2. 少年、助けた先で金を請求される
アラヤはご自慢の身体能力を見せること無く、ぼんやりと帰路についていた。
神殿での話は、明るい未来を見せてくれたが一抹の不安もアラヤの胸に残した
【金運0】
今思い返せば、3つ目の能力もアラヤには心当たりが合った。
幼い頃からアラヤの財布に満足な金銭が入っていたことはなかった。別に家が貧乏というわけではない。アラヤが頻繁に財布を落としたり、スリに遭ったり、買った物がことごとく不良品ですぐ壊れるだけだった。
とにかく、神官が言うには恐ろしいほどのクソ能力らしい。手にした金が逃げていく、というのがこの能力を簡単に表す表現であるそうだ。様々な要因で所持金を手放したり、無くしてしまうことが常人に比べて遥かに多いというのだ。神官から聞いたこの能力を持つ者の末路は悲惨なものだった。
食料を買う金が無く、道端で飢えて餓死する者。事業に失敗し借金の形に売られる者。夜逃げする者もいれば、最悪家族と無理心中する者すらいる始末。
聞くだけでうんざりするほどなのに、そうなる可能性が自分もある、というのが一番つらかった。
この迷惑な能力の対処法はたった一つ。盗難や紛失に最新の注意を払うしか無いと神官は言っていた。しかし、注意だけではどうにもならないこともあり、その時は諦めるしか無いだろうとも注意された。
何にせよ、判明した能力を活かして自分の人生を決めてほしいと、最後は神官に激励された。
神官にもらった銅貨を取り出し、手に持つ。小銭くらい子どもでも持っているのが当たり前なのに、今はこの小銭を持っているという事実に安堵を覚えてしまう。アラヤは思考を振り払うように頭を振った。
――うだうだ考えるのはだめだ。
まだ2つの能力が自分にはある。金がなくたって幸せになれないわけではないのだ。
腹ごしらえした後にでも、誰かに相談してみよう。
アラヤは小銭を手に握りしめ、神殿近くの街へ走り出した。
◇ ◇
◇ ◇
「ま、まじかよ・・・・」
神殿から走ること5分。街についたアラヤはさっそく雑貨屋を探し当て、一番安いパンを買おうとした。しかしそれは無情にもパンに付けられた値札に拒絶された。
"銅貨10枚(税込み11枚)"。神官がくれたパン代は、絶妙に足りなかった。
「なぁ君。冷やかしなら帰ってくれないか」
パンの前で暗い顔をしてうなだれるアラヤを睨みつけ、店主の男が注意してくる。いつもなら謝って立ち去るところだが、ダメ元で交渉してみることにした。
「おっちゃん・・・後生だからこのパン、銅貨1枚マケてくれないかな?」
「・・・何があったかは知らないけど、ビタ一文も負ける気はないよ」
「お願いします!」
「いきなり君にマケたら、他のお客さんと不平等じゃないか。悪いけどこの値段以外では売れない」
「・・・そっか。そうだよなぁ・・・ごめん」
元よりアラヤは弁が立つわけでもない。誠心誠意頼み込んだ結果ダメだったのだから素直に引き下がるしかなかった。肩を落として店から立ち去ろうとした瞬間、3人ほどの大柄な男たちが笑いながらアラヤとすれ違いで店に入ってくる。
「ようおっさん、この薬と剣持っていくぜ。支払いはツケとけや!」
店に展示してあった高価そうな剣を手に持ち、棚から取った薬を男は自分のバッグにしまい込む。取り巻きの男二人もニヤニヤして店主を見ている。
「ちょ、ちょっと待ってよ!もう何回ツケで済ませる気だ、いい加減払ってくれ!」
「ああん?うるせぇ奴だな・・?痛い目みたいのか?」
一番大きな男がテーブルを叩き、大きな音が周囲に響く。店主の男はすっかり萎縮し、身体を縮こませているのがアラヤの目に入った。
・・・これはもしかしなくても恐喝だろう。パン代云々は関係ない、こんな現場に出くわした以上アラヤは黙っている訳にはいかなかった。おまけに腹も減っているせいか、妙にこの男に苛立ちを覚えた。
アラヤは男に近づいて、その手を掴んだ。
「おいおい、お金は払わないとだめでしょ。俺だってパン買う金ないから我慢してるってのに」
「あぁ?・・・・なんだクソガキ、何か言ったか」
大男がゆっくりとこちらを向きながら手を払った。楽しい時間に水を差されたとでも言いたげな、面倒そうな表情を浮かべている。店主の男も青ざめた顔でこちらを見ている。
「聞こえなかったか?金くらい払えっつってんだよ!」
「・・・俺はランクCの冒険者なんだよ。ブチのめされてミンチになりたくなかったら失せな、ガキ」
「やってみろよ。豚どもが」
いつもの無邪気さはどこかに消え、アラヤは怒りの表情で男を挑発する。体型のことを馬鹿にされて頭にきたのか、男たちは顔を赤くしてアラヤに詰め寄った。
「お前ら、遠慮はいらねぇ。こいつをシメるぞ」
「ういっす」「了解!」
頷くと同時に、彼らは剣を抜く。おいおい店の中でやる気か、と言おうとしてももう遅かった。彼らは完全に頭に血が上っている。
「うおらあああぁぁ!!」
「くらええええ!」
「だらああああ!!」
正面の大男がアラヤの脳天目がけて剣を振り下ろし、左右の男がそれぞれアラヤの身体を挟み込むように横薙ぎで剣を振るう。
何か獲物でもあれば攻撃を防ぐことが出来るが、今のアラヤは丸腰のため躱すことに専念する。後方へとバックステップし、難なく攻撃を躱す。大男の剣は空を切り、アラヤの居た床に深々と突き刺さる。
「死ねやああああ!!」
すると大男が床から抜いた剣の先をこちらに向けて、体ごと体当りするかのように走り寄ってきた。アラヤの後ろは壁でこれ以上下がることは出来ない。大男の後方から取り巻きの二人もこちら目がけて走ってきている。
後ろに活路を見いだせない以上、取れる行動は限られてくる。
アラヤは寸前まで大男の体当たりを引きつけるかのように、身体を前に傾けながら後ろの壁に右足をくっつける。そして大男が迫った瞬間に右足で思いっきり壁を蹴り、前方へと勢い良く飛んだアラヤの身体が大男の剣先の下をくぐり抜ける。そして勢いそのまま大男の膝の皿を左足で蹴り飛ばした。
全力の蹴りが大男の膝を砕く。ボキッと骨が折れる音が鮮明に聞こえ、大男は悲鳴をあげながら崩れ落ちる。膝をやった上この体重ではまず立ち上がれないことを確信し、アラヤはターゲットを残りの二人に移す。
するとちょうどアラヤの目に、商品棚に置かれた真新しい槍が映った。槍を使わずとも戦えそうではあるが、せっかく能力が判明したのだから一度くらいは試してみたかった。
「おっちゃん、ちょっとこれ借りるよ!」
「え、あ・・・それは!」
店主の顔が明らかに引きつっているが、呆気にとられて驚いただけだろうとアラヤは勝手に判断した。
「・・・・すげぇ!」
槍を握った瞬間、身体中に力が湧いてくる。まるで槍が元々自分の体の一部だったかのような感覚を覚えた。
これも【幻槍】の能力のおかげなのか。やけに槍が手に馴染んでアラヤのテンションは上がる。振り回せば、槍の穂が空気を切り裂く鋭い音が響く。
取り巻きの二人が、親分の仇と言わんばかりに憤怒の表情で剣を振り上げて走り寄ってくる。
「せいや!」
「ぐふっ!」
男の剣の間合いに入るよりも前に、槍の柄で左の男の腹を突く。右の男の攻撃は槍で受け止め、すぐに押し返した。間髪入れずに膝を屈した左の男の顔を槍の柄で殴り、殲滅。残った男はジリジリと後退していたが先程のアラヤのように壁際に追い詰められていた。もはやこの男がこちらに向かってくることはない。
アラヤは残りの男に近づき、男の顔のすぐ横に向かって槍を突き刺した。男の耳の上を少しだけ斬り、穂は店の壁に突き刺さる。男は唇をブルブル震わせて、見開いた眼球は顔面のすぐ真横にある穂を必死で見ている。
「ひっ・・ひぃ・・・助け・・・助けて・・・」
「・・・・金払ってさっさと行きなよ。あ、こいつらも連れていけよ」
「はっ・・・はっ・・・・はぃ・・・・」
穂を壁から抜き、アラヤは槍を置いた。これ以上戦う意味はない。
男はそそくさと金を店に置き、大男ともう一人を運んで店を出ていった。
店主の男は肩を震わせて泣いている。よほど怖かったのだろう。
もう大丈夫だから安心して、とアラヤが声をかけようとした瞬間店主が先に声を上げた。
「どど、どうしてくれるんだよ!その槍高かったんだぞ!売り物にならないじゃないか!!」
「え・・・・え?」
言われて槍を見れば、男の剣を防いだ時に傷がついてしまったようだった。しかし傷は小さいし、別に問題はないだろうと言いかけた所で、すかさず店主が畳み掛ける。
「それに店の中もメチャクチャだ!どうしてくれるんだ!」
「・・・・・」
言われて店内を見回す。さっき空けた壁の穴に加えて、叩き割られたガラスや棚もメチャクチャになっていた。店内の至る所にガラスが散乱して、もはや店の内装をしていなかった。
アラヤには心当たりがない店内の荒れようだった。自分がやったことと言えば槍を少し振り回したり、大男の膝を蹴り飛ばしたくらいなのだ。こんなに店が荒れるはずがない。
「君が槍を振り回した瞬間、槍が当たっても居ないのに店の至る所がいきなり壊れだしたんだ!どうせおかしな技でも使ったんだろ!」
「ご、ごめん・・・そんなつもりじゃ」
「彼らのツケより店の修理費や商品の弁償代のほうが高く付くぞ!君、払ってくれるんだろうな?!」
「そ、そんなぁ・・・」
なんだこれは。どうして質の悪い客から店を守ってやったのに、自分が怒られているのか納得がいかない。というか弁償代や修理費まで請求されそうな勢いである。
脳裏によぎるのは【金運0】の能力。・・・いやいや、いくらなんでもこれは露骨すぎるだろう。
助けたのに金がなくなるなんて理不尽極まりない。
「あの・・・おっちゃん、これで足りっかな」
「銅貨10だと・・・!足りるわけないじゃないか!」
仕方がないのでテーブルの上に銅貨10枚をそっと置いた。もちろんこんなもので足りるわけがない。
店主は拳を握りしめて怒っている。
どうしようかと悩んでいた所で、ボロボロになった店のドアが開く。
入り口にはこんなボロ店には不釣り合いなほど、気品溢れる佇まいの女性とその後ろで控える長身の女性が立っていた。
「ごめんくださいな・・・店主様、修理費用と商品の弁償にこれを当ててください」
女性が右手に握っていた大きな皮袋を逆さまにし、テーブルの上に中身をぶちまける。
袋の中からは、眩しいくらいの金貨が転がり落ちる。自分が置いた10枚の銅は、溢れんばかりの金に埋め尽くされて見えなくなった。
そして女性がこちらを向いて、右手を差し出す。
「―――あなたはこれで私のものよ」