても俺と楓が兄妹とは思わないはずだ。


 けど、今に始まった話ではない。

 昔から何百回と言われてきた言葉だ。


 だから、今回も適当に返事を返して一人立ち上がった。

 こんな暑い場所に一日中いたら体中が日焼けだらけになってしまう。

 それに、早く帰ってソファでゴロゴロとしたいものだ。


 だから、休憩もこの辺りで終わらせて作業に戻るとしよう。


「ほら、優斗も行くぞ」


「はいよ、それじゃ終わらせますか」


 優斗も立て掛けていたブラシを手に持ち後に続いた。

 彼女達は……もう少しあのままでいいだろう。


 楽しそうに、そして楓も嬉しそうしている所を、隣から急に現実に戻るような言葉を投げかけるほど野暮ではない。

 俺と優斗はこうして作業を再開するのだった。






 結論として、今回のプール清掃で得たものと言えば、体への尋常ではない疲労感と、俺達真良兄妹の仲の良さを生徒会に披露したことくらいだ。

 加えて、俺が楓のハッピーセットだったことか。


 帰り道、夕飯の買い物をしようと楓と歩いている最中の事だった。

 今日のプール清掃が楽しかったのか、楓はいつになく上機嫌で鼻歌交じりに歩いていた。


 不意に振り返り隣まで来ると、だらんとしていた俺の右手に腕に抱き着く。


「今日は楽しかったですね」


「どこがだ……疲れただけだ」


 無賃労働なんて二度とやりたくないものだ。

 内心、皮肉めいたことを言っていると、楓は嬉しそうに呟いた。


「私と兄さんはセットだそうですよ?」


「ああ、あれか……」


 完全に俺があの二人のどちらかに貰われる流れなのは気のせいだろうか。

 考えても仕方がないことだが、こうして思い返してみると疑問に思えてしまう。


 けれど、楓は本当に嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 あの時も、今もそうだ。


 そして、隣にいた俺意外には聞こえない程度の声量で告げた。


「だから兄さんと私はずっと一緒ですね」


「……」


 上目で楓はそう告げた。

 瞳からは冗談などみじんも感じさせない。


 本音からの言葉だというのは確かめる必要もない。

 きっと、楓はありのままの言葉を伝えてきていたのだ。


 

 だが、これだけは確かなことがある。

 楓は兄として俺を慕ってくれているのだ。


 もし、そうもしもの話だが、これが兄妹ではない時、例えば雫と同じように幼馴染の関係性だったら、きっと楓はこんなにも俺に親しくしてくれなかっただろう。


 逆もまた然りで、妹でなければ俺もここまで平然と会話をすること自体出来なかったかもしれない。

 つまり、兄妹という関係性だからこそ成立している関係性なのだ。


 そして、似てしまっているのだ。

 人を好きになる感情が理解できない俺と。


 楓は兄である俺以外、男性を好きになったことがないと言っていた。

 きっと、本人が彼氏というものに興味がないのと女子高校という男子のいない環境も関係しているだろう。


 だから、一層のこと兄に対する愛情が深くなっているのだ。

 

 しかし、そこにあるのは家族愛であり、異性として好きではないのだ。

 俺がそうだから、俺もそうだったから。


 ごく最近、恋愛について考えさせる出来事が起きらからこそ言える言葉ではあるのだが。

 雫のおかげであり、優斗のおかげであり、綺羅坂のおかげでもある。


 結局、俺もまだ自分の回答を見つけられてはいない。

 

 だからこそ願ってしまう。


 妹が心から好きになる男性が現れることを。

 今俺の抱いている感情が、家族に対してのものであり、”本当”の意味は違うのだと。

 

 俺もまだ知らない「他者を好きになる」という感情を知ることを。 



 俺がそんなこと言える立場でないのは、誰よりも俺が自覚している。

 自分の問題を解決できていない人間が言った所で、何も説得力はない。

 

 それに、これは仮定の話だ。

 そんな状況が訪れても、何も変わらないかもしれない。


 だから、まずは妹に世話してもらうばかりの所から変えていこう。

 もし、将来に楓が好きな人を紹介する時が訪れたとき、自慢の兄ですと紹介できるように。

 


 だが、まだそれは先の話だ。

 楓が兄として慕ってくれている限り、俺も兄として妹を甘やかそう。


 これが正しい選択なのか、答えは誰も教えてくれない。

 今分かっているのは、目の前の笑みを絶やしてはいけないということだけだ。




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