迷宮ボス
水気が指をならすと刺さっていた棒が増えた。
床一面に棒が刺さっている。
水気はそのうちの一つ、初めに刺した棒の上にジャンプして乗った。
ファントムリザードは完全に影と同化した。
地面に溶けるように消えた。
水気は棒の上で目を閉じた。
感覚を研ぎ澄ませる。
部屋には沈黙がおりてきた。
かすかに床を動く黒い影があるが、水気は目を閉じているので気づいていない。
目を閉じて集中している水気からは一切の感情、何を考えているかも分からない。
影が水気の立っている棒のすぐ後ろまで移動したが水気は微動だにしない。
小さかった影がしだいに大きく広がっていく。
影が少し大きくなったとき、床からファントムリザードの顔が目の高さまで出てきた。
その目は水気をしっかりととらえている。
ファントムリザードはニヤリと笑い、一気に水気へと飛びかかった。
ファントムリザードはその勢いのまま、水気に噛みついた。
水気の身体にファントムリザードの牙が深く刺さっている。
血が飛び散り、ファントムリザードの口の端からは血が垂れている。
やってやった……
ファントムリザードはそう思って再び地面へと消えた。
しかし声すらあげなかった水気を怪訝に思った、声をあげる暇さえなかったと考えればそれまでだが、ファントムリザードの本能が激しい警告音をならしていた。
慌てて影からでる。そこには幾千にも刺さった棒の上に立つ、幾千もの水気の姿だった。
「ハハハハ…………」
水気は影から出てきたファントムリザードを見て笑った
静寂に包まれていた部屋は今や、数えきれないほど沢山の水気の笑い声に包まれていた。
本物がどれかすら分からない。
ファントムリザードはひたすら水気に向かって飛びかかった。
水気は避ける様子すら見せずに、次々とファントムリザードに噛み砕かれていく。
しかし、いくら水気を殺してもその数はいっこうに減らない。
数分後
その部屋には水気一人とファントムリザード一体しか存在していなかった。
床には相変わらず沢山の棒が刺さっているがそれだけだ。
沢山いて、沢山殺された水気の死体は一つもない。
水気は相変わらず棒の上に立って、あくびをしている。
ファントムリザードも息が荒くなっている以外、特に変化はない。
水気は一度も、少しも動いてはいない。
数分間ファントムリザードはただひたすら水気に喰らいついていた。
そして、ついに水気は一人を残すのみになった。
ファントムリザードはやっとこのと気が来たかと疲れも忘れ、影に潜むこともなく、水気に飛びつ……こうとしたが水気との距離は縮まらなかった。
それどころか見下ろしていたはずの水気が同じ目線に立っていた。
訳もわからないまま、再び飛び付こうとしたとき、自身の身体の違和感に気がついた。
ファントムリザードの身体には……数えきれないほどの水気がしがみついていた。
しがみつく、消えていたはずの水気の身体には傷はついていない。
しがみつく水気の身体がファントムリザードの身体に消えていく。
それはまるでファントムリザードが地面に溶けるように消えていた時のようだ。
水気が消えていったところから広がるように文字が刻まれていく。
ファントムリザードは身動きがとれないまま自身の身体が文字で埋め尽くされているのをただ見ることしかできなかった。
リアたちはいま、2層に来ていた。
途中、何度も地震があり、その度にリズとクロットが地面を通して原因と水気の気配を探る。
その繰返しのせいでだいぶ時間がかかっていた。
何度か調べた結果はあまり、いいとは言えなかった。
結果だけを言うと水気は下にはいなかった。
あれだけ深かったうえ、本来落とし穴なんて無かったはずだと言われ、地下があるのではないかと疑って探してみようと思ったのだ。
だが一つだけ収穫はあった。
水気の位置は上…ということだ。
正確な位置は水気が落ちた階よりも、八層よりも上だった。
いまやファントムリザードの全身は蠢く文字で埋めつくされていた。
全身から力が抜ける。
これもこの文字の仕業なのだろうか。
水気は倒れるファントムリザードを見ながらあくびをした。
すでに勝負はついていた。
あの沢山の水気はいってみれば呪いの類いだった。
相手は地面に潜ったので、どうしようか考えてみた。
色々な方法があったが、時間をかけてやろうとした結果この方法をとった。
しかし、途中から水気のやる気は失せて来ていた
目の前で次々に術にかかっていくファントムリザードをみていると、自分が動かなくてもいいぶん、この方法をとってよかったと思った。
水気の横にはもう一人の水気がいた。
正確にはこれも呪いの類いだ。
呪文を包んだだけで、映像や鏡よりも少しいいだけというくらいだ。
横に立っていた水気がゆっくりとファントムリザードに近づいていく。
ファントムリザードはピクピクと身体を痙攣させている。
水気(呪文)は痙攣している身体に触れると、その形を呪文に戻した
呪文はピタリと身体に張り付き、ファントムリザードは煙を上げた。
数秒間煙を出したあと、その場には巨大な骨だけが残っていた。
不意に声が響き渡った。
「塔を攻略した者よ。汝の願一つだけ叶えてやろう」
水気は考えるまもなく
「帰ってぐっすり眠りたい」
それだけを願った。
水気の身体が光に包まれた。
光は強くなっていき、光が消えたときには、その場から水気は消えていた。
部屋に残ったのは、ファントムリザードの骨だけだった。
水気が光に包まれる前、リアたちを今までにないほど大きな地震が襲っていた。
かろうじて立っていられるものの、落石などいつ起こってもおかしくはなかった。
「戻りましょう」
シルカが言った。
「待って、まだ茶見さんが‼」
リアがシルカに食い下がる。
「私は貴女達全員の安全を最優先にすると言ったはずよ。」
「でも…」
シルカは少し迷った後、
「リズちゃん、少しだけ揺れを弱めて。
クロットちゃんはその間にもう一度水気君の居場所を探してみて」
「は、はい」
リズとクロットは少し迷った後、行動を起こした。
しかし、いくらリズでも、この揺れをどれだけ抑えることができるのか分からない。
リズが魔法を使用した後、揺れが少しおさまった。
その隙に、クロットは水気の居場所を探った。
「まだ上に…いや、ちょっと待って!?彼はこの迷宮から消えたよ。今さっき」
シルカはリアに向き直り、これでいい?と聞いた。
リアは「うん、ありがとっ」と返した。
「リズちゃん、クロットちゃんもういいわよ。ありがと。全員今から全力で戻って。」
そこからの行動は早かった。
すぐに全員が来た道を戻って迷宮から出た。
それとほぼ同時、リア達の目の前で信じられない光景が広がった。
今まで何年も建っていた迷宮が崩壊を始めた。
さらに迷宮の建っている地面が陥没し出した。
一分もかからず、迷宮は消滅した。




