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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第十七話 兄と妹

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#118


 放課後、プール清掃の人数集めをするために雫、綺羅坂、ついでに優斗にも声を掛けてある場所に向かっていた。

 桜ノ丘学園の反対側に位置する市内でもう一つの高校。


 楓の通う女子高に向かっていた。

 当然、まだ三人には清掃の手伝いの話をしてはいない。


 楓にも話さないとならない話を二度も話すことが面倒というのあるが、ややこしい話になる前に先に人を集めてしまったほうがいいだろう。


 何も具体的な理由も話すことなく、従ってついてきてくれている三人は、普段は来ない場所だけに物珍しそうに建物を見上げていた。


「楓ちゃんの通う女子校はもう少し先でしたよね?」


「……ああ、この先の坂を上ったところだな」


 桜ノ丘学園の手前にも上り坂はあるが、楓の通う高校はそれ以上に急な上り坂がある。

 いわゆる心臓破りの坂、遅刻間際ではこの坂を駆け上ると考えだけで憂鬱な気持ちになりそうだ。


 綺羅坂と優斗はこの坂を見た瞬間、嫌な表情を見せたが流石に雫は見慣れたといった感じだ。

 何度か彼女も楓の迎えには同行しているから、驚くことはないだろう。




 ゆっくりと、それでも確かな歩みで坂を上り終えると、眼前には白を基調といた綺麗な建物がそびえ立っていた。

 校舎に東洋風、西洋風なんてあるのかどうかは分からないが、白くお城に似せたような建物は場違い感を醸し出している。

 これが楓の通う女子高の校舎だ。


 お嬢様学校ではないが、それなりに裕福な家庭の子供たちが通う女子高校は、迎えの車も多く停車していた。

 俺達は道路の反対側に佇み、楓が出てくるのを待つ。


 女子生徒しかいない中から、妹を見つける作業は最初こそ見落としがちだったが、今は遠目からでも分かるようになった。


 というか、楓自身が俺の姿を視認した瞬間、加速装置でも付いているのか、急加速して目の前にまで走ってくる。

 分かりやすすぎて、慣れも必要なかったかもしれない。


 今日も、校門の近くを歩いていた楓は、体を雷にでも打たれたかのように、体をビクッと硬直させると周りを見渡して視線を俺達の立つ道路の反対側に向ける。

 そして、表情を輝かせると軽い足取りで目の前にまでやってきた。


「兄さん!今日もお迎えに来てくれてありがとうございます!」


「気にするな……今日は楓に話もあったことだしな」


「お話ですか……?」


 小首を傾げて楓は問いかけた。

 うん、とても可愛らしい仕草だとお兄さんは思うよ。


「まあ、ここで話すのも騒がしい、場所を移そう」


 確か近くに喫茶店があったはずだ。

 そこなら学生も多くは立ち寄らないし、うちの高校からも遠いので問題は無いはずだ。


 楓を加えた五人で足早に喫茶店まで移動することにした。




 店内は三時過ぎで比較的に空いている時間帯だった。

 店内に入るとすぐに席に案内されて、お冷が全員に行き渡るのを確認してから話を始める。


「今週末なんだが……時間があればプール清掃の手伝いをしてらえると助かる」


「いいですよ」

「別に構わないぜ」

「嫌よ」

「私もお手伝いします!」


「…………」


 さて、上から誰が言ったのか分かっただろうか。

 俺は聖徳太子ではない。


 一度に、それも完全に同じタイミングで返事を返されても誰が何を言ったのか、正しく聞き取れている自信は無い。

 だが、何故だろうか……一人だけは完全に聞き取れた。


 一言一句、おそらく聞き漏らすことなく。


 それも、誰が言ったのか完全に理解できている気がする。

 視線を彼女にだけ向けると、予想通り綺羅坂は興味なさそうな顔でこちらを見ていた。


「嫌よ、屋外のプールでしょ?汚いもの」


「まだ何も言ってないだろ……」


 俺が嫌な理由を聞くことを前提とした回答が綺羅坂から告げられる。

 しかし、理由が一つでそれも俺も同様の感想を会長から告げられた時に思ってしまったから何も言えない。


 プール掃除とか……確かに嫌だよな。

 緑色に汚れている水の中に入ると考えるだけで、鳥肌が出てしまう。


 もっともな答えで彼女を抜いた三人に頼むかと考えていると、楓が会話に参加した。


「綺羅坂さんも来ていただければ、私も嬉しいのですが」


「……でも、私は清掃作業とかは苦手なの」


 ああ、自分でやらなさそうだものね。

 家では家政婦さんとかが掃除していそうだし。


 しかし、楓は引き下がらない。


「もしかしたら早めのプール開きがあるかもしれませんよ」


「別に泳がなくても……」


「新作の水着を買ってくればいいお披露目になるのでは?」


「……」


 揺らいでいる。

 完全に綺羅坂は楓の言葉で揺らいでいる。


 さらに言ってしまえば、その後ろの雫も納得と言った様子で何度も頷いていた。


 一瞬、楓に目を向けると楓もこちらを見ていた。

 目配せで私が説得するとでも言いたげだ。


 お姉さま方の説得は妹の方が得意分野なのだろうか。

 日頃から年上のお姉さまばかりだから、妹スキル全開で説得するのは効果的になるとか……?


 完全に空気と化した俺と優斗は二人並んで様子を見守ることに徹した。

 徹することしかできなかった。


「お弁当とかも作ってきて……」


「周りには生徒会と私たち以外誰もいないです……」


 一言一言、徐々に綺羅坂の心理を逆手にとって説得をする楓。

 そして、人が少ない状況という言葉で完全に落ちたのか、一つ頷いた。


「分かったわ……手伝いましょう」


「ありがとうございます!」


 振り返った楓の笑みは、それは輝かしい物だった。

 それと同時に、この子は内心では想像以上に考えて行動しているのだというのが、よく理解できた瞬間だった。


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