八
その声を聞いたギグズンは、六百メルまで接近されるとは遅い、と思いつつ即座に後方へ探索の魔法を投げた。
それは濃密な魔力と繊細な制御で構成された魔法だった。生徒たちが使うようなお遊びレベルではない、二十年以上船に乗り続けた男の熟練した匠の技である。
そしてすぐギグズンは魔物が居ることを発見した。
しかもかなり濃い瘴気だ。これだけの濃度を発する魔物だと、ピーラなどの下位レベルではない、おそらく中位クラスの魔物。
中位クラスになると遠海のかなり深い海にしか現れないような魔物だ。
なぜこんな浅瀬の、しかも街のすぐ近くに中位クラスの魔物が?
下位ではなく中位クラスともなれば、知性を持っている魔物が殆どだ。島に近い浅瀬は人の縄張りと知っており、滅多に近寄ってこない。
一瞬疑問が頭を過ぎったが、そんなことよりもまずは対処だ。
運河と海の間には鉄柵が設けられているが、それは下位クラスの魔物対策用であり、中位クラスだと持たない。あっさり破られるだろう。
「フェルベア以外の全船反転して停止! フェルベアはそのまま進んで近くの陸地へあがり船団への連絡と応援を呼べ! 中位クラスの魔物だ!」
「ちゅ、中位クラス!?」
船を反転させるのは難しい。
船底に円を描くように水を操作するのだが、勢いが強すぎると渦になり沈むし、逆に弱いと回転しない。そして水を止めても慣性の法則で船は止まらないのだ。
そして相手は中位クラスの魔物であり、訓練校生では逆立ちしても勝てない。
動揺を抑え必死に操縦士たちが水流操作で円を描こうとするものの、案の定回りすぎたりして変な方向を向いている。
「ミミリ、制御を外せ! 俺がやる!」
「は、はいっ!」
軽く舌打ちしたギグズンは取り急ぎ自分の乗っている船だけでも、と思い反転させた。ミミリの制御から外れた水をギグズンが素早く制御し直す。
ものの数秒で船を反転させ完全に停止させた。
その技術の高さにミミリは声も出ない。
ギグズンは基本的に見張りから副船長、船長になった船乗りだ。操縦士をやっていたとは聞いていないのに、この技術力である。
「ハシュナッツ! ツァイフの拘束を解いて融合しろ!」
「わぉ?! あいよっ!」
ギグズンは既にハシュナッツが異常を検知して主であるツァイフの側へ移動したことに気がついていた。
ハシュナッツとしては、たかが人に自分の隠密を気取られた事に驚くが、それよりも海のすぐ側で融合できると聞いて心踊った。
ギグズンは更に自分の腰に下げていた袋を開けた。中には少量の水が入っていたが、一言「サリス」と呟くと同時に中の水が外へと飛び出して人の形へと変化していく。
一瞬で水が体長五十センの少女に変わった。
「水精武装だ。本気で行くぞ」
ギグズンの契約精霊である中位精霊サリスは、軽く頷くとギグズンの頭上へと浮かび上がった。そして一瞬で消える。
つい昨日、授業で見せた融合とは全く異なる速度だった。
上半身に青い鎧が浮かび上がり、瞬く間に装着された。
——水精武装。
人が精霊と融合したときに生まれる防具だ。そしてこの鎧こそが水の加護の源でもある。
強度は非常に堅く、生半可どころか極上の鎧をも上回る。また傷ついたとしても、器に入っている精霊の力が切れない限りすぐに修復される。
そして非常に軽く、また水の加護により水への抵抗も無い。
理想、とも言える鎧である。
「……動かないな」
魔物を探知してから既に一分近く経過している。
魔物の種類によって速度は異なるが、中位クラスの魔物であれば間に鉄柵があろうと六百メルの距離なら一分かからない。
しかしギグズンの探知だと三百メル先、ちょうど鉄柵のある場所辺りで止まっていた。
訓練校の船ではまともに戦えない。所詮は練習用だ、少しの波であっさり転覆するだろう。正直に言えば戦闘の邪魔でしかない。だが一隻しか救援を呼びに行かせなかったのは、威嚇のためだ。中位ともなれば知性がある。相手側も数の不利は十分に把握しているだろう。
そしてこちらには上位精霊のハシュナッツと、中位精霊のサリスがいるのだ。船乗りがいると言うことも分かるはずだ。
だから動いていないのは、こちらを警戒していると判断した。
海の中では船乗り以外の人なら何十人、何百人集まろうと中位クラスの魔物が圧倒的に強いが、陸にあがってしまえばその優位が崩れる。ちょっとした武器を持った人が十人も集まれば簡単に倒せるだろう。
だから普通は島、というより陸地近くへは寄ってこない。
おそらく何らかの目的があって人が居る島の、しかも運河の出入り口という場所へきたのだ。
このまま引き返してくれれば楽になるのだが……。
「ミミリ、念のため盾を作る準備だ」
「ふぇっ?! は、はいっ!」
ミミリは平民である商人の娘だ。家はメルテにあり、親は運河を使った運搬業務を行っている。本人はその手助けをしたいがため、船乗りの資格を目指している。
運河内であれば船乗りの資格がなくとも問題はないが、船乗り以外だとオールで船を漕ぐのだ。だが操縦士は魔力を使って船を操作する。体力的にきついと愚痴をこぼす父を助けるために訓練校に入ったという。
船乗り訓練校に入学するには非常に難しい試験を突破する必要がある。何しろ国をあげて支援しているのだ。生半可な者では入学できない。
水への相性や泳ぎの能力、適正、船の一般知識と様々な内容があるものの、一番重要なのが水の精霊との相性と魔力だ。
泳ぐことや船の知識など入学してからでも十分訓練できるが、水の精霊との相性、そして魔力量は才能による。
そしてミミリはその魔力量で入学を許可された。何しろ平均の数倍は軽くある。下位精霊と融合した時の魔力量とほぼ同等なのだ。つまり彼女は下位精霊と融合した場合、精霊の魔力と自前の魔力で実質下位精霊二体分の魔力量を持つ。それは戦闘継続能力となる。
群間船では長時間戦闘を強いられる事が多々あるため、継続して戦闘できる船乗りの存在は非常に大きい。
ツァイフも魔力量は豊富な方だがせいぜい倍程度、ハルなどはほぼ平均である。彼女のもつ豊富な魔力量がどれほど強大か分かるだろう。
「……もう少し細かく制御をやれ。お前はおおざっぱすぎる」
「は、はいっ!!」
だが豊富な魔力と繊細な制御は別物だった。
訓練校生という未熟なものたちを戦闘の危険性に面させるのは教師としては失格だが、背に腹は代えられない。
「ハル!」
「え? はい」
「俺が正面に立つ、お前はツァイフと共に船の両翼を取れ」
「お、俺が?」
「この中で実戦経験のあるものはお前だけだ。そしていくら上位精霊と融合しているツァイフとはいえ、初陣では何をやるか分からん。パニックを起こしたり一人で突進したりするからな。お前がツァイフを抑えておけ」
「分かりました」
「ツァイフ、ハシュナッツ! 聞こえたな? お前たちも前に出ろ。ただし絶対船から遠ざかるなよ? お前らの仕事は船の護衛だ」
「ひゃっはー! 分かりましたギグズン先生!」
「……心配だ」
上位の魔物は下位の魔物を従わせる。
敵があの一体だけならギグズンが戦えばいいが、おそらくあそこで待機しているのは、こちらを警戒してるのと、そして下位の魔物を呼んでいるのだろう。
いくらギグズンが船乗り歴二十年以上のベテランとはいえ、複数の魔物を相手取る事は難しい。それにここへ来る前は船長であり、自分が直接戦闘を行う事などここ十年無かったのだ。
もちろん実戦から遠ざかっていた期間も、教師となってからも訓練はし続けているが、戦闘のカンはどうしようもない。
船団に応援を呼びに行かせたが、救援が来るのに三十分はかかるだろう。逃げた方が良いのは分かっているが、このまま中位クラスの魔物を放置すると運河用の船に深刻な被害が出る可能性が高い。ここで止める必要がある。
「ちっ、数が増えたか。これはくるな」
案の定、ギグズンの探索に数体の魔物が引っかかった。
反応を見る限り下位クラスが六体。
熟練の船乗りなら下位クラス三体は同時に相手出来るのだが、ここには未熟な生徒しかいない。そんな生徒たちに任せなければいけない状況に苦々しく思う。
「ツァイフ、ハル、下位クラスの魔物が追加で六体だ。できる限り俺が抑えるが、もし抜けてきたらお前たちに任せる! だがいいか、無茶をするなよ! 船の安全が一番だ!」
「はいっ!」
「わっかりましたー!」
ツァイフの返事に、本当に分かっているのか、と思いながら海の中へと飛び込み、すぐさま一番先頭へ移動した。それに続いてハルとツァイフも左右へと分かれた。
ギグズンが所定の位置に着くと念話で全員に命じる。
(ハル、ツァイフの両名は両翼体制で迎撃! ミミリはハルとツァイフの前にでかい盾を作って維持しておけ、残りは各自判断の元、水流操作で盾を生み出せ、船と運河内へ近寄らせるな!)
そうギグズンが指示を飛ばした瞬間、轟音と共に水の柱があがった。
中位の魔物がとうとう柵へ攻撃しかけたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
水の柱が上がった瞬間、ギグズンは猛然と魔物の居る方向へ泳いだ。
いや、泳ぐ、という言葉ではない。まっすぐ突き進んでいくそれは魚雷のようだった。あっと言う間に魔物との距離を稼ぐ。そして彼の視界に魔物たちの姿が映った。
<スキュラ一体、ピーラ四体、フェーネ一体、アーマーペンド一体だ!>
<了解しました!>
ギグズンは心の中で舌打ちする。
スキュラは上半身は美しい人の女性の姿だが、下半身が何本もの蛇になっている中位の魔物だ。
直接的な攻撃力は、下半身の蛇の毒さえ気をつければそれほど恐れる相手ではないが、スキュラは知能が高く魔法攻撃が強い。
水精武装していない人ならば、一瞬で周りの水を圧縮させ水圧で押しつぶされただろう。逆に言えば水精武装していれば、恐れる相手ではない。
冷静に対処すれば、下位精霊契約者一人でも十分対応できる。
問題はアーマーペンドとフェーネがいる事だ。
アーマーペンドは攻撃力は皆無に等しいが巻き貝の形をした非常に堅い甲羅を持っており、生半可な攻撃はものともしない。中位精霊の水の槍ですら貫くことができない。
またフェーネは毒をもった蛇で、その鋭い牙は鉄製の鎧をも貫通する。そして毒がこれまたやっかいで、神経麻痺を起こす。つまり一度噛まれたら身動きできなくなる。
水流操作で身体を動かす、というより流すことは可能だが、細かい動きができなくなる。それは戦闘において致命的だ。
そしてフェーネはアーマーペンドの中に移動して自身を守る性質がある。高い攻撃力と堅い防御力が合わさると初心者どころか中級者でも厳しい。
群内船の船乗りの対魔物死亡率で一番高いのがこの魔物のペアだ。これを生徒たちに任せるのは無理だ。
ピーラ四体は最悪ツァイフとハルに任せるか。
ピーラならば二人に任せても大丈夫だろう。ツァイフに若干、いやかなり不安を感じるが上位精霊の水精武装であれば、ピーラの攻撃など全て弾くだろう。
自分はこの三体を必ず引きつける。ピーラはなるべく引きつけるが逃げても無視だ。
そう判断したギグズンは念話でそれを二人に伝えたあと、気を引き締めてスキュラとその前を守るようにいるアーマーペンド、フェーネを相手取った。
スキュラも単身でこちらに近寄ってきた人を侮ることはしなかった。下位クラスの魔物へ命令するとピーラが即座にギグズンを囲うようにして動いてくる。
さて、久しぶりの実戦だ。気を抜くわけにはいかんな。
ギグズンの水精武装が蒼く輝きだす。ギグズンと融合している中位精霊サレスの魔力が溢れ出ているのだ。そして背負っていたミスリル製の槍を片手に持ち、構える。
数年ぶりの実戦になぜか血が騒ぐのを感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
<なあハル、先生一人で七体もの魔物を相手取ってるぜ>
<凄いな>
遠くてはっきりと見えないものの、ギグズンの蒼く光る水精武装の鎧が非常に目立つので、敵味方の区別はすぐつく。
ギグズンは一カ所に止まらないよう縦横無尽に移動していた。
おそらくスキュラの魔法攻撃を避けるためだろう。
そして隙を見つけてはここまで感じるほどの水流操作で作った水弾を放っている。ただ、アーマーペンドがそれを的確に弾いている様子だったが。
更にギグズンの周囲を何とか囲おうとしている魔物一体を槍で突き刺した。
(複数の敵と戦うときは、なるべく一対一の状況を作る、か)
以前ギグズンが言っていた言葉だ。どんなベテランでも複数に囲まれると、途端に勝ち目が薄くなる。ああして動き回って囲まれるのを防ぎ、そして一撃を放つヒットアンドアウェイだ。しかも移動先も予測がつかないようにしている。
また一体の魔物が槍の餌食となって沈んでいった。
<なんか自信無くなってきたよ。俺、あんなこと出来る自信が無いわ>
水中で立っているツァイフだが全身でうなだれているのが分かる。確かにハルもあれと同じような事が出来るとは思えない。
ヒットアンドアウェイ。
言葉にするのは簡単でも、ああして動き回ってしかも自分の良いような戦況を作り出し、一体ずつ的確に倒していくなど、余程回りを見ていないと不可能だ。
<しっかりしろツァイフ。俺らの役目は船を守る事だ。先生が討ち漏らした敵でこっちに向かってきた魔物を対処するだけでいい>
ギグズンは二十年以上も船乗りをやっていた熟練だ。中位の魔物など何度も戦った経験があるだろう。
訓練校に入って三年目、ゼンから手ほどきを受けた期間を考えても七年だ。
他の訓練校生に比べれば腕はあると思うが、熟練の船乗りから見れば実戦経験も殆どないひよっこだ。
比べられるようなものではない。
<なあハル、一体だけどっか別の場所に移動していないか?>
ギグズンという熟練の船乗りの戦闘などそうそう見られるものではない。この機会に脳内に戦い方を焼き付けてやろう、と見ていたハルだったが、ツァイフの念話で意識を邪魔された。
確かに一体、おそらくピーラだと思うが、こちらを避けるようにして運河の端を移動している。
<何の魔物?>
<そこそこでかい普通の魚の奴>
上位精霊と融合し、水精武装しているツァイフの目にははっきり映っている。が、肝心の魔物の知識が薄かった。
だが今回の魔物で魚タイプのものはピーラしかいない。
<何で一匹だけ?>
<どうする? やるか?>
ピーラ一体ならハルだけでも対処は可能だ。プールだが毎日水中訓練はかかしていない。だがギグズンからは船の護衛と命令されている。船に向かってくるのなら迎撃するが、あれはどう判断すべきか。
しかし敵が運河内へと移動しているのだから、街を守るのなら防ぐべきだ。
ピーラ一体ならさほど脅威ではない。無いが、運河を通行している何の武装もしていない、戦う事もない船にとっては脅威だ。
<先生! ピーラ一体が運河内へ侵入しようとしていまがどうしますか?>
ハルの取った選択は、ギグズンに問いかける事だった。勝手な行動は取るべきではない。
だがギグズンは戦闘に集中しているのか、それとも返事をする事もできないのか、何ら返答は無い。
そうこうしているうちに、ピーラは運河の船着き場近辺まで移動している。このままでは一般の船に被害が出る。
<俺が行く。ツァイフはここで船を守ってて>
<ええ?! ずるいぞハル!>
<上位精霊と融合しているお前が本陣から移動してどうするんだよ。お前の方が主力だろ? 俺が様子を見てくる>
<そうか、俺が主力か。じゃあ仕方ないな。ハル、調査は任せたぞ>
ハルから主力はツァイフ、と聞いて納得したのか、鷹揚に送り出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(くそっ、かなりの負荷だなこれは)
高水圧状態となっている周囲の水を、水流操作でかき分けるようにして移動するギグズン。今のところ傷一つ負っていないが、かなりの魔力を消費している。
ギグズンはハルの念話に対して反応しなかったのではない。
出来なかったのだ。
何とかピーラ二体は倒したが、やはりアーマーペンドが邪魔だ。
幾度かスキュラへ水の槍を投げていたが、全てアーマーペンドの甲羅に防がれている。接近戦を挑もうにも他が邪魔をしてくる。
そしてスキュラの攻撃がこれまた嫌らしかった。
ギグズンの攻撃はヒットアンドアウェイだ。ならそれを足止めする必要がある。ただ、普通に攻撃してもそうそう当たることはないし、ギグズンも単発なら仮に背後からきたとしても避けられる自信がある。
そこでスキュラが取った方法は、広範囲に渡って水圧を上げる、という行為だった。
水圧が上がると当然動きが鈍くなる。陸でいえば泥沼を作るものだ。
範囲が広いため、いくら中位クラスの魔物とはいえそこまで水圧を上げられる訳ではないが、高速で移動を繰り返すギグズンにとってかなり痛い。
移動には当然魔力を使うため、消耗が激しくなるのだ。つまり戦闘の継続時間が短くなる。だから念話程度の魔力ですら、使う事を躊躇った。
そしてギグズンは実戦から離れて久しく、細かい魔力配分のカンが鈍っていた。昔であれば、これくらいの水圧をかけられたところで、これほど消耗はしていないはずだ。
(ミミリにおおざっぱすぎる、と説教をしたがそれは俺も同じだな)
そう反省しつつフェーネの鋭い牙を槍先で受け流し、背後から突こうとしたがピーラが横から突っ込んでくるのを感じ取った。
自身の身体に対し軽く側面から水を押すようにすると、すぐ側をピーラが通過していった。見事なまでの見切りと身体捌きである。
そしてすぐさま頭から水を噴出させ、下へと場所を移動する。自分より遙か頭上に水の槍が高速で通っていくのを感じた。
スキュラが舌打ちするように、忌々しくギグズンを睨めつける。今まで上下へ交互に連続で避けており、前回は下だったので今回は上に逃げると予想したのだろうが、それは空振りだったようだ。
さすが中位の魔物であるスキュラだ。水圧をあげながら、更に攻撃魔法も使ってくる。
スキュラの直接攻撃は下位魔物とほぼ変わらないがその分知能が非常に高く、更に中位クラスの魔物の中でも魔力はかなり多い。
これだけ魔法を乱発しているにも関わらず、スキュラの魔力はそこまで減っているようには見受けられない。
(このままではじり貧だな)
群内を警備している船団の第三部隊は海へ出ている可能性が高い。こんな運河内に魔物が侵入してくる事を想定していないからだ。フェルベアが応援を呼びに行ってから既に十分は経過しているが、来るまであと二十分はかかるだろう。
だがあと二十分持たせる事はできない。既に彼の魔力残量は半分を切っているのだ。
ここは一か八か、大技を出さざるを得ないだろう。
ただし、その後が問題だ。大技を使ったあとの魔力残量ではアーマーペンドとフェーネのコンビを倒せなくなる。もしかすると、スキュラを倒せば下位の魔物は逃げる可能性もあるが楽観はできない。
ハルではこの二体を相手取るのは無理だ。ツァイフが初陣でなく、更に下位精霊との契約者であれば任せたかもしれない。
ギグズンは上位精霊と契約している船乗りと共に戦ったことはないが、かの英雄ゼンはローレライと戦った際、周囲数キロに渡って水流操作を行ったと聞く。
中位クラスの魔物であるスキュラでも、範囲はせいぜい二百メルから三百メルだ。その十倍以上もの範囲を操るほどの強大な魔力を上位精霊は持っている。
ツァイフが制御に失敗すれば、この運河が壊れるほどの水流操作をしてしまう可能性だってあるのだ。それはスキュラがこの辺で暴れて与える被害より余程大きい。
強大な力はそれを制御する術を学ぶ必要がある。
いきなり初陣でそんな細かい制御をやれといってすぐ出来るような人などいない。時間をかけて少しずつ身体になじませていくのだ。
ツァイフの契約精霊が下位であれば……。
だが悩んでいても事態は好転しない。大技を使い魔力がほぼ空になったとしても、フェーネとアーマーペンドだけなら時間稼ぎくらいは出来るだろう。
この程度の不利な状況など、昔からしょっちゅうあったではないか。
ここはやるべきだ。
そう決意したギグズンは、自分の魔力とサリスの魔力を体内からかき集めるようとしたのと、彼の後方、ちょうどハルたちがいる場所から莫大な魔力を感じたのは同時だった。




