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 オックとメルテを結ぶ運河。

 この島の重要なライフラインであり、雪が降ろうと互いに行き来する船が頻繁に通っている。

 積載物だが、メルテから来た船には大量の木材が、そしてオックからは食料が積まれていた。

 メルテ側には、五つの小島が近くにありそこは植林用地として活用されている。更に小島には植物の成長を促す魔道具が埋められている。わずか五年で大木へと成長するほどの効果があるのだ。

 年の半分が雪で覆われているオックでは暖を取るために大量の薪が必要だ。

 雪が降らない季節に伐採し、それをメルテの倉庫へと運ぶ。そして運河を使ってオックまで輸送している。


 オック群は本島と言われる大きな島が一つと、九つの小島で成り立っており、そして十万人の人口を抱えている。

 小島のうち五つが植林用地、残りの四つが麦や穀物などの畑になっている。

 住民は全て本島に住んでおり、小島には春から秋にかけて農家や林業を営む平民が渡り向こうで生活をし、そして雪が降る前に戻ってくる。


 これらの住民の移動や物資を運ぶ船は、群直下の船団が担当している。


 実のところ、わざわざ小島を使わなくとも本島だけで賄える土地はある。

 中央群やサイザウス群、ゲオルティ群など人口密度の高い群は、三階建ての集合住宅や地下深く掘り下げた建物すらあるのだが、オック群は全て平屋だ。それでも本島の土地のうち、三割も使っていないのだ。

 本島の土地を使わない理由だが、ファーティストは船が人々の足である。そのため国が優秀な船乗りを育てるよう定めている。

 だがオックにおいて、本島だけに閉じこもると船を使う機会が殆どないのだ。少なくとも群内船は不要となる。だから船乗りを育てるためだけに、小島を使っているのだ。

 そして乗客船を営む民間の会社は存在しないし、個人で船を持っているものもほぼいない。

 なぜならば、オックは一年の半分が雪で覆われており年の半分は船を使う機会がない。そのため乗客船の会社を作ったとしても一年の半分は未収益になるため経営できないからだ。

 また、船は高価であり個人では到底買えないので、一般の平民が船を持っていることはほぼ無い。

 民間の船は強いて言えば、メルテとオックを行き来する必要のある商人が輸送用の船を持っているくらいである。しかも運河という安全な航路なので、海へ出るために必要な船乗りの資格は不要だ。

 そのためオック群で船乗りといえば群直下の船団を指す。

 弊害として群が民間の船の代理も行っているため、その分の費用が嵩み、金銭的に圧迫されているが。


 船乗りの資格を得るためには訓練校を卒業する必要がある。が、オック群では船乗りの仕事場は群直下の船団くらいしかない。そして群直下のため、船団の上層部、中層部は貴族が占めている。

 一応平民にも窓口は開いているが、現状船乗りの訓練校に平民は少ない。

 ハルたちの学年も十四名の生徒がいるものの、平民はわずか二人だ。そしてそれ以外の十二名の貴族のうち、最上級に位置するのが、オック群の群主代理であるオック公爵家の次男、ツァイフである。



「いーーーやっふぅぅぅぅぅ!」


 吹雪いているというのに、鎖で編んだ鎧を着たツァイフが元気よく運河へと飛び込んだ。

 生徒たちは鎧の品質に差はあれど、みな同じような姿である。そして一本の槍を背負っている。

 ギグズンだけは鎧を着ていないが、同じように鈍い銀色に光る槍を背負っていた。ミスリルという最高質の金属で出来た槍だ。貿易船の副船長になった時、国から支給された武器である。


 さてツァイフだが、いくら外の気温よりも水の中のほうが暖かいとはいえ、いきなり飛び込むと心臓麻痺を起こす危険性がある。水の精霊と融合し水精武装をしていれば水の加護によりそのような事はないが、ツァイフの契約精霊であるハシュナッツも融合せずツァイフと同時に飛び込んでいた。

 主従揃った行動だ。


 本日は船乗り訓練校の実施訓練日である。


「ツァイフ! 勝手に入るな!!」


 当然ギグズンの怒声が飛ぶ。


 訓練校が運河を使用する場所は、普段船が行き交っているところではない。そんな場所で訓練など、船の通行の邪魔となる。

 このため、海と運河が繋がっている拠点で訓練を行う。ここならば島内の物資を運搬する船は来ない。

 また、群間船が停泊する場所でかなり深さもあり、海のすぐ側のため潮の影響も多少ある。

 そして海と運河の境には分厚い鉄柵が設けられているので、知能の低い魔物なら入り込める隙間はない、島近辺は浅瀬なので高位の魔物も滅多にこない。

 訓練校生にとって魔物との実戦は、精霊契約を済ませて各自水精武装が出来るようになってからとなるので、安全に訓練できる場所だ。

 海そのもの、という訳ではないが、それに近い環境で訓練にはもってこいの場所だ。


 そんな場所に一番小さい群内船が五隻、停泊していた。その五隻には、訓練校生と教師、総勢十五名が乗っている。いや、約一名は先ほど運河に飛び込んだので実際は十四名だが。


「先生! 俺、先行偵察要員役になります!」


 先行偵察は、文字通り船の先を泳いで偵察する役割を持つ見張りだ。更に危険度が少ないと判断すれば自己の判断で排除もする、熟練の見張りが指名される要員だ。

 船乗りは大きく、船を操縦して船と客員、あるいは荷物を守る操縦士と、あらゆる危機に対して対処する見張りの二種類存在する。

 簡単に言えばディフェンダーとアタッカーだ。

 必ず船は操縦士と見張りの最低二名いないと海に出てはいけない事になっている。


「勝手に決めるな! ハシュナッツはツァイフを引き上げてナリアが乗っている船へ連れて行け!」


 精霊であるハシュナッツは、契約主であるツァイフ以外の命令に従う筋はない。

 が、彼女は事前にギグズンの契約精霊であるサリスと、訓練校にいる場合で且つ理不尽と思えるような事以外ならギグズンの命にも従うよう同意している。

 そして今回の場合は、明らかに集団秩序を乱したツァイフが悪い。

 ということで、一緒に飛び込んだにも関わらずハシュナッツはすぐさまツァイフを水の綱で拘束し、ナリアの乗っている船へ投げ込んだ。


「ハシュナッツ、貴様裏切ったな?!」

「油断したご主人が悪いのさ、水の中は常在戦場ってな」


 主であるツァイフの文句にキシシと笑うハシュナッツ。そして彼女は溶けるように水の中へ消えていった。


「に、逃げた!」

「ナリア、そこの浮かれ男をしっかり拘束しておけ」

「分かりました、ツァイフ様、観念ください」

「くっ、ハシュナッツと融合して色々とやりたかったのに……」

「資格を持っていないものが、勝手に精霊と融合して海へ出るのは禁止されております」

「ここは海じゃない、運河だ」

「運河は群が管理している公的な場ですからダメです」

「くっそぉ」


 三年前にハシュナッツと契約し、昨年ようやく融合できるようになったが、本来であればまだ訓練校生は精霊契約できない時期だ。

 融合できるようになってから一年経っているものの、未だ家のプールでしか水精武装して潜ったことはない。

 だから今日という日を待ち望んでいたツァイフだった。


「言っておくが融合は禁止だ」


 だがギグズンから釘を刺された。


「な、なぜ?!」

「他の者と差が付く。ここはお前だけの訓練校ではない。水精武装の訓練は皆が契約を終わらせてからだ」

「そ、そんな……」


 既に精霊契約しているツァイフとハルを除いて、十三名が七月に契約を行う。出来れば全員契約できて欲しいと願うが、おそらく二人から四人は契約できない者がいるだろう。

 精霊契約できないと船乗りとして大成はしない。契約出来なかった者たちへの教育も考える必要がある。


 訓練校に入る時点で精霊契約するように変更すれば良いのだが。そうすれば無駄な努力をする必要もなくなる。

 しかし十三歳、訓練校に入学して三年目で契約を試みるのには意味がある。

 訓練校の入学という入り口で契約できず、いきなり躓き船乗りを諦める者も一定数いると推測されるからだ。

 別に船乗りは精霊契約が必須という訳では無い。無いものにも仕事はあるのだ。むしろそちらの方が仕事は多い。

 大きな船には必ず雑用をこなす人員は必須だ。しかしいざ危険が差し迫ったとき、邪魔になるものは居ない方が良い。雑用をこなし、脅威が迫った時は船を守る操縦士のサポートになれる人材は重宝される。そしてたくさんの乗客の身の安全を守るのに、操縦士数名では絶対的に人手も足りない。

 かといって操縦士を何十人も雇えば赤字となる。彼らは単価が高いのだ。


 こうした理由で国にとっては未契約の船乗り資格を持った人員はある程度必要なのだ。


「頭が痛いな」


 国の都合で契約できない生徒も船乗り資格を持たせるのだ。

 必要な事とはいえ教える立場であるギグズンにとっては心にくる。

 かといって一介の教師では何も変えられない。今はできる限り生徒たちに船乗りの全てを叩き込むだけだ。


「さて全員準備はできたか?」


 ギグズンが生徒たちに尋ねると、一斉に「はいっ!」と答えが返ってきた。


「ならば、2−1−2でいけ。ナーヴィが一、ナリア二、ミミリ三、フェルベア四、ケンクリズが五だ。俺は中央のミミリ班に乗る」


 ギグズンの号令で、五隻の船が凹型に並んだ。

 操縦士はオールで船を漕ぐのではない。水流操作で船の船底の水を操って動かすのだ。そのため、魔力が大量に必要となる。

 操縦士は見張り以上に精霊と契約して水の加護を得て、精霊の魔力を使う必要がある。


 さて、肝心のハルはどこにいるのかと言えば……。


「はぁ……何でギグズン先生と一緒なんだよ」


 ハルの乗っている船はギグズンとミミリという女生徒の三人がいた。しかも中央である。

 凹型陣形での中央は指揮船、または旗艦と呼ばれる。戦局を見渡して全体を指揮するのだ。

 だから当然真っ先に攻撃する事はない。


「俺が一緒では不満か?」

「いえ、ツァイフじゃないですけど出来れば俺も前が良かったです」

「どうせ運河ここじゃ魔物は出ない。今日は単に船の操作と探知魔法の実戦だ。戦うなんて事は起こらん。だから経験のあるお前にはつまらんかも知れんが、これも訓練校生として受け入れろ」

「いやそうですけど、それ言っちゃだめでしょう」


 ハルは実のところ実戦を経験したことがある。

 ゼンが亡くなる少し前に、ゼンと海にでたのだ。

 海へ出るには見張りと操縦士の二名が必要であり、ゼンのみだと本来は違反となるが、キーティルを操縦士としたのだ。

 彼女は精霊であり資格も不要で海に出られるし、時と場合によっては融合せず船を守る事もする。

 下位や中位の精霊であれば融合し人の器を介さないと殆ど力は発揮できないが、上位精霊たるキーティルなら、融合しなくとも並の操縦士より遙かに上手く操縦できる。

 ゼンの名声、上位精霊が居ること、そして貴族という肩書き。

 それをもってごり押し、ハルを海へ連れ出した。

 ちなみにさすがに公爵家のツァイフは連れて行くことは出来なかった。それをしったツァイフは後で非常に悔しがったそうだ。


 その時、ハルが相手をした魔物はピーラと呼ばれる体長五十セン程度の魚だ。口から圧縮された水を放ち、鋭い歯でかみついてくるのだが、最下級の魔物でありちょっとした水流操作が出来てしっかりとした鎧を着ていれば、船乗りならまず負けることはない。

 群内船の船乗りなら、まず一番数多く相手する魔物である。


「それに初実戦からもう三年経っています。既に感覚は忘れてますよ」

「そうか? 俺は初めての実戦は忘れられないがな」


 訓練ではない、初めて生と死を賭けた戦いなのだ。一生あの感覚を覚えているものは多いだろう。

 確かにハルも初めて生き物を殺した時、手が震えた。

 生きている魚を捌く事はあったが、ああして海の中で動いて、そして自分の持っている槍で突き刺した時の感触は忘れられない。


「そのまま全体前進! 速度は五で固定!」


 ギグズンが大声で指示する。もっと大きな船同士だと念話を使うが、この程度の大きさなら声を出した方が楽だし早い。念話も魔力を使うため、節約にもなる。

 そして五隻の船が前にゆっくり進む。速度五は、概ね早歩きしている人と同じくらいの速度である。そしてこの速度は徐行速度として決まっている。

 また、全く同じ速度を維持出来るよう水流操作を行う事が、操縦士としての基本となる。

 しかしまだまだ訓練校生、船毎に少し速度の違いがあった。


「ナリア少し遅い! ケンクリズはまっすぐ操作しろ! 操縦士以外は探索し続けろ!」


 探索の魔法は、魔力を音のように扱って反射したものを察知する魔法だ。当然探索中もずっと魔力を放出し続ける。常人なら十分もやれば魔力切れを起こすだろう。

 反射するものは、同じ魔を持ったものである。すなわち人種、精霊、そして魔物だ。

 また同じ探索魔法を複数人で使用すると魔力の波動がぶつかり合い、乱れる事もある。

 そのため探索は一人ずつ交代で行うか、方向を決めて数人が同時に行う。

 今回は後者を選んでいた。範囲が狭ければ消費する魔力も減るし判断も楽だからだ。全方向から返ってくる魔力を前回の反応と異なっているか逐次判断するのだ。かなり頭を使う。

 ギグズンが乗っている旗艦を除いた四隻が、東西南北に探索をかけ続けていた。


「特に異常ありません」


 数分に一回、各船の探索結果をギグズンへ報告する。これが途絶えたら、その船に何らかの異常が発生したものとなる。

 各船には三人ずつ乗っている。

 一人が操縦士、一人が探索、残りの一人は見張りとして船の先端に立ち、辺りを見渡しているのだが……。


「ひまー」


 ナリアが操縦する船には、未だハシュナッツの拘束魔法で拘束されたままのツァイフが船の床に転んだまま、情けない声を出していた。

 だがそれに反応するものはいない。

 ナリアは操縦士として、船の速度を維持するために集中しているし、もう一人も探索魔法で必死だ。誰もツァイフの言葉に反応できない。


「ハシュナッツさえ裏切らなければなぁ」


 ハシュナッツは、遠くはないが近くでもない場所をうろうろとしている。契約者同士は互いの位置が大まかだが分かるのだ。久しぶりに海、いや運河だが、へ来たのだ。ツァイフと契約してからプール以外に水へ潜れなかったハシュナッツは堪能しているようだ。


(ご主人)


 と、その時ハシュナッツから念話が届いた。

 普段とは少し違い、若干興奮気味なのを感じる。


(なんだ裏切り者)

(そんな事言ってる場合じゃないぜ、なんか来る)

(なんかって何だよ)


 と疑問を投げた直後、四を担当しているフェルベア船の探索担当から大声が飛んだ。


「ギグズン先生! 後方約六百メルの位置に何か接近してきます!」





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