1. 少年、能力が発覚する
アラヤは本日16歳になった。
16歳といえば成人として認められ、神官に能力を査定してもらえる歳である。この国では多くの成人がこうして査定された能力を元に自分の職を決めていくのが慣例だった。戦闘系の能力が査定されれば戦闘職に。生産系の能力や特殊な魔法を覚える能力もある。
能力は程度の大きさでランク付けされる。上のものからSS、下はGまでとされ、最上位のランクSSはもはや神話とも呼ばれ、その能力を査定した神官は早死にするという都市伝説まであるほどだ。
「なぁなぁ神官さん、俺の能力って何かな?」
「・・・・・・」
意気揚々と向かった神殿で、アラヤは目を輝かせながら神官に尋ねる。
昔から運動は得意で性格は底抜けに明るい。村の友達もたくさんいて、大人たちからも人気者のアラヤは、自分の能力がそれほど悪いものではないと予想していた。仮に悪くても仕方がないことだと割り切っているため、期待はすれども不安は一切なかった。
神官の顔はしかめっ面に加えて一筋の汗が流れている。最初は笑顔で査定していたが、時間が経つにつれて表情はどんどん険しくなる。アラヤはその様子を固唾を呑んで見守っていた。
大きく息を吐いて神官はゆっくり目を開けて、口を開いた。
「・・・アラヤくん。君の能力は3つあったよ。」
「3つも?!マジかよ!」
普通の人間なら能力は1つである。城を守る衛兵や冒険家のような戦闘を生業とする者ですら、ランクD程度の戦闘系能力が1つあれば立派にやっていけるほどである。稀に2つ能力がある者も存在するが、本当に極稀といえるほどの確率であると、神官は説明する。
そんな能力が3つもアラヤにはある。嬉しさを隠さずにアラヤは飛び上がって喜んでいた。
「一つ一つ説明していこう。まず、【幻槍】と呼ばれる能力だ。・・・信じがたいが、ランクはSSだ。何度確かめてみても間違いはない」
「ええええええ!!」
「これで私も早死にしてしまうのかもしれんな。驚くのは無理もないが、どうか受け入れてほしい」
開いた口が塞がらないといったほど口をあんぐりと開けるアラヤが落ち着くのに、1分ほどかかった。深呼吸しながらアラヤは、もう落ち着いたというサインを神官に送る。今は話を聞かなければならない。
「・・・私もランクSSの能力は初めて査定するのでね、あんまりはっきりとしたことは言えないが、能力を見る限り君は槍の才能がピカイチということになる。今までの人生でそれを感じたことがあるかい?」
「うーん・・・あっ!物干し竿で村のいじめっ子を懲らしめてやったことがあるよ」
当時6歳だったか。友達がそのいじめっ子に泣かされているのを見て、家にあった物干し竿を引っ張ってきていじめっ子を叩きのめした過去を思い出していた。全身青あざだらけになったいじめっ子の顔を見て、友達が顔を真っ青にして自分を見ていたような気がするが、たぶん気のせいだったと思う。その日から何故か友達は自分に敬語を使うようになったが。
「そうかそうか、君の場合子どもの喧嘩では済まないからこれからは気を付けなさい。・・・とにかく、君が槍を扱えば将来は誰にも負けないくらい強くなれるかもしれないな。それほどの能力だ。私もこれほどの戦闘能力を私は見たことがないから、何とも言えないのだが」
「え、そうなの?」
「ああ。今世界各地で魔獣を狩り、あらゆる遺跡を調査している一流の冒険家になった男を査定したことがある。彼は【豪剣】の能力を持っていてね。この能力だってランクはSとされている。【幻槍】がいかに恐ろしいほどの力を秘めているのかは想像がつかない」
「マジか・・・じゃあ俺、頑張って槍の練習するよ!」
ランクSSの能力を好ましく受け取ることが出来たのだろう。笑顔を引き締めようとするも、アラヤは嬉しさを隠すことが出来ない。そんな様子を微笑ましく見ながら、初老の神官は話を続ける。
「二つ目。【肉体活性】と呼ばれる能力だ。ランクはA。筋力、体力など通常の身体能力に加えて、五感も向上する優れた能力だ。これは実例があるし間違いないよ。王国騎士団の上位騎士の方でこの能力を持つ方がいらっしゃるが、素晴らしい身体能力だと噂がある。・・・これについて、何か感じたことは?」
「生まれて3日で歩き始めたって母さんが言ってた。あと足が村で一番早いかな。ここに来るのだって走ってきたんだ」
「あの村からこの神殿まで5里はあるのだが・・・いやはや大したものだ」
よく遊び、よく食べるを体現したような子どもだったと母が嬉しそうに言っていたのを思い出す。あとは学ぶことを覚えろとも言われたのは頭の痛い話だった。勉強の方はともかく、運動は得意であるというのは自信を持って断言できる。ランクAの能力で保証されている以上間違いない。
「君の持つ2つの能力は非常に相性がいい。未知の最上位能力【幻槍】を持つ上【肉体活性】による高い身体能力があるのならばはっきり言って鬼に金棒とも言えるだろう。戦うことに関して君以上に優れた人が最早いるのかもわからん」
「へへ・・・俺って結構凄かったんだな」
アラヤの顔は見事にニヤけきって崩壊していた。もう半ば将来は戦闘職に確定したようなものだ。未来はこの上ないくらいに明るかった。
槍を修行して世界最強を目指すも良し。冒険家になって世界各地の魔獣を狩り尽くすのも楽しそうだ。信頼できる仲間とともに旅に出てもいいだろう。騎士団は・・・勉強ができないから難しそうだ。
もう3つ目の能力があることすら頭のなかにはない。アラヤは今、約束されたバラ色の未来に自分を投影することに忙しかった。
「・・・・だからこそ、3つ目の能力には気を付けたほうが良い」
この一言がなければ、今すぐにでもアラヤは槍を持って世界に飛び出していたのかもしれない。
「なぁアラヤ君。君は今財布にいくら入っている?」
「え?神官さん何言ってるのさ」
「いいから調べてみなさい」
怪訝に思いながらアラヤはポケットを探る。神殿の帰り道にパンでも買って帰ろうと思っていたため、財布に金はいくらか入っているはずだった。
「あれ・・・無い・・・」
「・・・・・・・」
「おかしいな、来る時ちゃんと持ってきたのに・・・落としたのかな」
ポケットに財布はなかった。確実にポケットに入れておいたはずなのに、そこに財布は存在しない。なけなしのお小遣いが入った小さな財布は、どこにもない。代わりに見つかったのはポケットの底に空いていた大きな穴だった。
「やはりか・・・・」
「やはりって・・・どういうことだよ。神官さん、何か知ってるのか?」
神官の顔に汗が流れる。その表情は、先程アラヤを査定していたときと同じ顔をしていた。
何の不安もなかったアラヤの胸中によぎる嫌な予感。
「おそらく君の能力のせいだ。・・・とにかく、気の毒だったね。これで帰りにパンを買いなさい」
パン代として銅貨10枚を手渡されるが、アラヤはボーっとしながら受け取り、ポケットにしまう。
しまった瞬間ポケットの穴から銅貨が全て転がり落ちる。そうだ、穴が空いていたんだ。
神官は神妙な顔で銅貨を拾いながら、切り出した。
「アラヤ君、君の最後の能力について説明する。心して聞いてほしい」
「う、うん・・・」
胸がざわつく。自分の能力を教えてくれるのに、今すぐ神官の口を塞ぎたくてたまらなくなった。
そして神官から宣告される。
「ランクGの能力。【金運0】と呼ばれる能力だ」
アラヤを借金地獄へ導く、破滅の能力が。
アラヤ 所持金 金貨0 銀貨0 銅貨10(神官がくれたパン代)