なんか新しい将棋を女の子が遊ぶ話
あなたが出会う最悪の敵は、
いつもあなた自身であるだろう。
- ニーチェ -
私を含めた暇人三人はいつも通り将棋部の部室でダラダラしていると、部長は突然持て余した暇が限界値を突破したらしく部室の窓を見つめながら口を開いた。
「最近、人工知能がプロの棋士に勝ち越してるじゃない。わが将棋部としてもこれは憂慮すべき事態だと思うの」
「はあ、そうですね」
いきなりの部長の発言に適当に相槌を打つ。この人がいきなりよくわからないことを言い出すのはいつものことだから慣れてしまった。
「とあるプロの棋士は、たとえばコンピュータが将棋を完全に研究をしたらその時は桂馬の動きを一つ増やせばいいと発言しているわ。でもこれって、いたちごっこだと思うのよね。どうせすぐまたコンピュータに追い抜かれるわ。それってなんかむなしいと思わない?私たちが将棋を指す意味を見失いそうだわ」
「どうせそこまで将棋を熱心にやっているわけではないですがね」
事実、この将棋部はしばらくまともに将棋を指しておらずもはやただの暇つぶし部と化していた。将棋に情熱をもってやってきた部員はもはや全員辞めたか、幽霊部員になってしまった。毎日この部室に顔を出しているのは部長の白井、副部長である私こと赤星、書記や会計などの面倒な役職すべてを押し付けられ辞めるにやめれなくなった雑用部員の青木、以上三名だ。
私たち三人は毎日この部室に来ては適当にゲームしたり雑談したり、ごくまれに将棋を指したりして限られた青春を無駄遣いしていた。
「そこで私は考えたわ。ねえ赤星。コンピュータが人間に勝てないことって何だと思う?」
無駄に流し目をしながら部長はこちらを向く。この人は口を開けなければ美人なのに、とたぶん100回は言われただろう。
「え、えーと…何かを一から作るとかの創作や、感情とか心みたいなものの理解は苦手だと思いますけど」
私はとりあえず思いついたことを言ってみた。それほど間違ったことは言ってないはずだ。
「素晴らしいわ赤星。そのとおりよ。そして、それを将棋に盛り込めばコンピュータごときが人間様に決して勝てない今よりもっとエキサイティングなゲームが出来上がると思うの」
「盛り込むといっても…具体的にはどうするんですか?」
「んーそうね…自分で考えた特殊能力を自分の駒が各自使えるとかどうかしら?わあ、面白そう!早速明日やってみましょう!」
「はい?」
この小学生男子が考えたかのようなゲームにどこから突っ込めばいいかわからなくなっていたとき、延々と我関せずでPCゲームをやっていた青木が眼鏡をクイッと上げながらこちらを向いた。
彼女のPCの画面を見ると、主人公らしき女の子がイケメンに口説かれていた。また大好きな乙女ゲーをやっていたのだろう。彼女とは同じクラスだけどクラス内での青木は地味で大人しい真面目な女の子で通っている。
「そのゲーム…面白そうですね!」
「あら青木、分かってるじゃない。このネオ将棋の面白さに気が付くなんて」
青木はまさかのノリノリだった。そういえば昔からこいつは新しもの好きだった。しかも地味にゲーム全般が上手く三人でゲームをすると大抵青木が一位を取る。
「赤星、あなたは審判をやってちょうだい」
「え、私ですか!?…っていうか、審判って何するんですか?」
「お互いの能力が拮抗したときにその判定を下す役…ですかね?あと、あまりに無敵すぎる能力を作ってしまった時のための校閲のような役割も果たすとか」
青木の理解力と適応力はどうなっているのだろう。ほんの少し前に適当にできたゲームの役割を把握しているとは。
「しかし、あまりに突飛な能力の駒が多すぎると三人とも混乱しますね。まだ慣れてないのもありますし…そこをどうするか」
「そうね…赤星、何か良い考えはない?」
こうなった部長はもう止められないので私もルール作りに加わることにする。こうして発案者の部長、ノリノリの青木、話していくうちにヤケになった私の三人でまったく新しいゲーム“ネオ将棋”が誕生した。ルール作成は各自帰宅したあともSNSを使って夜通し行われた。部長と青木の二人は駒の能力も考えたようだ。
〜翌日〜
「では、記念すべき第一回ネオ将棋大会を開催します!司会進行及び審判を務めさせていただきます赤星です!」
すでにいろいろ吹っ切れた私は誰もいない空間に向けて開催の挨拶を行った。ルール調整に手間取ってすでに夕方近い時間だけど空想の観客と3人のボルテージは最高潮だった。
「では、選手の入場です!」
部屋の入り口側にいた部長を左の手の平で指し示す。
「彼女こそ現代の宮本武蔵!彼女と戦って生きて帰ったものはいない!無敵の不敗神話は今夜こそ崩れるのか!“生ける神話”白井部長ーー!!!」
「先輩より優れた後輩などいないわ…かかってらっしゃい」
もちろん紹介の言葉は適当だった。次に、先ほどと同様に窓側の青木を右の手の平で指示した。
「眼鏡の奥に潜む殺意!計算高い雰囲気を出しているが頭はそんなに良くない!眼鏡をはずしてもあんまり可愛くならないリアルなメガネっ娘!“熊殺し”青木だーー!!!」
「あれ、赤星、私の紹介ひどくないかな?熊殺したことないし。可愛いし!」
適当に盛り上げた後二人は席に着いた。机の上には将棋盤が置かれているが、そこには王将と玉将は置かれているもののほかの駒は一切配置されていなかった。これが全員でルールをこねくり回して作った“ネオ将棋”のミソである。
「では、くじ引きタイムです。この箱の中から一枚ずつ交互に紙をひいてください」
二人の間に挟まれて置かれている将棋盤の上にお菓子の箱を適当に切って作ったくじ引きを設置した。中には折りたたまれた紙が入っている。これでお互いの王将以外の持ち駒を五枚ずつ決める。合計たった六枚の持ち駒なのは少なめの枚数でないと勝負の後半に能力の把握が困難になるなどの障害が発生するためなのと、勝負の時間短縮のためである。
お互いが緊張した面持ちでくじを引いていき、最終的に彼女らの持ち駒は次のようになった。
・白井……飛車、香車、金将、銀将、歩兵
・青木……角行、桂馬、金将、銀将、歩兵
これに王将、玉将を加えた計六枚の持ち駒で勝負することになる。無論、将棋であるため相手の駒をとった場合は使うことができる。その場合の駒の能力は相手の能力をそのまま継承する。王将または玉将を先に取られたほうが負けである。
「では、各自好きなように配置してください」
くじで選ばれた自分の駒は自分側の端っこ一列に好きなように配置することができるが、勝負の開始までお互いの選手には分からないようになっていて、駒をどう配置したいかを紙に書いて審判に渡し、勝負開始とともにその紙に沿って駒を配置する。
「はい、二人とも配置に問題はありません。それでは、振り駒を行います」
「私は表だ」
「それでは私は裏ですね」
「わかりました。それでは」
将棋盤の上に五枚の歩兵を放る。カラカラっと音を立て、全ての駒が“歩”の字を上にした。
「お、すべて表とは…これは幸先がいいな。青木!負けた方は勝った方の言うことを何でも一つ聞く…。いいな?」
部長はニヤニヤと笑いながら青木に勝負内容の確認をする。
「ええもちろん。たかだか先行を勝ち取っただけでいやに余裕ぶりますね」
そう言う青木にも余裕が見て取れる。青木は成績はそれほどでもないが何故かゲームに関しては妙に頭が回る。それ故部長はゲームではあまり青木に勝ったことがない。
「それでは、駒を配置します」
かちゃかちゃと決めた場所に駒をおいていく。すると部長がいきなり高笑いをしだした。
「あははっ、悪いわね青木!これを見なさい!」
盤面の駒の配置をみると白井部長の香車が青木の王と同じ筋にある。基本的な駒の動きは元の動きと同じなため先手の白井部長はいきなり香車で王をとれることになる。
「へえ…流石部長、運が強いですね」
「ええ、悪いわね折角いろいろ用意してきたのにこんなに早く終わっちゃって」
「たしかに、普通ならここで終わってしまったのでしょう」
「何か策があるようね…まあいいわ。お手並み拝見といこうかしら。赤星、試合開始の合図を頂戴」
部長に促されて慌てて始めの挨拶に取り掛かる。
「え、えーと…それでは、はじめ!」
よろしくお願いします、と声を掛け合ってから部長はなにも迷わず香車で王をとろうとした。
私は事前に二人に渡されていたキャラシートを見て部長の香車と青木の王将の能力を確認する。キャラシートにはプレイヤー名、キャラ名、キャラ設定、駒の種類、駒の能力名、能力説明、その能力から論理的に導かれる盤面での駒の動きが書いてある。
これらは徹夜で仕上げてきたらしく深夜特有の恥ずかしい妄想と中二病が垂れ流されている。本来の将棋の駒は8種類20枚、相手の駒も含めると40枚で構成されるが彼女たちは驚くべきことに自分の使う20枚すべての駒に能力をつけてきた。例えば歩兵なら自分では九枚使うことになるがその九枚すべてに異なる能力を考えてきたのだ。これも暇人のなせる業だ。
「私の香車の能力【魔槍】はあらゆる防御を貫く槍を放てる能力。相手の駒を貫通してほかの駒を攻撃できるしほとんどの防御は貫通できるから無意味…。さあ、これをかわす能力を持っているのかしら?」
いきなり痛い能力名だ。まあ、さっき見た感じ青木も大差ないけど。
私は部長から受け取っておいたキャラシートを見てみる。なるほど、名前のセンスはともかくとして単純だが強い能力だ。これを防ぐ能力あったかな…と、青木の王将のキャラクターシートを見てみる。キャラシートにはすべて目を通したはずだが多すぎてあまり覚えていない。
青木の王将……能力名【君の名】。
…なんだこの大ヒット映画のパクリみたいな能力名。あきれながら能力説明を見てみる。
「えー部長の香車の攻撃は成功です」
キャラシートを見ながらなるほどね、と思い淡々と勝負を進行させる。
「ふふ…あっけなかったわね」
「それでは部長、どうぞ」
青木は王将を部長に手渡した。
「えーそれでは、次は青木のターンです」
「え…ちょっとちょっとどういうこと?青木の王様死んだじゃない」
「ふふふ…それはですね」
青木がなぜか眼鏡をはずしながら決め顔で説明を始めた。やや短めの髪をかき上げる仕草が鬱陶しい。
「私の王将の能力【君の名】はプレイヤーの好きなタイミングで王の隣にいる駒と、役割を入れ替えます。この場合は、とるべき駒が歩兵になったわけです」
ふんっと鼻を鳴らして自慢げに説明する青木。
「え、でもルール上は王様とったらゲーム終了じゃないの審判!」
「そうですねえ…まあでも、そうゆう能力ですし。これで終わったらあっけなさすぎるんでOKです。勝負続行ですね」
「ぐ…」
審判のいうことが絶対、というルールを言い出したのは部長だからこれ以上は何も言えなかったらしい。
「また、王が入れ替わった歩兵の能力は元の歩兵のものではなく【君の名】を受け継ぐことになります。もちろん部長の獲得した王将も【君の名】は使えますがあくまで部長は部長の王将を取られたら負けです。一応青木の新しい王の動きは歩兵のものとします」
「…【君の名】をまたその歩兵に使われる前に倒せばいいってことでしょ。面白いじゃない…」
「では行きますよ部長。まず、この香車に同金で香車をいただきます。さらに私の金将の能力を今のうちに発動しておきます」
駒の能力は移動中に使うものやカウンターでしか使えないもの、移動したら使えなくなるもの、味方に使うものなど発動タイミングやその対象はかなり自由にできている。なんとなく発動に時間のかかりそうなものは発動だけで一ターン使ったりすることもある。さて、青木の金将の能力はなんだったっけ…。
「能力【歩落穴】を発動!!」
「えーと…青木のキャラシートによるとこれは、任意の場所に落とし穴を作る能力のようです。底の方にはえげつないものが入ってますね…。ではどこにしますか?」
「そうね…」
青木は考えながらメモ用紙にさらさらと指定場所を書いて私に渡した。
「そこに作って。私の思い通りに事が運べばこれが最善手のはず…」
「了解。それでは部長のターンです」
「落とし穴とは猪口才な真似ね…では私の歩兵の能力を見せてあげるわ」
「いやに自信ありげですね…果たしてどんな能力なのか…油断はできませんね」
そんなに強い設定だっけ…?と部長の歩兵のキャラクターシートを見てみるとそこには驚きの情報が書かれていた。まさかこんな能力があるとは…。部長は何を考えているんだろう…?
「私の歩兵の能力【クレバークラバー】発動!!歩兵自身を含めた周囲三マスに居る駒は全員テンションが爆上がりする!!!」
「テンションが上がる…!?いったいそれでどんな効果が働くんです?」
「テンションが上がる。それだけよ」
なぜか部長は自慢げだ。
「…はい?それで将棋の上での効果は…?」
「ないわ!」
「…」
「…えー、キャラシートにもそう書かれています。しかもテンションを上げるためにやや時間がかかる設定らしく、これで部長のターンは終わりです」
「…はい、えー、じゃあ私のターンです」
すぐに気を取り直す青木。一方の部長は首を傾げだした。
「あ、あれー?昨夜作ってるときはめちゃめちゃ面白かったのに…」
「ただの深夜テンションじゃないですか。ま、でもそっちの歩が役立たずってわかっただけでも良かったです。でも私は本気で攻めますよ」
「望むところよ…来なさい。私の兵隊たちはテンションも上がって士気も高まっているわ。これが後でじわじわと効いてくるのよ」
部長はよくわからないことを言っているがその後の展開は青木優勢で進んでいった。
「私の銀は【光陰】によってものっすごい早く移動できます。大体一ターンに二回行動できます」
「あ、私の金将が何もしないまま取られた!めっちゃ強い能力もってたのに!」
「そうなんですか。私が有効利用します。あ、でも銀が取られちゃいそう」
「駒損だしあまりいい陣形とは言えないけど…仕方ないわね。同飛で銀をとるわ」
「飛車の能力を使わない…いえ、使えないんですか?とりあえず私は王を守るため金を置きますかね…あ、でも先にキャラシート見ておかないと」
この将棋では相手の駒を使うとき、その駒の能力は相手の駒の能力をそのまんま受け継ぐため、相手の駒を取ったらその駒のキャラシートを見ることができる。
「えーと、部長の金将の能力【見様見真似】…敵味方関わらずその勝負で最後に発動された能力を使用する。ただし、相手がほぼ完全に視認できる状態でなくてはならない。」
意外とちゃんとした能力だった。
「これは便利ですね。でも視認できる状態か…まあそれは審判の指示に従うことにしましょうか。とりあえず金打ちしときますね」
「私の金ちゃん取られたかー。仕方ない。とりあえず囲いでも作るかな」
部長は銀と飛車によって少し守りを固めたようだ。青木はそれに対して様子見をしつつも金と桂馬で攻めている。遠目ではあるが角行も睨んでいるようで隙のない攻め方だ。
15分以上駒の激しい取り合いが続き盤面には最低限の駒しか置かれていない。お互い勝負をかけるタイミングを計っているようだ。戦いは佳境へと進んでいった。
「んじゃ、そろそろ私の飛車の能力でも見せてあげる」
「もっと終盤まで温存しておくのかと思いましたが…ここで出しましたか。またテンション上げるだけみたいなのではないでしょうね」
「ふふ、私の飛車の能力【死に戻り】を発動…!死んでもやり直せるこの能力…。私が考えたの。完全にオリジナル。アニメのパクリとかではないわ。これで飛車がやられても私の持ち駒に戻るだけよ。じゃあ、あなたのターンね」
「はいはいパクリじゃないんですね、わかりましたよ…。なるほど発動したときはどの駒も動けないんですね。たしかに使うタイミングが難しそう。では、私の角の能力も見せるとしましょうか」
「あら、俄然盛り上がってきたじゃない…私の飛車よりもいい能力かどうか見せてごらんなさい」
「では遠慮なく。私の角の召喚系能力【ピグマリオンゴーレム】を発動します。ゴーレムを作る力です。とりあえずゴーレムなんて駒はないのでここでは歩を量産します。角の周りにマックスで三体まで作れます。4体以上だと二歩になってしまいますからね」
「やるじゃない。守りにも攻めにも使える…いい能力だわ。いやほんとに………どうしよう……」
どうやら部長は攻めあぐねているようだ。このまま青木が攻め切るだろうか。戦いはいよいよクライマックスだ。
「では、ゴーレム召喚により一ターン消費したので次は部長のターンですね」
「ふう、クソゲーになってしまうからこれを使うのだけは避けたかったけど仕方ないわ。私の王将の能力を使うしかないわね」
「そこまでクソゲーになりそうな能力は審判がはじいたはずですが」
「まあ見てなさいな。私が勝ってしまうけど恨まないでね…」
そういうと部長は大げさなポーズで決め顔と声色を作って技名を叫んだ。
「【ライブアライブ】!」
部長の王将のキャラシートに目を落とす。これは…
「液体人間化する能力…この状態なら、物理的な攻撃は何も効かないわ。つまり、不通に駒をとろうとしても無理。魔法的な攻撃や封印みたいのには弱いけど、そんな手段もないでしょう。いえ、あったとしてもその前にこの死なない飛車で攻め続けて、決める!まあ、元の体に戻る方法はないんだけど…」
「たしかに王は死んではいませんが……元に戻れないって…まあ、いいでしょうこの王を何とか出来たら青木の勝ちでしょうね」
とはいえ私は少し感心していた。部長にしては意外な手を考えたものだ。
「では、青木のターンになります」
ちらりと彼女に目をやると青木は見るからに狼狽している。
「ぐ…やりますね部長!しかし、まだわかりませんよ…私の桂馬の能力【エリアバリア】を使えばね…」
「まだ悪あがきかしら…?それともそれにはスライムを倒す力が?」
「これは、誰もいない所限定ですが、空間に岩を降らせその場所を物理的に封鎖する能力です。これを使うと駒の存在しないマスに立ち入り禁止のエリアを作ることができます。岩の大きさはコントロールできるので広さも任意です。ただし、何か所も同時に岩を降らせられませんので飛び地のような封鎖の仕方はできませんし、指定する範囲は正方形の形をしていなければなりません」
「わかったわ、それで何ターンかかけて囲いを作ろうという腹ね。それでお互い相手にやられない状況を作って千日手に持ち込む算段かしら?ふふ、間に合うかしらね」
「いえ…部長の王の退路を断つだけです」
青木は、王の退路を断つ巨大な岩を降らせた。王の進む道は前だけになった。
「退路を断つ?そもそも死なないのに退路を断ってどうしようというの…?」
部長は嫌な予感がしたのかそこから果敢に攻めだした。青木はギリギリではあるが部長の猛攻をうまくかわし銀や桂馬や角を使って部長の王将ににじり寄っている。
「あと5手詰みってとこね。青木に何を頼もうか考えておかなくちゃ…」
飛車と銀を使い、いよいよ青木にはあとがないようだ。
「いえ…これで詰みです、部長」
青木はバチンと桂馬を部長の王将に叩きつけてそう言った。
「…は?桂馬で攻撃しても液体人間にはダメージは通らないわ」
「ええもちろん…しかし、桂馬の攻撃を受けた王将はその場所から動かざるを得ません。そうでしょう審判?」
「…ええ、攻撃でずるっとその場所からずれて……えーと他の場所は岩と、さっき動いてきたゴーレムがありますから…部長から見ると青木の桂馬の1歩前の位置に王将が移動します」
「そうですね。そこしか動けません…そして、そこには私が仕掛けた落とし穴があります」
「…!?落とし穴…?たしかにさっき仕掛けてたわね。ここにあったから周りを岩や他のコマで塞いで桂馬で落とし穴を超えて一足飛びに攻撃して来て誘い落としたわけね。…でもそれが何?液体人間が落下の衝撃で死ぬとでも?」
「この落とし穴の底に何があるか言ってませんでしたね。実は底には、うんこが落ちてます」
部長の顔色が真っ青になっていく。歯はガチガチと音を立て、冷や汗を流し始めた。
「そ、それじゃ…液体人間である私の…王将は………?」
「うんこと混ざり合います」
「い、いやああああぁ!」
部長は、盤上の駒をすべて払い除けた。もちろんこれで部長の反則負けとなる。
青木…このラストを思い描いていたとしたら、なんて恐ろしい女なのか。わたしは身が凍るような思いだった。
「部長の反則負けにより……この勝負…青木の……勝ちです」
…。
………。
こうして、長きに渡る戦いには終止符が打たれた。
意気消沈した部長に青木が詰め寄る。
「これで、私のお願いを一つ聞いてくれるんですよね部長?」
青木はニヤニヤしながら部長をぺたぺたとさわる。
「ふん…いいわ。約束だものね。何でもいいなさい」
「えへ、じゃあ、その…すごいこと言いますよ。約束守ってくださいね!絶対ですよ!」
青木の顔が心なしか赤く染まっている。
少し潤んだ目はせわしなく泳ぎ回り、小さく深呼吸を2回した。
私は思わず目をそらしてしまった。
私まで赤面しそうだ。
彼女の思いが、緊張が、私にまで伝わってしまったからだ。
青木はようやく覚悟を決めたようだ。
無駄に大きな声で部長に言い放った。
「部長、あのですね、私ずっと前から部長のことが─────」
【完】
勢いがあればいいと思います