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書きためてたの終わりました。次話は三日〜四日くらいかかると思います。

「マーメイドか」


 重い空気が室内に流れていた。

 その部屋の中央には、立派な顎髭を伸ばした三十代後半の男が頭を横に振りながら苦々しげに吐いた。その男の周りには四人の同世代と思われる男たちが、彼と同じように沈痛そうな表情をしている。

 外卿レバルギオス侯爵、内卿オイムレント侯爵、左卿ヘイルバード侯爵、右卿ウルウェイス侯爵、そしてオック群主代理のレヴァイス=オック=サンドルマン公爵。

 彼ら五人がオック群の首脳陣たちである。


 彼らが頭を悩ませているのは、昼間に船団からもたらされた情報だった。

 一つは運河に数体の魔物が侵入してきた事。

 幸い、魔物自体は船乗り訓練校の教師であるギグズンが退けたようだが、その被害額が途方も無かった。

 正直、群の予算では足りない。ただでさえ、来年の建国二千年祭の予算で頭を痛めていたのに、これ以上の金は無いのだ。

 しかしこちらは金の問題だ。まだ何とかなる。


 もう一つのマーメイドという厄介事の方が遙かに大きい。

 魔物と交戦したとき、気絶したマーメイドを保護したという。そしておそらく運河に侵入してきた魔物はそのマーメイドを追ってきたらしい、と。

 マーメイドは魔物ではなく、海に住む人種だ。元々住んでいる領域が異なるため、滅多に遭遇しないし国交もない。敵対もしていないし、友好もしていない。互いに存在は認めるが、力を貸す事もない。

 人の領域である町中に無断で侵入してきたので罰することもできるが、悪意あっての侵入ではなく魔物に追われて逃げてきたのであれば、今後の事も考えてせいぜい怪我が治るまで面倒を見た後、海へ戻すのが正解だろう。

 無駄に敵を作る必要はないし、これで貸しを作れたと思えば怪我の治療費など安いものだ。


 ただし、二点問題がある。

 一つは、なぜ魔物に追われていたか。

 単にマーメイドが魔物と偶然遭遇し、逃げてきただけなら問題はない。が、運河に逃げ込んだマーメイドを追って魔物も町へ侵入しようとしたのだ。単に遭遇しただけなら、ここまで追ってこない。何らかの理由があるはずだ。

 ただし、その理由はこちらにとっては関係ない事だ。早い話、マーメイドと魔物が争っていようが、人は関係ない。

 だが、今回人を巻き込む形となった。受けた被害をマーメイドに補填して貰う必要がある。

 被害の大半は訓練校生が起こした、もっと言えば群主代理であるレヴァイスの次男ツァイフが原因なのだが、そこまで詳しく説明する必要はないものの、交渉のため誰かがマーメイド側と接触する必要がある。

 もちろん保護したマーメイドが上の立場のものなら彼女と直接交渉できるが、見たところせいぜい十代後半だったのでおそらく普通の市民だろう。


 そしてもう一つが今後の魔物の動きだ。

 話によると中位クラスのスキュラが今回襲ってきた魔物だったらしい。スキュラはかなり知能が高く、そして上位クラスの魔物の配下となっている事が多い。

 つまり、今回魔物側から見ると何らかの理由でマーメイドを追ってきたが人に邪魔された形となった訳だ。奪還しに来る可能性がある。

 スキュラを支配下に置くような上位クラスの魔物はそういない。

 過去の例だと海の王クラーケン、深海の主レヴァイアサン、大地のような巨大な亀アスピドケロン、そして海の魔女ローレライだ。

 英雄ゼンが封印したローレライ、実は元々上位精霊だったらしいが、何らかの理由があって魔に堕ちたと教えられている。もちろん一般には伝わっていない話であり、群主代理であるレヴァイスだからこそ知っている情報だ。

 精霊はファーティスト国にとって身近で信頼の置ける友だ。その精霊が魔に堕ちた、などという情報が出回ればとんでもない事態に陥るだろう。だから情報規制されている。

 そしてそのローレライは討伐、ではなく封印された。

 もし今回の事態が、四十年近く昔に封印されたローレライの仕業だとすれば?

 一夜にしてノルマン群の本島が壊滅した、あのローレライの悲劇が再び起こればどうなるか。そしてローレライにとって宿敵であるゼンの契約精霊キーティルは、オック群にいるのだ。

 具体的に言えば、レヴァイスの館のすぐ隣の家。


 襲われない、という理由が見つからない。


 群主代理、という地位にいるレヴァイスだが、彼の持つ範囲を大きく超えている。国を挙げて対応する必要がある。

 だが、兎にも角にも情報収集が先決だ。

 本当にローレライなのか、それとも別の上位クラスの魔物なのかによって対応は異なる。中央群に早船を出すにしても、それが分からないと対応できない。

 いや、最悪を考えてローレライが襲ってくると仮定しておくのが正しいだろう。


「群主代理殿、まずはマーメイドに尋ねて見るのが良いと思うがいかがでしょうか」


 内卿は群内の政治を行っている、文官のトップだ。ハルの両親も内卿配下である。ちなみに外卿が外交、右卿が司法、左卿が軍務を担当している。


「ああ、内卿の言うとおりだな。どの程度で回復する?」

「かなり消耗しておりましたが、おそらく二〜三日後には目が覚めるだろう、と医師は言っておりました。ただし人の場合であれば、という条件ですが」

「いくら腕利きの医師とはいえマーメイドなど診察したことは無いし、仕方はあるまい」

「それと同時に群内の警備強化を」


 そう言ったのは左卿ヘイルバード公爵。オック群の軍務、引いては群の安全を預かる身としては必要だろう。


「うむ、任せる。今出せる情報などを纏め中央との調整を外卿に、マーメイドの対応を右卿に任せる。……いやマーメイドの聞き取り調査には私も出よう」

「分かりました」

「ああ、そうだ右卿。聞き取り調査要員に三名、追加で頼む」

「……三名ですか?」

「ギグズン、ツァイフ、ハルだ」


 はて、と右卿ウルウェイス侯爵は首を傾げた。

 ギグズンは分かる。

 彼は教師として中央から特別に貸し出された人材だ。長年貿易船長を勤め大陸の国々を渡っていたので、オック群にいる誰よりもマーメイドの事は知っているだろう。

 だが、ツァイフとハルを呼ぶ理由が分からない。

 ツァイフは公爵の次男だ。次期群主代理である長男のアルベルトなら練習という事で呼ぶのはまだ分かるが、何故ツァイフを呼ぶのか?

 そしてもっと分からないのがハルだ。

 確かに彼は第一発見者だが、あらましならギグズン一人居れば十分だろう。


「呼ぶのは構いませんが、出来れば理由をお聞きしたい」

「あの二人は上位精霊の契約者だ。そしてハルはかの英雄ゼンの契約精霊とも暮らしている」


 つまり彼ら、ではなく彼らの契約している精霊に聞きたい事がある、という訳だ。精霊だけを呼び出す事はできないし、精霊が契約者以外の命令に従う必要もない。だから契約者を呼べば精霊もついてくる。

 そして一番欲しているのが、ゼンの契約精霊だろう。

 ただ、キーティルはハル本人ではなく、イヴァナーグ家と契約している、と聞いている。


「かの上位精霊キーティルも含めるなら現当主のファフマンかエリスを呼ぶべきでは?」

「いや、キーティルはハルの契約精霊……何と言ったかは忘れたが、少女のような精霊と仲が良いと聞いている。ならハルを呼び出せば問題はなかろう」

「ハルは未成年ですので、ファフマンかエリスに話を通す必要があります」

「ああ、それは任せる」

「承りました。ではマーメイドが回復するのを三日後として、聞き取り調査を五日後に予定しておきます」


 そう答えたが、ハルには厳しいだろう、とウルウェイス侯爵は思った。何せ聞き取り調査には公爵を始め高位の貴族が並ぶのだ。男爵家で、しかも未成年のハルには肩身が狭い。

 しかし将来ハルは当主となるのだ。当主ともなれば、今回のように上からの命令で幾度も肩身の狭い思いをする事もある。練習と思って耐えるしかないだろう。


 心の中ではハルを哀れんだが、外見はそのような感情をおくびも出さなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「は? なんて言った?」

「だから今日から数日間自宅待機だ」


 魔物襲撃事件の翌朝、訓練校へ行こうとした矢先にツァイフから自宅待機を言い渡されたハル。そしてツァイフの後ろにいるアリメイアは残念そうな顔をしていた。


「何故?」

「そりゃ昨日の件に決まってるだろ。ちなみにギグズン先生も同様だ。すでにうちの屋敷に来てる」

「となると他の奴らも?」

「いや、俺とお前とギグズン先生だけ」

「何故?!」

「さあな。でも親父から言い渡されたんだよ、何か理由があるんじゃねぇの?」

「ハル兄様、今日から数日は一緒に登校できないのです。悲しいですがこれも貴族の勤め」

「まあ仕方ないか。どうせ先生がツァイフの家にいるのなら授業できないし。っていうか、何故ツァイフの家に先生がいるんだ?」

「逃げないように、だろ? うちらは貴族だからある意味家に縛られているが、先生は平民だからな」


 貴族は家を最優先と考える。自分の命よりも家の存続を考えるのだ。だから何が起ころうと家を捨てる、という考えには至らないのが貴族の常識である。引っ越しも当然群や国の許可がないと出来ないし、結婚すら家を考えて最適な相手とする。

 しかし平民は異なる。自由に引っ越すし、結婚も自由だし、家出だって自己責任だ。

 有能な平民、例えばギグズンのような、であれば国や群が確保する事もあるが給与や待遇で縛っているだけであり、本人が辞めます、と言えば強制できない。


「逃げられないように、って事は昨日の件ってかなり大事だったんだな。つまり情報規制って奴だろ」

「そうみたいだな。確かにあれはまずったよな」


 ツァイフとハルは、昨日の水害の事を思っていた。

 確かに被害額を考えると途方もないだろう。ハルの家の資産ひっくり返しても到底払える金額でないのは確かだ。そしてそれを起こしたのが、ハルとツァイフなのだ。ハルは英雄の家系だし、ツァイフはオック群を治める公爵家だ。ばれたら非常にまずい。


「でもそれなら他の奴らも同様のはずなんだが、なぜあいつらは待機になってないんだろ」

「さあな。首謀者だけが逃げられないようにって訳かも」


 情報規制、という点は合っているが実はマーメイドを保護したことを規制したかったのが本音である。

 実のところマーメイドについて、他の生徒たちは全く知らない。ツァイフだけは後から父であり群主代理のレヴァイスから聞かされたが、それ以外はツァイフがとんでもない事をやった、くらいの認識しかないのだ。

 それはスキュラを倒したギグズンが即座にハルの元へやってきて、そしてマーメイドを見た瞬間他言無用としたからだ。そしてギグズンは生徒たち全員を一旦訓練校へ返し、一人だけで船団に事情を説明した。マーメイドを保護したなどという情報はなるべく隠しておいた方が良い、と判断したからだ。


「首謀者……か」

「ハル兄様、ツァイフ兄様、わたくしはそろそろ出発致します」


 がーん、という表現がぴったりと合う表情をしているハルに向かって、アリメイアはくすくすと笑いながら一礼してきた。


「ああ、ごめんなアリメイア」

「いえいえ、元はツァイフ兄様のせいですから」

「指示したのはハルだろっ!」

「それを判断して実行したのはツァイフ兄様ですわ。ではごきげんよう」


 颯爽とその場を立ち去っていくアリメイア。

 彼女が完全に遠ざかったのを確認したツァイフが、ハルの近くへ寄ってくる。そして耳をかせ、というジェスチャーをした。


「……?」

「マーメイドの聞き取り調査が四日後に行われる。お前の契約精霊とキーティルを伴って一緒に出ろ、との事だ」


 その言葉に訝しげに首を傾げるハル。

 マーメイドの聞き取り調査に同席しろ、しかも雅とキーティルを伴って。

 なぜ学生で未成年のハルを同席するのか分からなかったが、ツァイフがわざわざこっそり伝えてきたことから、おそらくレヴァイス公爵からの命令だろう。

 更にツァイフを通してきたということは、聞き取り調査が非公式のもの、そしてアリメイアすら聞かせたくないのなら、かなり機密性の高いものだ。

 さらに、雅とキーティルを連れてこい、なので上位精霊たちの意見も聞きたいのだろう。

 ハルは、他種族であるし保護したあとは海へ返せば終わり、とマーメイドの事を軽く考えていたが、考えを改める必要がある。


「雅についてはいいが、キーティルは連れて行けるか分からんぞ。あいつは俺の契約精霊じゃないし」

「ローレライについて、と言ってた」

「は? ローレライ?」

「俺も詳しくは知らんが、キーティルがごねたらローレライについて、とだけ言えばきっと分かるはずだって親父が言ってた」


 ゼンとキーティルは、昔ローレライを封印したが、あのマーメイドがそれと何らか関係あるのだろう。


「……よく分からんが後で聞いてみるよ」

「ああ、頼んだ」


 そう言って踵を返しツァイフは自宅へと戻っていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 部屋へと戻ったハルは、先ほどツァイフから言われたことをそのままキーティルへ話した。最初は全く興味がなさそうで、ハルに一緒に来てくれ、と言われても非常に面倒くさそうな態度を取っていた。

 だがローレライの単語を出した途端、雅とキーティルが珍しく苦い表情となる。


「ローレライ……ですか」

「…………」

「なあ、ローレライって爺さんとキーティルが封印した奴だよな。なんか理由があるのか?」


 ハルが重い沈黙に耐えられず、二人に尋ねる。だが二人は苦々しい表情で顔を見合わせたまま黙っている。

 どうやらハルに伝えても良いかどうか思案しているようだ。


「ま、ハルもトシキの後継者としてそのうち知ることになるじゃろう」

「なあ、トシキって一体誰なんだよ。ってか後継者って何?」

「妾の前の契約主じゃ、詳しい事はいずれ話す。それよりローレライの事が先決じゃ。そのマーメイドとやらは分からぬが、どうやらハシュナッツところの小僧の親はサティと何か関連づけをしたようじゃの」

「そのようですね」

「だからサティって何だよ!?」


 先ほどからトシキやサティといったハルの知らない人名が飛び交っている。一体その何がローレライと関係あるのか全く分からない。

 二人だけで会話が進んでいることに腹が立ったハルは思わず怒鳴ってしまった。だが、ハルへと視線を向けたキーティルの瞳を見たとき後悔した。

 普段は蒼く深い海のような目に、悔恨と懺悔の色が混じっていることに気がついたからだ。雅も同様に悲しみの色を宿している。


「……悪い」

「いや、そのうちハルにも関係してくるやも知れぬ。キーティル、お主から話してやれ」

「分かりました」


 キーティルは一度目を伏せ、そして蒼い瞳でハルの目をじっと見たあと、口を開いた。


「私とゼンが封印したローレライは、元々上位精霊の一体でした」

「は? 上位精霊? ローレライが?」




「彼女の名はサティディール、第五位の序列持ちナンバーズです」




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