卒業
39
家に帰った大地は、両親に内定を取り消されたことを話した。当然、死のうとしたことは黙っていた。
「そんなことってあるの?」
二人は驚いていた。
「でも、だからって内定を取り消すのはおかしいんじゃない。ねえ、あなた」
「そうだな。会社の勝手な都合だからな」
「訴えたらいいんじゃない?」
母さんが言った。
「会社が悪いんだから、訴えたら雇ってもらえるんじゃない?」
「そうかもしれないが、仮に勝って入社できたとしても、会社側からしたら邪魔者以外の何者でもないから、居ずらいんじゃないかな」
「じゃあどうしたらいいの? ようやく決まった就職先なのに」
大地を置き去りにして二人は話は進んでいったが、行き止まりにぶつかった。暗澹たる空気が家族に纏わりついた。
「俺も父さんに賛成。それに、そこまでして入りたい会社じゃないから」
それを払拭するように、大地が言った。
内定をもらった時は、この会社で一生懸命頑張って働こうと思っていたが、あんな仕打ちを受けた今では、そんな気は微塵もない。
「そんなこと言っても、他に内定もらってないんでしょ」
「そうだけど……」
「ねえ、あなたのところで雇えない?」
「どうだろう。うちもそんな余裕ないからな」
父さんは腕を組み、唸った。
「部長でしょ」
母さんが縋るように父さんの肩に手を置いた。
「掛け合ってみてもいいが、大地、お前はどうなんだ?」
「自分の力で頑張る」
大地は自分の意志をはっきりと伝えた。
コネはもういい。また同じ思いに駆られるだけだから。
「でも今から探して間に合うの?」
不安げに母さんが訊いてきた。
「わからない。でも探すしかないから」
両親は何も言わなかった。ただ何とも言えない表情で大地を見つめた。
「けど、すぐにいってわけにはいかない……かな」
死から立ち直ったばかりの大地にとって、死に追いやった場所に戻るのは、少し時間がかかりそうだった。
「ゆっくりやりなさい。就職できなかったからって死ぬことはないんだから」
「そうだな」
優しい笑みを浮かべている両親に比べ、大地は、数時間前、自分がやろうとしたことを思い出し、笑うことはできなかった。
十二月二十四日、クリスマスイブ。
大地と奈々の二人は、小洒落たレストランでグラスを合わせた。
「本当に心配したんだから。一体どうしたの?」
内定を取り消されて、自暴自棄になったと説明した。
「就活ってそんなことも起こるんだ……」
「俺も驚いたよ」
「じゃあ……これ渡さない方がいいかな」
奈々は足もとに置いていたブランドの紙袋を見た。
「クリスマスプレゼント。就職祝いも兼ねてこれにしたんだけど……」
そう言って、奈々は申し訳なさそうに紙袋を大地に差し出した。中にはビジネスバッグが入っていた。
「社会人になってまで就活カバンだと、かっこ悪いかなーって思って……」
「ありがとう。嬉しいよ」
「ほんとに。よかった」
奈々は笑顔になった。
「次は俺の番」
「ネックレスでしょ」
大地が、椅子の下に置いていた鞄から小箱を取り出そうとしたら、奈々が笑いながら言ってきた。
そう言えば、電話で言ってしまっていた。
大地は取り繕うための笑みを浮かべ、プレゼントを渡した。
「ありがとう。大切にするね」
奈々は受け取った箱を開け、そう言ってくれた。
食事が終わって店を出ると、冬の寒さが二人を襲った。
「さむっ」
二人は同時に声を出した。
お互いに顔を見合わせると、笑った。そしてしばらく見つめ合った。
「じゃあ行こうか」
大地は奈々の手を取り、大通りを歩き始めた。
少し歩いて角を曲がると、目的の建物が見えた。そのまま入口まで行ったところで、大地の体がつんのめった。
「奈々?」
奈々が入口で立ち止まっていた。
「ごめん」
そう言って、奈々は繋いでいた手を離した。
「どうした? 今日は無理?」
奈々は俯き、目を合わせようとしなかった。
「今日無理、とかじゃないの」
「じゃあ――」
企業から祈られる時と同じ、嫌な予感が大地を襲った。
「私、他の人とも付き合ってるの。……だから、もう……寝れない」
「他の人って誰?」
抑揚のない声で尋ねる。
「……合コンで知り合った人」
「いつから?」
「……五月」
「二股かけてたってことか」
「大地が悪いんだよ」
そこで初めて奈々は顔上げた。
「就活で忙しいのはわかるけど全然会ってくれないし。大学にも来てないから、会いたいのに会えないし。私がどれだけ寂しかったと思う? わからないよね。大地は私のことなんか全然気にしてないんだから」
「それは……」
そんな気はなかったが、確かに、初めて最終面接に落ちて以来、奈々と会った回数は、正確には覚えていないが、四回か五回か……。いずれにしても遠距離恋愛じゃない二人にとっては少なすぎる回数だった。
就活をすることが、今の自分がすべきことだと思っていた。内定をもらうことは自分にとって大切だが、奈々にとっても、彼氏が就職できるかどうかは、将来のことを考える上でも大切なことだと思っていたが、奈々にとって大切なのは未来のことじゃなく、現在だった。
「それに何? あの電話。遺言みたいなことだけ言って切っちゃうし、どれだけ私を心配させれば気が済むの?」
「心配って、その時にはもう他の男と付き合っていたんだろ」
「それでも好きな人のことなら心配にもなるでしょ」
他の男と付き合っていながらも、自分のことを好きと言うなんて、都合のいいことを言うな。そう思う反面、まだ自分のことを好きでいてくれていることが嬉しいと思う、情けない自分がいた。
「ごめん。私、もう大地とは付き合えない」
「わかった、心配かけてごめんな」
浮気されたのに怒鳴り声一つあげず、挙句の果てに謝るなんて、お人好しだな。浮気されても、それでも奈々のことが好きだから仕方ない。
悲しみを押し殺し、大地は微笑んだ。
「そんな顔するの、ずるいよ」
奈々は大地に背を向け、大通りの人混みの中に消えていった。
「奈々だってずるいよ」
奈々の泣いている姿を見たのは、その時が最初で最後だった。
40
「どうしよう」
大地は駅の近くにあったベンチに腰掛け、奈々からもらったプレゼントが入った紙袋を眺め、途方にくれていた。
使ってもいいけど、フラれた彼女のプレゼントを使う男って、さすがに女々し過ぎる。それに、社会人になる予定もないから、使う時が来るかもわからない。かと言って、捨てたり売ったりするのもなぁー。
怒りに身を任せてゴミ箱に投げ捨てれたら、スッキリするかもしれないのに……。
「はぁ」
この一週間踏んだり蹴ったりだったな。
内定取り消されるは、海で死のうとするは、彼女にフラれたりするは……。二つ目は自分でしようとしたことだが……。つくづくツイてない。
大地はコンビニで買ったビールのプルタブを開け、グイと呷った。
「いい飲みっぷりだねー」
へらへら笑っている林と、スーパーの袋を提げた優が目の前に立っていた。
「どうした? 嫌なことがあったか? 元カノと一緒の名前の私が聞いてやろうか」
大地が林のことを紗絵と呼ばない理由を告白して以来、酔っぱらうと、いつもこの絡み方をしてくる。
「二人は何してるの?」
そんな林を無視して、大地は優の方に話しかけた。
「紗絵の家で飲んでたの。で、お酒がなくなったから買いに来たの」
優は持っていた袋を掲げた。
「そっか」
そしてまたビールを一口飲んだ。
「よし、大地も来い。飲もう。そしてすべてを忘れよう」
「何でそうなるの?」
「細かいこと気にするなって」
酔っ払いに何を言っても無駄なようだ。大地は大人しく林の言うことに従って、家まで行った。
「それで、何があった? 言ってみ」
林の家に着いて、とりあえずビール(大地はさっきまで飲んでいたやつ)で乾杯を済ますと、林が訊いてきたので、ついさっきフラれたこと、それとついでに、内定を取り消されたこを告白した。
「悪いことって続くんだねー」
訊いてきたくせに、慰めることもせず、まるで他人事のような口ぶりだった。
「で、それは彼女に渡す予定だったプレゼント?」
林はブランドのロゴが入った紙袋を顎でしゃくった。
「違う。これはもらったやつ」
「フラれたのにもらったの?」
「フラれる前にもらったの」
プレゼントを交換していた時は、まさかこんな結末を迎えるなんて夢にも思っていなかった。
「本当はまだ好きなんじゃない?」
「……うん」
大地は正直な気持ちを打ち明けた。
「違う違う。大地じゃなくて、彼女の方」
ケラケラと笑う林と、口に手を当てて笑う優を見て、アルコールで赤くなった顔がさらに赤くなった。
「だってさ、好きでもない奴にプレゼントなんか渡す? ましてやクリスマスイブに会う? ねえ?」
笑い終わると、林は真剣な表情で大地に言った。そのあと、優に同意を求めた。
「そうだね。まだ大地のこと忘れられないんじゃないかな?」
「あっ、でも大地とはイブに会って、本命とはクリスマスに会うって算段?」
「励ましたいのか、落ち込ませたいのかどっちなんだよ」
「まあまあ。でも、会うってことは私が言った可能性はなくはないでしょ?」
林は手ぶりを交えて大地を宥めた。
「でも、二股かけてたんだよ」
「それは、ほったらかしにした大地が悪い」
二本目のビールのプルタブを開けながら、林が言った。
大地が悪いんだよ。
ついさっきの場面がフラッシュバックした。
「そんなに俺が悪いのか? 必死になって就活してたのに、そんなに責められなきゃ駄目なの?」
奈々に言えなかった怒りを、同じセリフを言った林にぶつけ始めた。
「就職は自分のためでもあるけど、彼女のためでもあったんだよ。仕事がないと将来のこととか不安になるだろ」
「就活も大事なのはわかるよ。仕事がないと金もないからね。だからって、彼女のことほったらかしにするのはおかしいんじゃない?」
ぐうの音も出なかった。
「まあ、過ぎたことは置いといて、彼女は付き合ってるって言っただけで、寝たとは言ってないんでしょ」
「そうだけど……」
中学生じゃないんだから、手を繋ぐだけで満足するはずない。
「まだ間に合うんじゃない?」
「……そうかな」
大地はテーブルの上に置かれた、乾杯以来手をつけていない結露がついたビールの缶に視線を落とした。
「ねえ、そんなことより何か気付かない?」
「そんなことって、俺にとっては大事な問題だよ」
真剣に奈々のことを考えていた大地が、勢いよく顔を上げて林の方を見た。
「まあまあ。で、何か気付かない」
何がそんなに面白いのかわからないが、笑っている林に宥めすかされ、不承不承と言った感じで、部屋を見渡した。
特に変わったところはないように思えるけど……。
すべてを忘れよう。確か林はそう言っていた。
そのことから、嫌なことがあったと推測できるが、1Kの部屋には、ベッド、テーブル、本棚、机、それ以外に余分な家具もなく、スッキリとした綺麗な部屋だった。暴れ回った形跡も見渡らない。
「ヒント! 何かが足りません」
手をこまねいている大地を見兼ねて、林が手掛かりをくれたが、林の家に来るのは初めてなので、何かが足りないと言われてもわからない。
「正解は彼氏でしたー」
答えを探している大地を待ちかねた林は、両手を広げ、声高に言った。
「そのテンションで言うんだ。フラれた?」
「お前と一緒にするな。フッたんだ」
林は大地を指差した。
「でも、フッた理由は大地と同じ。あいつ他にも女がいたんだ、しかも、この部屋に連れて来てたんだよ。この部屋に!」
今度はカーペットが敷かれた床を、何度も指差した。
「バレるに決まってるだろ。……まあ、度胸だけは買ってやるけどね」
「それで、何で優がいるの?」
林が酒に溺れている理由はわかった。優がいる理由もだいたい想像がつくが一応訊いてみた。
「紗絵に呼び出された」
やっぱり。
「人を巻き込むなよ」
当の本人は気にしていないようで、度数の少ないチューハイを美味しそうに飲んでいた。
「いいじゃん。一人で飲んでたら寂しいだけじゃん。そうだろ?」
「それはそうだけど」
一人ベンチで飲んだ酒は、苦みしかなかった。
「よし、じゃあ今日はとことこ飲もう」
大地の記憶はそこで途切れた。
「いたっ」
目が覚めると同時に酷い頭痛が襲ってきた。
テーブルの上には、空になったビール、ワイン、チューハイ、シャンパン。床にもいくつか落ちていた。
「大地、起きた?」
キッチンから女の声が聞こえてきた。
「奈々」
大地は手を突いて起き上がり、朝の匂いがするキッチンに向かった。
「おはよー。朝ご飯もうすぐできるからねー」
そこに居たのは奈々ではなく優だった。林のものだろうか、黒いエプロンをしていた。
そうだ、フラれたんだった。
大地の頭はようやく働き始め、幻想から抜け出した。
「手伝うよ」
「じゃあ味噌溶かして」
フライパンで卵焼きを焼いていた優は、鍋の横に置いてある味噌の方を見て言った。
「わかった」
二人は狭いキッチンで、並んで朝食の準備を始めた。
とは言っても、ほとんど完成していたので、大地の作業は味噌を溶かすだけで終わった。
みそ汁の具は豆腐だった。
「彼女に電話しなくていいの?」
優が卵焼きを三等分しながら訊いてきた。
「うん。たとえヨリを戻せたとしても、内定もらってない今じゃ、同じことを繰り返すだけだから」
「そっか」
ご飯が炊けたことを知らせる音が台所に響いた。
「あっ、炊けた」
優はじゃもじを持って、炊飯器の前へと移動した。
「優、ありがとう」
大地はみそ汁になった鍋を見ながら言った。
「いいよ。そんな大したもの作ってないんだから」
「そうじゃなくて、俺が死のうとした時、思い留まらせてくれて」
「……うん」
ご飯をかき混ぜる手が止まった。
「優がいなかったから、俺は今頃――」
「言わないで」
優は優しさとも悲しみとも、どちらとも取れる二面性を持った顔で大地を見た。
「もう過ぎたことじゃない」
今は優しさが全面に出ていた。
「ごめん」
優はみそ汁に入れるネギを切り始めた。リズミカルな音が聞こえる。
「友達がどっかに行っちゃうのは辛いからさ。もう二度と味わいたくないんだ、あんな気持ち」
遼のことを言っているのだとすぐにわかった。
「ごめん」
大地は優の横顔に謝った。
「うん」
優はネギを切る手を止めてうなずいた。
「ふぁ~~」
部屋の主が起きたことを知らせる、間抜けな欠伸がリビングから聞こえてきた。
「おはよー。ちょうどよかった、ご飯できたよ」
「おお、さすが優。彼氏にしたいぐらい愛してるよ」
「まだ酔ってるのか?」
「あれぐらいで潰れるわけないでしょ」
あれぐらい……ねえ。
大地は放置されているゴミを見て、肩を竦めた。あのゴミのほとんどが林によって生まれた。
「顔洗ってくる」
林は瞼を擦りながら洗面所に消えていった。
「優はさ、就職がすべてじゃないって言っただろ」
大地は優の顔を見た。優もしっかりと大地の顔を見ている。
「うん」
「でも、やっぱり、何も持ってない俺にとってはすべてなんだ。だから、続けるよ就活」
「何も持ってないって……そんな自分を否定することは言わないで」
「ごめん」
エプロン姿の優に叱られると、母親に叱られているような錯覚に陥る。
「就活続けるのはいいけど……、死なない程度にね」
「わかってるよ」
「二人して何笑ってるの?」
洗面所から顔を出した林が、不思議そうにこっちを見ていた。
「何でもない。さあご飯食べよう」
大地は率先して、優が作った朝ご飯をテーブルに運び始めた。
窓から差し込む冬の日差しは眩しく、世界は燦然と輝いていた。
ただいま。
大地は心の中で呟いた。
41
晴れ渡った三月の青空のもとへ、スーツと袴でドレスアップした卒業生たちが続々と川儀ホールから出てきた。
笑顔で友達と喋っている人。欠伸をしながらだるそうに歩いている人。
その誰もが今日を境に、それぞれが選んだ道へと歩き始める。
社会人。院生。それぞれの道の先には、それぞれの名称が与えられる。大地には今日が終わると、就職浪人という名称が与えられる。
年が明けてからも就活を続けたが、予想通り、採用の矛先は次年度に移ってしまっていた。それでもまだ募集している企業はあったが、結局、内定がもらえないまま今日を迎えた。
それでも、大地の顔は他の卒業生と同じように、晴れやかな顔つきだった。
卒業生たちは学位を授与されるために、指定された講義室へと向う。
「大地、行くよ」
「ああ」
一緒に式に出ていた悠真たちと一緒に、大地も講義室へと向かった。
扉を開けると、誰もいなかった。
大地は、いつも座っている場所に腰を下ろした。
すべての行事が終わったら、ゼミのみんなで集まろうと決めていた。
悠真とは同じ講義室だったが、彼女のところに行くというので、大地は、先に一人で来ていた。
ここに来るのも今日が最後。
朝も、式の最中も感じなかった哀愁を、今日初めて感じた。
大学生になると、決まった部屋で一年を過ごすことがゼミ以外にはなかったからかも知れない。
大地は徐に立ち上がり、部屋を見渡した。ゼミ生が真剣に議論している姿が目の前に広がった。
そこには遼もいた。
記憶の中の遼は、スクリーンの前で何かを熱弁していた。みんなは真剣に耳を傾けていた。
ガチャン。
扉が勢いよく開けられる音がして、その音で記憶の景色は消えた。
「大地」
「優、林」
当然だが二人も袴姿だった。それが新鮮で、二年も同じゼミで学んだ仲なのに、なぜか緊張した。
「何? ぼーっと突っ立って? 黄昏てたの?」
「うん、まあ」
大地は照れ笑いを浮かべた。
「私はあと二年は居るから、全然感じないなー。優は?」
「ちょっと寂しいかな」
「やっぱり感じるんだ。私は二年後にお預けか」
二人も大地と同じように、いつも座っている席に座った。
その後も続々とゼミ生が集まってきた。
みんな指定席のように同じ席に座るのが、見ていて少し可笑しかった。
一つだけ、誰も座らない指定席が大地の隣にあった。
「お待たせしました」
教授が入ってきた。
「みなさん、卒業おめでとうございます。全員が揃って卒業できて、私もほっとしました」
全員ではない。
誰もがそう思っているが口にはしなかった。それは教授もわかっている。
就活で得たものは内定のみ。それも、将来を確実に保証するものではない。代わりに失ったものの方が多い。
学生は傷つき、それでも内定欲しさに、傷つけられた場所へと戻るしかない。
嘘吐き大会は今日もどこかで開催されている。
42
「卒業おめでとう」
「ありがとう。あれ、それ……」
「うん。気に入ってるんだ」
大地がクリスマスにあげたネックレスが、奈々の首元で輝いていた。
卒業式が終わり、あと数日で社会人になる四年生を追い出すコンパ、通称、追いコン。が居酒屋で行われていた。
別れて以来、二人は初めて顔を合わせた。
サークルのみんなに別れたことは言っていないが、何となく感じとっているようだった。
追いコンが始まって数時間。バカ騒ぎが一段落すると、各々、いくつかのグループに別れ始めていた。
奈々は大地の斜め向かいに座っていた。みんなが移動したにもかかわらず二人はそこから動かなかった。
「迷惑……かな?」
「ううん」
大地はゆっくりと首を振った。
「大地さん、留年すればあと一年、学生でいられたじゃないですかぁ」
「お前らと一緒になるぐらいだったら、就職浪人の方がマシだ」
「ひどいっすよ。俺らと一緒に卒業しましょうよ」
できあがった後輩が、甘い雰囲気をブチ壊してきた。
「うるさい。向こう行ってろ」
邪魔者を追っ払い、奈々の方を向き直した。
「大地って、センスいいよね」
俯き加減でネックレスを触りながら、奈々が言う。
「ありがとう。って言った方がいいのかな?」
女は男と違って、別れたら、思い出の品やプレゼントはすぐに捨てるものだと思っていたので、まだ捨てずに着けていてくれていることは嬉しかったが、もしかしたら……、という気持ちになってしまうので、できれば捨てて欲しかったし、捨てていなくても俺の前では着けて欲しくなかった。
林が言っていたことを思い出し、奈々への捨てきれない想いが疼きだす。
「私があげたやつは捨てていいから。っていうか捨ててね。そうしないと……意味ないから」
そんな想いに蓋をするように、奈々が言った。けれど、そう思っているなら、そんな愁いを帯びた目をしないでくれ。
「わかった」
けど、たぶん捨てないだろうな。それどころか、働き始めたら使うんだろうな。
大地はクローゼットに眠っている手つかずの紙袋を思い出し、自嘲した。
「二次会行く人―」
誰かが大声で言った。
「はーい」
二人は揃って手をあげた。
揃ったことが可笑しくて、二人は笑い合った。
お酒が入っているせいか、笑い声は次第に大きくなり、一斉に注目を浴びることになったが、笑い声はしばらく止むことはなかった。