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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第十二話 準備と違和感

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#95


 

 前日で何を思うかと言えば、素直に一言……面倒だ。

 興奮も期待感も何も、微塵も感じることはない。


 意味のないことだと分かっていても、実習の意味なんてものを考えてしまう。 


 それは教員側が考えることであり、生徒が深く考えるものではない。

 

 考えたとしても、頭に浮かぶのはバイトや就職をする人にとっては、履歴書に書けるといった程度だろうか。

 それでも、たった一日のそれも体験授業で得た経験を、企業側が重視するとは思えない。


 回りくどくなってしまったが、何が言いたいかというと、行きたくない。

 ベッドで寝転がり、時計の針を見つめ刻一刻と近づく明日の実習を憂鬱な気持ちで待つ。


「……体調でも悪くならないものか……」


 無駄に健康面に関して、体が丈夫にできている自分が恨めしい。

 丈夫に生んでくれた母親に感謝せねば……

 





 

 実習当日、天気は紛れもない快晴。


 曇天を期待した空には、雲一つない。

 これは絶好の実習日和と言っても過言ではないだろう。


 加えて、体もすこぶる健康そのもの。


 痛いところも、調子が悪い所も一つもない。

 普段よりも少しだけ遅く起きると、事前に済ませていた荷物を持ち家を出る。


「では兄さん、頑張ってきてくださいね」


「頑張りたくない……」


「ファイトです!」


 わざわざ見送りのために、登校時間ギリギリまで家に残っていた楓に見送れられ、駅へと向かい歩き始めた。

 

 胸の前で組んだ両手が、とても可愛らしいと思います。

 こんな妹に頑張れと言われれば、なんだか頑張れるかもしれない。


 ……うん、無理だった。

 


 途中、信号が変わるのを待つ間に今日の日程について確認をする。

 開始時刻は午前十時、終了時刻が午後十七時。


 七時間の拘束となるが、間に休憩が一時間設けられている。

 ホテル内のレストランで、特別に昼食を用意してくれているため弁当は持参していない。


 終了したら、現地からそのまま帰宅になる。

 実習場所であるホテルは最寄り駅近くにあることから、あれこれ時間がかかったとしても十八時過ぎには帰れるだろう。


 本当に学生が邪魔をして良いのだろうかとも思ったが、企業側からすれば案外良い案件らしい。

 地域へのアピールにあるのだと、担当の従業員が言っていた。


 今回、参加させてもらう企業のホテルには、事前にアポイントを取ってある。

 学校からの連絡ではなく、参加する生徒の代表が電話をすると言う決まりらしく、仕方なく俺が班を代表して俺が電話をかけた。


 というか、本当に俺が班長になるとは……こいつら適当すぎやしないか。


 先方も、話を従業員たちの間で周知していたようで、電話をしたらすぐに担当に変わり(代わり)すんなりと事前の準備が完了してしまった。 


 かくにも無事、こうして当日を迎えているわけだが、集合場所の駅前の売店の前には班員の姿はない。


 集合時間の五分前なのに、俺が最初とはこの先が思いやられる。


 大して時間を潰す娯楽要素がない最寄り駅で、どうしたものかと溜息を零していると、少し先から数人の学生らしき姿が見えた。

 一人を中心に、こちらに向かう生徒の中心には雫の姿がある。


「湊君!おはようございます!」


「……人違いでは?」


 何も遠慮することなく、人目をはばからず声をかけてきた雫に無意識の反射行動で目を逸らす。

 習慣とは恐ろしいものだ。


 何も考えずとも、オートで人見知りスキルを発動できる。


 ちなみに、雫の後ろで立つクラスメイト達は「誰こいつ」って目で見てきていた。


 いや、同じクラスだからね。

 言ってしまえば、君達の中には俺の前の席の人もいるからね。


 なんで、そいつまで知らん顔しているんだ。

 

 冷ややかな視線を後ろの学生に向けていると、雫が問いかけてきた。


「湊君も駅前で集合だったんですね」


「ああ……俺以外は誰も来てないけどな」


 振り返り背後に誰もいないことを確認しつつ返した。

 雫の後ろには無数の生徒がおり、俺の後ろには一人の生徒もいない。


 人望の差だろうか、人間的差だろうか……


 できるならば前者であってもらいたい。

 人間的差と言われれば、なんだかそこで試合が終わりそうな気がしてきたからだ。




「……綺羅坂はどうした?」


 雫の後ろにいる班員を見て、一つ疑問が沸いた。

 同じ班である綺羅坂の姿が見えないのだ。


 存在自体がフリーダムな彼女だから、別段驚きはしないが念のため確認をしておく。


 最初は、少し離れたところで付いてきているのかとも考えたが、周りを見ても姿は見つけることはできない。

 俺の問いに、雫は苦笑しながら答えた。


「綺羅坂さんは現地集合です……こういう班行動が嫌いな人ですからね」


「なにそれ……そんな自由行動も有りなのかよ」


 羨ましい。

 俺もそうしておけばよかったと思ってしまったではないか。


 しかし、彼女らしいとも思いながらも、労いの意味を含めた視線を雫に向けた。

 彼女は、俺の視線の意味が何を意味しているのか瞬時に理解した上で笑みを浮かべる。


「では、湊君も頑張ってください!私も終了したら湊君の家に行きますので」


「うん……来なくていいよ?」


 何を勝手に話を決めているのだこいつは。

 そんなもの、俺が許すわけがなかろう。


 前もって話をしていたかのような、自然な会話の流れについ惑わされそうになるが決してそんなことはない。


 今日はすぐに家に帰って寝ると綿密なスケジュールが組まれているのだ。

 さらに言えば、明日は土曜だから一日寝ているところまで組み込まれた完璧なスケジュールだ。


 即答する俺に、雫は一礼すると班員を連れて去っていく。

 雫を除く班員の足取りが妙に軽やかなのは、これからの実習が余程楽しみなのだろう。


 いや、今日一日を神崎雫と綺羅坂怜と共に過ごせることに期待で胸が一杯なのかもしれない。


 呆れ半分、納得半分で彼らから視線を逸らす。

 俺の班員は、いまだ集合場所には姿を見せてはいなかった。


 ……いつ来るんだ。




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