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幻槍戦鬼は世界と借金を背負う  作者: 円藤ドル次
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3. 金貸し屋お嬢様の野望

 マリー・ダイアモンドは生まれてから金に困ったことはない。

 当然といえば当然だった。金融業で莫大な富を築き上げたダイアモンド家に生まれた時点で、王族や貴族以外の家とはスタート地点が違っていた。子供の頃から好きなものは何でも買えたし、何不自由なく育ったと断言できる。

 

 まして家だけでなく、自分の能力も金に愛されていたとなっては当然のことだった。

 ランクC能力である【黄金樹木(ゴールデン・ツリー)】を持つことが判明したのは、お抱えの神官が気まぐれで査定してくれた時である。自分としては無能力でも何の文句も不自由もなかったため、本当にただの気まぐれだった。

 神官が言うには、大富豪も羨ましがるほど金が集まる能力だとか。その能力の名の通り、"金がなる木"を比喩している能力だと神官は言った。【金運0】という金が自分から逃げていくとても愉快な能力もあるらしいが、それの対極に位置するような能力だった。

 

 道を歩けば大金が入った財布が落ちている。ガーデニングをしてみれば、掘った土から金貨がごっそり。自分が融資をした相手は必ずと言っていいほど大成功し、利息を含めて莫大な額の金が転がり込んでくる。家で毎日寝ていても、所持金は増えていく一方だった。

 

 そんな日々を生きてきたせいか、マリーは金をあまり好ましく思ってはいなかった。大金は災いを招くというのが今まで生きてきたマリーの教訓である。実際家には少なくとも10回は強盗が侵入しているし、マリー自身も外出中に狙われた経験が何度もある。優秀な従者がいてくれるおかげでマリーは現在まで生きているが、彼女がいなければ自分の命がいくつあっても足りないほどである。


 手を叩いて従者を呼び出す。

 5秒後に右を向くと、従者が紅茶のカップをトレイに乗せて直立していた。


「ありがとう、アオイ」

「・・・・・・・・・」


 従者であるアオイは返事の代わりにペコリと一礼する。

 アオイはマリーと出会った頃から話すことが出来ない。それを考慮したとしても誰よりも従者として優秀な彼女を、マリーは自分の従者として働かせている。

 主の些細な行動や感情に気が効き、戦闘能力だって高い。主への奉仕と防衛を一人で可能にするのは、彼女だからこそだとマリーは思う。口がきけないくらい些細な問題だった。


「今日はこのあと何か大事な予定はあったかしら?」

「・・・・(ふるふる)」

「そう。ここの所忙しかったし、今日はのんびりしましょう」

「・・・・(こくん)」


 このように会話など簡単にできる。それに上背の高い彼女が、自分の横で無表情で首を振ったり頷いたりする様子が何だか大型犬を見ているようで面白い。話すことができないのは、ある意味彼女のチャームポイントなのではないかと最近思うようになった。


 のんびりと彼女が淹れてくれた紅茶を飲んでいると、おもむろにアオイは手帳を取り出して何かを書き込んでいる。気にしないふりをしていると、アオイが控えめにマリーの肩を指先で突いてきた。


「どうしたの?」

「・・・・・・」


 返事をすると、アオイは手帳を自分の前で広げてきた。

 広げられたページには黒い文字で『天気も良いので洗濯物を干したり、夕食の買い出しに行きたいのですがよろしいでしょうか?』と書かれている。なるほど、自分が彼女を引き止めてしまっていたのか。


「ああごめんなさい。お願いするわ」

「・・・・(ぺこり)」


 するとまたアオイは一切の足音を立てずに歩き去る。

 彼女には彼女の仕事があるのだ。自分の仕事は今日は無い。

 溜まっていた本でも読もうか、今後の仕事の確認でもしようか。仕事について何をしようかと考えれば考えるほど、何もする気が起きなくなってくる。

 

 本音を言えば金融業はもう飽きていた。金は腐るほど作ったことだし、真面目に仕事をするのも馬鹿らしくなる。かと言って自堕落に余生を過ごすには若すぎるし、そんな未来は考えただけでつまらない。

 何か刺激に溢れた転機が欲しいところだった。

 

 例えば・・・そうだ、世界征服とか。

 しかし金だけで世界征服できるなら苦労はしないのだ。金持ちは所詮金を多く持っているだけで、金で解決できない問題には弱い。金で解決できない問題は無いなど、それこそ金持ちの傲慢な考え方だ。

 実際危険な魔族や獣たちに札束をちらつかせた所で無意味だ。彼ら相手なら金より武力のほうが圧倒的に有効だ。


 だとすれば、自分に足りないものは武力なのかもしれない。アオイも十分強いが、世界征服を考えるほど強いわけではない。今度腕の立つ私兵でも集めてみようか。いや、世界征服のために来いと言ったって戦力が集まるわけないか・・・


 ガチャン!


「あ・・・・・・」


 考え事をしていたせいか、カップを取ろうとした右手が不意にカップを倒してしまった。お気に入りだった白のカップは床で陶器の破片と化す。

 するとアオイが箒と塵取り、雑巾を持って来てくれる。そのまま手際よくカップの破片を回収し、細かい破片を箒で集めている。


「ごめんなさいね、アオイ。余計な仕事増やしちゃって」

「・・・・(ふるふる)」


 アオイが掃除をしてくれている間に、マリーはふと考えていた。

 このカップは金貨5枚は下らないほどには高い。3年くらい前に、たまたま覗いた雑貨屋で気に入って買ったので覚えている。

 これまでの人生経験上、偶然にせよ故意にせよ自分が無意味に高価な物を壊したことはない。壊せば新しい物を用意せざるを得なくなり、余分に金がかかる。結果として物を壊すというのは、金が自分の手から無くなるというのと同義である。【黄金樹木】の能力が今までそれを許さなかったのだろう。


 だが、今回はどうなのだろう。自分は偶然この高価なカップを壊した。よってこれから新しいカップを調達しに買いに行く必要があるという、時間も金もかかる最悪な状況。


 しかしそれも【黄金樹木】の効果だとしたら・・・?


 この状況の先に、何か自分にとって得な状況が待っているとも考えられる。

 直感が感じる。この先にまだ何かが待っている。


「・・・・アオイ。今日の夕食の買い出しには私も行くわ」

「・・・・・・!」

「雑貨屋に寄りましょう。私のカップ、新しいのを買わないと」

「・・・・(こくん)」


 片付けを終えたアオイが静かに首を縦に振る。どことなく嬉しそうな様子をしているのは気のせいだろうか。


「それじゃ、買い物に行く時に呼んで頂戴。私は一眠りするわ」

「(こくん!)」


 果報は寝て待て。これもマリーの教訓の1つであった。

 今は黄金の木がもたらす果実を期待して待つことにしよう。


◇ ◇ 

   ◇ ◇


 夕食の買い出しを終え、マリーとアオイは目的の雑貨屋へ向かう。

 この街では1つしか無い雑貨屋だが、市民でも手が出る安価だが高品質な品物が多いと、評判はいい店だ。

 ちらりと後ろを見ると、アオイは目を細めて周囲を警戒している。こんな街中で自分を襲うような馬鹿はいないとマリーは思っているが、同時に真面目なアオイの行動に感謝も覚える。

 

―――雑貨屋ではアオイのために何か買ってあげようかな。


 そんなことを思いながらぼんやりと歩いていると、急にアオイが目の前に立ち、マリーの進路を塞いだ。

 怪訝に思って隙間から前を見てみると、ちょうど20メートルくらい前の交差点で、大きな男たちがゲラゲラ笑いながら曲がる様子が見えた。

 

「何か聞こえたの?」

「(こくこく)」


 頷きながらアオイは手帳とペンを取り出し、走り書きで文字を書く。

 見せられたページには『お嬢様が向かう雑貨屋にて、彼らはツケで商品を奪い取るつもりだそうです。会話から察するに常習犯かと』と書かれている。


 アオイは"音"に関して間違える事はない。自身から発せられる音は無音に、外部の音はより鮮明に受け取る【集音(サウンド・コレクト)】の能力がそれを証明する。彼女が話せないのも、足音が無音なのもこの能力に起因していた。


 つまり、彼らの蛮行を予告する会話はまさに真実なのだ。

 呆れて物も言えないとはまさにこのことだが、放っておくことも出来ない。


「・・・これはいけないわね。金もないのに商品を持っていくなんてあり得ないわ」

「・・・・・・」

「何が何でも止める。・・・いざとなったら頼むわよ?」

「(こくこく)」


 頷くアオイと共に雑貨屋へと急ぐ。幸いそんなに距離は離れていないし、現場に出くわすことは可能だろう。


 3分ほど彼らを尾行すると、あっさりと目的の雑貨屋へ入る彼らの姿が見えた。

 後は自分たちも店に入り、奴らを止めるだけだ。


 店の入口に近づき、ドアを開けようとした所で再びアオイがマリーを手で制する。

 

「どうしたのよ?あいつらをさっさと止めないと」

「・・・・(ふるふる)」

 

 アオイが店の正面ガラスを指差して手帳を差し出してくる。

 『先に奴らを止める少年がいます。戦闘中ですので入るのは危険かと』と書かれたページを読んだ瞬間、店の中から男たちの怒号が聞こえてくる。


 店の正面ガラスから店内を見ると、紫髪の少年と対峙するように大柄な男たち3人が剣を抜いている。少年は武器を手にしてはいないようだが、冷静に眼前の3人を見つめながら戦闘態勢にはいっている。


「これ・・・大丈夫なの?彼は丸腰のようだけど」

「・・・・(こくん)」


 アオイは止めようとしない。それどころか少年が勝つと予想しているようだ。

 もう一度少年を見てみる。別段大柄なわけではない中肉中背といった体格だが、あの大柄な男たち相手にも一歩も引かない姿勢が感じ取れる。何か優れた能力でも持っているのか、はたまた戦闘経験が豊富なのか、焦る気配はまったくない。


 見ていると正面の大柄な男が剣を少年の頭上から振り下ろし、残りの男も横薙ぎに剣を振るう。少年はバックステップで難なく攻撃を躱したが、壁に追い詰められるような形になった。

 それを見逃すまいと、大柄な男が刺突を食らわせようと少年に突撃する。さすがにこれはまずい状況だろうか。後ろに下がれず、前からは迫りくる巨体と剣。どこにも活路は見いだせずに、少年はやられてしまうのだろうか。


「え・・・」

「!」


 いや、少年は諦めてはいなかった。右足で後ろ壁を蹴って、弾丸のように前へと飛ぶ。そのまま大男の膝を蹴り飛ばして戦闘不能にする大立ち回りを見せた。そして呆気にとられる男たちのスキを突いて、店にあった槍を手に取る。素手でこれだけ戦えるのだから、武器を持てば最早少年の勝ちは揺るがない。これ以上驚く展開はなさそうだとマリーは見ていたが、それは甘かった。


 槍を持った瞬間、少年の身体の動きが変わる。少年の表情もどことなく覇気を帯び、手に馴染ませるかのように槍を振り回す。振り回した槍から伸びる、いくつもの透明な紫色の穂先が店の中の至る所に突き刺さるのが見えた。

 すると突然アオイがマリーの前に立ち、店の正面ガラスが大きな音を立てて砕け散った。


「ど、どうなってるのよ彼!槍を振った瞬間店の中に嵐が吹いたみたいじゃない!」

「(こくこく!)」

「頷いたってわからないわよ!」

「・・・・(しゅん)」


 どことなく落ち込んだ様子のアオイを尻目に、もう一度店内を見る。するともう勝負は付いていたようで、少年が男の顔面のすぐ横に向けて槍を突き刺しているのが見えた。男は少年に金を渡すとそそくさと仲間を引きずって逃げ去っていった。自分がやろうとしていたことは、この少年に先にやられてしまったようだった。


 ぼんやり少年を眺めていると、アオイが手帳を差し出してくる。

 『おそらくランクS以上の能力者です。素手での戦闘能力も高いですが、あんな槍の使い手は見たことがありません』と書かれている。従軍経験もあるアオイがこう言うのだから間違いなく強いのだろう。


 店内の少年は緊張の糸が切れたのか、とても柔和な表情を浮かべていた。

 すると突然静まり返った店内から今度は別の男性の怒号が聞こえてくる。どうやら店主のようだ。


「どど、どうしてくれるんだよ!その槍高かったんだぞ!売り物にならないじゃないか!!」


「「・・・・・」」

 

 アオイと二人してマリーは呆気にとられる。せっかく助けたのにそれはないだろう、と言いたくなった。

 対する少年の方も怒られると思っていなかったのか、目をぱちぱちさせて驚いている。


「それに店の中もメチャクチャだ!どうしてくれるんだ!」

「彼らのツケより店の修理費や商品の弁償代のほうが高く付くぞ!君、払ってくれるんだろうな?!」


 店主の追撃は止まらない。気の毒なことに、圧倒的な武力で悪漢を倒した少年に待っていたのは、助けた男からの怒りだった。

 少年は悪いと思ったのか、自身のポケットから銅貨を取り出してテーブルに置いて頭を下げた。当然店主の怒りは収まる様子はなかった。


 そんな光景を眺めていたマリーは閃く。


――この状況は【黄金樹木】が作り出したものではないか?


 恐ろしく強い推定ランクS以上の謎の少年。その少年に対する理不尽な修理費、弁償代請求。それを払うことが出来ない少年を助けてやれるとしたら金を持つ自分しかいない。

 では少年を助けた先に得られるものは・・・?


 馬鹿でもわかる。彼の持つ武力にほかならない。彼なら世界に存在する強者達の相手となりうるかもしれない。人を襲い続ける魔族も、私欲を肥やし続ける王族たちも、凶悪な魔獣相手にだって戦えるかもしれない。そんな予感を感じさせるほど、彼の戦いには華があった。


「・・・・アオイ、借用書ある?」

「・・・・(こくり)」


 アオイが差し出した借用書を見る。

 テンプレートで書かれた文章に自分の思いつくまま修正を加える。

 貸し付ける金額は出来るだけ多い方がいい。期限は10年程度に。利率は年5%にでもしておこう。

 そしてアオイが持っていたバッグから、金貨300枚入った革袋を1つ取り出す。これだけあれば修理費、弁償代を差し引いても店主にお釣りが来るだろう。あ、ついでにカップと槍も貰っていこう。槍は今後彼が使う相棒になるだろうし、物も良さそうだ。


「さて、行くわよ」

「(こく)」


 店のドアを開けながら、やはり【黄金樹木】の能力は恐ろしいと思った。

 こんな能力がランクCなわけがない。


 今から一人の少年の運命を変えようというのだから。


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