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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第十二話 準備と違和感

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#96

8月7日、加筆修正をしました!


 雫が去った後も、ポツンと一人で寂しく駅前で佇んでいるだけで班員は一向に来る気配がない。

 そろそろ、時間的にも、俺の精神的にも限界のところで俺のスマホが振動を始めた。


 なんと珍しい、電話のお時間である。


 画面に表示されているのは見知らぬ番号。

 このタイミング的には、班員のどちらかが遅刻の電話をしてきたのだろう。


 ……俺の電話番号は教えてないはずなのだが。


 疑問に思いつつ、その電話に出る。

 すると、聞こえてきたのは既に聞き慣れてはいるが、意外な人物だった。




「おお、真良か。担任の渡辺だ」


「おはようございます……なんで俺の番号知ってるんですか」


 担任から普通に電話がかかってくるとか困るのだが。

 電話なのに背筋が少し伸びた。


 家の電話番号ならともかく、携帯の電話番号まで知られているとなるとプライバシーの欠片もない。

 俺の問いに渡辺先生は、当然のように答えた。


「生徒の名簿に書かれている番号から調べてな、それよりも今日の実習の件なんだが……」


 少しだけ、躊躇ったかのように聞こえるその声に、なんとなくだが電話の内容が分かった気がした。

 集合時間が過ぎているのに、ここへ俺だけしか着ていない時点でなんとなく察してはいた。



「今日の実習だが……野村と野田は体調不良で欠席になった」


「どっちが野田どっちが野村ですか……?」


 なんで揃って苗字に”野”がついているんだ。

 似ているから、どっちが野田でどっち野村か分からないだろうが。

 


 担任曰く、野村が女子生徒で野田が男子生徒とのことだった。

 今日の朝がた電話があり、昨日までは平気だったのだが朝起きたら熱が出ていたと。


 見え透いた嘘だが、これを了承して企業側には先ほど連絡をしたらしい。

 まさかのドタキャン。


 これで企業側の学生への印象が悪くなったのは間違いないだろう。 

 ただ、俺から言わせれば、班行動がなくなったのは都合の良い話だ。


 担任からの電話を切ると、そのまま駅から既に建物の頂上が見えているホテルに足を運ぶ。


 足取りが、僅かに軽くなったのは気のせいではないはずだ。

 ホテル側には申し訳ないが、苦言は後で学校側にでも電話を入れてくれ。






 少しだけ、約三時間ほど話を進めよう。

 担任の電話から、現在に至るまでにこれまでの過程を説明することが面倒になったなどの理由から省略したわけではない。


 ただ普通に、実習先のホテルへ到着してから挨拶をしてホテルマンとしての一日を過ごした。

 それも、面白みの感じないほど黙々と、部屋の掃除からフロントでの業務まで。


 意外性を求めるとすれば、想像の範疇だった業務に加えて、売店の仕事までも体験したことだろうか。

 売店は仕事は完全にアルバイトと違いを見出すことはできなかったが、これも経験ということにしておくことにしよう。


 黙々と言われた仕事をこなして、淡々とメモを取り及第点を取ることだけを目標に働いた。


 給料が発生するわけでもなく、働くことに関してのやりがいなど出てくるわけでもない。

 労働に見合ったリターンがあるからこそ、バイトや仕事はやりがいがあるのだ。


 だから、今この瞬間に仕事というものに何も感じないのは問題ではない。


 一時間の休憩を間に挟み、次なる仕事を求め廊下を歩いているときの事だった。

 後ろから一人の男性に話しかけられた。


「すまない、少しよろしいか?」


「はい?……どうしました?」


 振り返った先、廊下の少し後ろには一人の男性が佇んでいた。

 スーツ姿の似合う、渋い男性だ。


「君は見かけない顔だな……研修生かな?」


「……いえ、一日限りで職業体験に来てまして」


 年齢は、およそだが四十代前半くらいだろうか。

 やけに真面目そうな、一見堅苦しい印象の人だった。


 普段から、ホテルを利用しているかのような発言に、朝礼で言われた言葉で返す。

 こう言っておけば、大体の問題も回避することができる。


「そうか、では君が聞いていた桜ノ丘学園の生徒か」


「……そうですが、どちら様ですか?」


 違う……

 この人は、常連客ではない。


 間違いなく、このホテルの関係者だ。


 だが、スーツ姿の人なら、挨拶に際に見ているはずだし、ある意味で堅苦しいという点で印象が強そうな人を見逃すはずがない。

 だから、自然と言葉が出ていた。


 実習だが、職業体験だが学校の制服ではなく会社の制服に身を包んだからには、相手にはそれなりの対応をしなければならない。

 なるべく粗相のないように、表情を作る。


「話では今日は一人だけだから、君が真良君ということか」


 こちらの質問には答えず、男性は言った。

 無意識のうちに、眉間にしわが寄っていることに気が付いた。


 自分の質問に答えてくれなかったこともあるが、それ以上に名前を知っていることに警戒心を強める。

 今までの短い会話の中に、質問への答えがあるのではないかと、自分自身に問いていた。


「少し話がしたい、時間をもらえるかな?」


「構いませんが……従業員の方に話してきてからでもよろしいですか?」


「いや、その点は心配しなくても構わない。私の方から話しておくので、こちらへ来てもらいたい」


 既にホテルの構造は把握しているかのように、俺の少し先を歩く男性の背を追う形でホテルの廊下を進む。

 

 その背中に、歩き方やちょっとした雰囲気が誰かに似ている。

 けれど、その似ている人が誰なのか、それだけは分からないまま一定の距離を保ちながら付いていくことにした。

 


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