#113
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おそらく、次が最後の場所となるだろう。
すでに時刻は正午を過ぎ、一日の折り返しの時間となった。
途中、昔ながらの定食屋へ入り食事をした。
少し離れたとしても若者向けの店に行くことも考えたのだが、綺羅坂はこの手の店を入ったことがないと言い二人して生姜焼き定食を食べた。
から揚げ定食と僅差で勝利した生姜焼きは格別美味しく感じたのは気のせいだろうか。
隣に腰掛けた綺羅坂は、出て来るもの全部が未知といった感じで、傍から見ている分には飽きることはなかった。
楓との約束もあり、時間も制限がある。
綺羅坂も遅くまで遊ぶ性格でもないだろうから、特に問題は無い。
お互いが確認をしているわけでは無いが、なんとなく次が最後なのだとどこかで察していた。
綺羅坂の進む先には、楓と毎日と言ってもいいほど頻繁に利用している商店街へ向けられていた。
確かに真良湊が人生で自宅の次に足繁く通った場所が商店街だ。
友人と遊んだ記憶ではなく、楓や雫の荷物持ちばかりの記憶だが、悪い記憶ではない。
今日もどこかでここへ来るとは察していたが、最後になるとは。
何も言わずに彼女の後ろをついて歩いていると、綺羅坂は振り返り問いかけてきた。
「真良君たち兄妹はいつ頃からあの商店街に通っているのかしら?」
「いつだったかな……初めて両親に頼まれて買い物に行ったのも商店街だったからな」
「はじめてのおつかいね。私も経験があるわ……生八つ橋が食べたくて京都に行ったのが最初ね」
「なんで初めての買い物が京都なんだよ……距離を考えろ距離を」
初めてのレベルじゃないだろうそれは……
この町から京都まで、一体何百キロ離れていると思っているんだか。
もはや、修学旅行のレベルだ。
中学の修学旅行が確か京都だったか……当時は神社仏閣なんて興味ないとか思っていたが、後になってみれば興味も湧いてくるものだ。
時間と金銭面で余裕があれば、紅葉の時期なんて一度は行くのも悪くない。
そんな会話をしているうちに、商店街の入り口に差し掛かった。
年季の入った如何にも昔ながらのアーチ状の入り口を通り過ぎると、そこには平日より多くの買い物客が歩いていた。
中には、よく見かける主婦の姿もある。
会話に花を咲かせているのか、声の音量が大きくなり若干周りから冷めた視線で見られているので分かりやすい。
綺羅坂は数度目の商店街の為か、まだ周りの店を見回すしぐさを見せた。
俺が言うのもなんだが、大した店はない。
食料品を扱う店ばかりなので、若者の姿も少ないし休日にこの通りを使う人は常連客が多い。
学生などは隣町に出て遊んでいるだろうし、今の若者はそもそもインドア派が多い。
今頃、自室でオンラインゲームにでも没頭している人も少なくないはずだ。
むしろ、ゲームをほとんどやらない俺のような人間の方が珍しい可能性もある。
インドアで文庫本ばかり読んでいる俺はインテリジェンスな学生だ。
なんだこのカタカナの並びは。
頭良く見せているようで、逆にダサいまである。
「昔ながらの風景って落ち着くわよね」
彼女にしては珍しく、率直な感想を口にした。
確かに、昔ながらの風景はどこか馴染み深く落ち着きがある。
最新の建築物よりも、木造建築の方が落ち着いて見えるのと似ているかもしれない。
けれど、昔ながらの姿が永遠と続くものではない。
彼女の視線の先には、既にシャッターの閉められた店がある。
それも一つではない。
俺が小さい頃は営業していたはずの店も、今ではその数も減りつつある。
確かに他の場所と比べれば、変わらない方だが、それでも昔と全くの同じではない。
「……」
最近は意識しないようにしていたが、店も少なくなったし、街並みを歩く人も変わった。
変わらないものがあるとすれば、魚屋の親父さんの声のデカさと見てくれの悪さくらいだ。
街並みも人も、変化することは自然なことだ。
しかし、変化することが必ずしも良いことばかりと言われれば、簡単には頷くことは出来ない。
分かっているのだ……時代や町に住む人たちに適応するために、建物や街並みも変化していかなければダメなことは。
だが、分かっていながらも納得できない人も多くいるのだ。
なら、建物や街並みと同様に、人も周りの環境に適応するために変化をしなければいけないのだろか。
模範解答で言えば、YESだろう。
現に、都会から離れていてもこうして少しづつ変わっているのだから。
けれど、俺にとっての答えを問われると、分からない。
俺には答えを出すことが難しい。
変化することを否定も出来ず、変化しないことを肯定も出来ない。
答えを出してしまえば、片方を否定してしまうことになる。
人は良くも悪くも、変化することに意味を付けたがる。
間違えたとしても「若気の至り」と都合の良い解釈で片付けられてしまう。
なら、変化の無い停滞とは、退化と同義なのではないだろか。
なぜ、変わらないことを人は誤った選択と考えてしまうのだろうか。
いいじゃないか、変わらないとか風情があっていいとか、最近一眼レフ持っている学生たちがよく口にしている言葉だ。
自分が周りの変化に適応出来ていないと自覚している分、マイナスな思考は止まらない。
人間、良くも悪くも極端な考えにはよく頭が回るものだ。
自問自答を繰り返して商店街を歩く中、街並みを見てふと思った。
自分はこの商店街のように、どこか変わったのだろうか。
心境や自分を取り巻く環境に変化があったか見つめ直してみるが、これといった大きな変化はない。
俺自身ではなく、周りの人は多くの心情の変化があったが、俺自身には自覚している限りでは変化が無いと断言できる。
変わらないことは、成長がないということ。
つまり、自分は成長していないと自然と導き出しているのではないか?
「それは違うわ」
なんてことを、綺羅坂にも投げかけてみたら、即答でそう返された。
ハッキリと綺羅坂は否定の言葉を言い放つ。
意見の食い違い、よくある考え方の違いなだけなのに彼女の言葉からは強い意志が感じられた。
「変わることは誰にでも出来るけれど、変わらないことは誰にだって出来るものではないわ……変わらないというのは言葉以上に難しいものなのよ」
「……何か経験論とかあるのか?」
経験に元ずく発言なのか、彼女の言葉には確信に似た力強さがある。
しかし、彼女がここまで自信を持って断言するからには理由はあるのだろう。
俺の問いに彼女は頷いて見せた。
「さっきも話した通り、人の感情は簡単に変化するわ。それを切っ掛けに人は簡単に変わってしまうものなのよ……好みや考え方から生活の習慣まで変わると言っても大げさな表現ではないわ」
つまり、そう口にして綺羅坂は一旦言葉を区切ると、どこか誇らしげに持論を述べた。
「変わらないというのは確固たる自身持っている……周りに簡単に流されない人のことだと私は考えるわ」
変わらないと言うことは想像以上に難しいことである。
周りに合わせるように人はどんな色にも変わる。
白色の人と一緒にいれば白く、黒色の人といれば自然と黒くなっていく。
俺の語弊力で彼女の言葉を簡単に例えるとこんな言葉になるのだろうか。
性格も、体格も、環境に適応するために無意識に変わってしまう。
その結果が、良い結果を必ず生むとは限らない。
少なくとも、綺羅坂にとっては俺が変わらないことを良いことだと思っている。
簡単に変わってしまう人ばかりのこの世の中で、何も変わらずいてくれると言うのはある意味で貴重で難しいことだと。
「だから……だから私はあなたがいいのよ、自分を変えず貫いているからあなたがいいの」
綺羅坂は言って微笑んだ。
純粋な瞳を思わず自分の視線を逸らしてしまった。
自分への評価など、人によって大きく変わるものだ。
だから、誰の意見が正しいなどは無い。
だが、彼女の視線からは無意識に目をそらしてしまった。
否定したくなってしまった。
「そんなんじゃない……変わらなかったんじゃなくて、変わる必要がなかっただけだ」
自分を貫いてきたのでも、変わらない努力をしたわけでもない。
そんな大層なものではない。
変わる必要性を感じなかったから、友人を作る努力もしなかったし、勉強もほどほどで済ませてきた。
特別、周りより得意なこともなく平凡そのものだから、その人生に流されるように生きてきた。
努力して、周りと自分との差を……劣等感を感じたくなかったのだろうか?
だとしても、彼女の他意のなく純粋な瞳は、俺には眩しすぎだった。
「人はどこかで変わらないといけない……いや、妥協しないといけない」
将来の選択を、人間関係の選択をしなければならない。
この先、誰と付き合うかによって相手に嫌われないように機嫌を取り、将来の夢とは違うが、それでも妥協して職業を選んで生きていく。
俺としては、その一つ目の選択が迫っているのだと感じていた。
だから、何かを選ばないといけないのだと。
しかし、それでもなお彼女は否定した。
俺の言葉をハッキリと否定した。
次話でデート編が最後となります。
楽しんでいただけるように頑張ります。




