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ファリーアスワールド

仮面勇者の放浪譚

作者: 蒼枝

11000字ちょいの短編です。

例によって当方の作品群ファリーアス世界に準拠していますが、他作品のキャラクター達とは絡みません。単作でお楽しみ戴けます。

 ファリーアス、という世界がある。

 この世界を構成する要素の一つ「マナ」のお陰で、科学よりも魔法文明が発達した世界だ。

 しかもこの世界、次元の位置が「ある理由」から地球世界と非常に近しいのである。

 そのせいで過去何人かが地球からこの世界にトリップしていたりする。

 これはそんな世界で起こった1人の勇者の物語である。




「ふっへっへ、ねぇちゃん、もう諦めなよ」

「そうだぜぇ……ちょいと身ぐるみ置いていってついでに俺たちの相手をしてくれりゃあ良いんだ。命まではとらねぇよ」


 石造りの建物が建ち並ぶ、迷宮都市ミトラ。

 その街中をちょっとそれた路地裏で、数人の男達が1人の町娘を囲んでいた。

 男達は薄汚れた革鎧を身に着け、短剣やナイフを持って目の前の少女を威嚇している。

 物騒だとは分かっていたが、道を急いでいた少女は昼間だから大丈夫だろうと近道となる路地裏に入ってしまったのだ。

 そこでお約束通りに無頼漢共に囲まれてしまったのは、運が悪いのか少女が軽率なのか。


「いや……いや……やめてぇ……」


 どちらにせよ、ちらつく刃物に少女にはすでに抵抗する気力も無く、路上にへたり込んでしまっていた。


「そうだ……大人しくしていれば優しくしてやるぜ? 俺は優しい男だからな」

「お頭、そんな事言って、この間もっている最中に女の首を絞めて昇天させちまったじゃないですか」

「そうですよ、俺たちが使うまで無茶しねぇで下さいよ」

「へっ……痙攣するあの瞬間が良いんだよ。大丈夫だ、最近加減のコツを覚えたからな」

「いや、いやぁ……」


 暴漢共の言葉に諦観と絶望の色を浮かべる少女。

 もはや少女の運命は風前の灯火と思えた……その時!


「悪行はそれまでだ! 悪党共!」

「だ、誰だ!」


 路地裏に響き渡る力強い声。

 その声に思わず男達は周りを見回すが自分達以外に人影は無い。


「ど、どこにいやがる! 出てきやがれ!!」

「ふ、ここだ! とうっ!」


 声と共にズシャ、と空から降ってくる人影。

 どうやら屋根の上から声を掛けていたらしい。


「てめぇ……一体何の……ぉ?」


 飛び降りてきた男を見て唖然とする暴漢達。

 それもそうだろう、その男は、それほどにインパクトのある姿だったのだ。


 まず、背が高い。

 おそらく2メートル近いのではないだろうか。

 暴漢達の身長が平均170センチ位なので、彼らからしてみれば正に見上げるほどの巨漢である。

 そして体にぴったりとした真っ赤なスーツを着ているせいで、その尋常じゃ無い筋肉の盛り上がりが透けて見える。

 それだけでも男から感じる威圧感は半端ないのに、それに加えて暴漢達を混乱させたのは、その仮面・・であった。

 綺羅綺羅しい上質な布で出来た真っ赤なマスクは頭部全体を覆っている。

 かろうじて地肌が見えるのは目元と口元程度だ。

 マスクは、黒い縞模様が描かれているところからして、おそらくは虎を象った物なのだろうが、赤い生地と頭から伸びた3本角が正体不明の魔物のように見せている。

 もっとも、その角もどうやら布製らしく、男が飛び降りた衝撃で今もゆらゆらと揺れているのだが。

 まったく防具としての役割を果たしてない代物であった。


「おま……一体……」

「え、ええぇ??」


 暴漢だけでなく襲われていた少女まで唖然としてしまったのは無理もないだろう。

 だが、マスクの男はそんな周りに頓着せず堂々と両腕を組んで名乗りを上げた。


「我が名は『獣神ファイヤーサンダータイガー』!」


 それが後に「放浪の仮面の勇者」と呼ばれる彼のデビュー戦であった。


          ※


 戦況は圧倒的であった。

 仮面の男(マスクマン)が、いかに体格が良いとはいえ、相手は武装した複数の無頼漢である。

 対して彼が纏っているのは体の線が出そうな程の薄いスーツと布のマスクのみ。

 普通なら複数の刃に晒されて血の海に沈むのは仮面の男(マスクマン)の方だったであろう。

 しかしこの男は、そんな常識をやすやすと打ち砕いてみせた。

 殺到する刃を手刀で軽々と捌き、逆に壁を駆け上がって(三角飛び)のケリや後頭部への蹴り(延髄切り)見た事も無い投げ技(スープレックス)で次々と暴漢達を葬っていく。


FTTファイヤーサンダータイガートライアングルキック!!」

「うげぇ!!」

FTTファイヤーサンダータイガー延髄切り!!」

「ぎゃあ!!」

FTTファイヤーサンダータイガー原爆固めジャーマンスープレックス!!」

「うげぽっ!?」

C.T.Bクラッシュ・タイガー・バスター!!」

「くぼはぁ!!」


 男が技の名前を叫ぶ度に、暴漢の数が減っていった。

 少女を乱暴しようとしていた暴漢等が、素手の相手に何も出来ずに圧倒され打ち倒されていくのである。

 そして3分もたたないうちに、暴漢等は全員のされてしまったのであった。

 その様子を呆然と見守っていた少女は、はっと我に返ると仮面のマスクマンに向かって頭を下げた。


「あ、あの……危ないところを、ありがとうございました」

「うむ。気にするな。無事で良かった」

「あの、是非、お名前を……」


 いかに全身タイツでマスクの怪しい男とはいえ、善意で助けてくれたことには違いない。

 で、あれば名前を聞いてきちんとお礼を言わなければならない……まさか獣神ファイヤーサンダータイガー、なんてのが本名ではないだろうし。

 少女はそれくらいの良識は持っていた。


「うむ、獣神ファイヤーサンだ……いや、名乗るほどの者ではない。出来れば忘れてくれると有り難い」


 仮面の男(マスクマン)はそう言うと、膝をかがめ軽くジャンプする。

 たったそれだけの動作で彼は2階建ての建物の屋上まで達する。

 驚異的な身体能力である。もしかしたら魔法による身体強化をしているのかもしれないが。

 そのまま家々の屋根を飛び移りあっという間に姿を消した男を、少女は最後まで見つめていたのであった。


          ※


 とどろきごう


 198センチ 98キロ

 現代日本の某県に在住の平凡な一日本人(44歳)である。

 親から受け継いだ農地で農業を営む。

 趣味はプロレス鑑賞、及びマスク集め。

 特にマスク集めは元々プロレス好きから派生した趣味だが、現在ではラバーマスクや能面などの広い範囲にまで手を出していて、その数およそ300種。


 その彼がなぜこんなファンタジー溢れる世界に居るのかというと。


「やっぱりあの鏡のせい……だよなぁ」


 遡ること10日と半日。

 彼が地元の夏祭りを楽しんでいた時だった。

 花火大会は終わったものの、夜店はいまだ賑やかに明かりを灯しており、人通りも途切れない。

 そんな中、とどろきが足を止めたのはセルロイドのお面を売っている一軒の夜店であった。

 彼の趣味はプロレスマスクを中心としたマスク集めであるが、最近は能面やホビーマスクなどにも手を出している。

 そのせいでつい足を止めてしまったのであった。


(ふうん……ドラ○もんにハッ○リ君、魔法少女ぷ、ぷらねっとすたー……だったか? 後は最近のキャラクター過ぎて分からんな……しかし、やっぱり、ちゃっちいな……でもこれはこれで味があるというか)


「よし、おっちゃん、全部1個ずつくれ」

「へぇ!? 全部ですかい!?」

「うん、全部」

「へ、へぇ……毎度」


 つい余計なコレクター魂を発揮してしまい、大人買いをしてしまう轟。

 まあ、単品の値段はそれほどでも無いのでたいした出費では無いのだが。


「うーん、思わず買っちまったが……どこに飾るかなぁ……そろそろ居間も場所が無くなってきたし……と?」


 きらん、と視界の隅にきらめいた光に思わず目をやると、アスファルトの上に手鏡が落ちているのに気が付いた。


「……なんでこんな所に手鏡が? ……しかも結構良い作りじゃないか……側もプラスチックじゃなくて、木彫りに漆を塗ったぽいな……誰か落としたのかな」


 これはヘタをするとそれなりの値打ち物かも知れない。

 近くの駐在へ届けた方が良いか――と、とどろきがその手鏡に手を伸ばしたその時――

 手鏡から目もくらむような閃光がほとばしり、気が付いた時にはグリーン・ロードと呼ばれる大陸の一都市、迷宮都市ミトラの街角に立っていた、と言う訳であった。


 まごう事なき『異世界』というやつである。


 幸い、そこで使われている言語形態はなぜか日本語であった為、意思疎通に問題は無く、生来の頑健な肉体とこの世界に来てから手に入れた特殊能力で日雇い労働者をして糊口を凌いでいたのであった。

 それが今日、たまたまいたいけな少女が襲われている現場を見てしまい、見捨てるに忍びず助けに入ろうとしたのだが……正体を隠す為に、いつも持っている心の師匠『獣神ファイヤーサンダータイガー』のマスクをした途端、訳の分からない絶大なパワーが溢れてきて――なぜかコスチュームまで『獣神ファイヤーサンダータイガー』そのものに変身し、悪漢共をこれでもか、とばかりに成敗したと言う訳である。


「はぁ……俺、本来こんな性格じゃないんだけどなぁ」


 がっくりと頭を垂れるとどろき

 そもそも彼はプロレスラーに憧れて体をマッチョに鍛えてはいるが、自身は何らかの格闘技を学んだ訳ではない。

 至って温厚な農業従事者なのだ。


「それがこの世界に来た途端こんな能力を得るなんてなぁ……まるで漫画かゲームかって所だ」


 轟は、一枚のカードを懐から取り出すと、『ステータス表示』とつぶやく。

 するとスマートフォンサイズのカードの表面にとどろきの現在の身体情報が表示される。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

氏名 トドロキ・ゴウ 44歳 男性

総合レベル 11 ギルドランクE

クラス メイン  仮面使い(ペルソナマスター)LV11

    サブ   運搬者ポーターLV5(LV11)


状態:健康


HP  198(198)

MP   84( 84)


ステータス基本値(LV補正)(その他の補正)

 STR 18 (36)  (+7)

 VIT 18 (36)    

 DEX 10 (20)

 SPD 13 (26)

 INT 14 (28)

 MID 08 (16)

称号

 仮面の勇者(正体を隠している間、全ステータス+30%)

固有スキル

 仮面一体化(装備した仮面の能力を得る)

属性補正

 無し

祝福

 力神タジカラ(STRに+20%補正)

 農業神ミノリ(植物育成に+補正)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

スロット数1

セットスキル【運搬補正+2】


所有スキル

 仮面制作、演技、運搬補正+2、タフネス

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 轟が、この世界での職業斡旋所――ギルドで発行して貰ったこのカードは、身分証明も兼ねている便利カードだ。

 書かれている内容としては特段おかしな事は無い。

 この世界の一般人と比べても、多少前衛職よりだが、ごく普通のステータスだ。

 たった1箇所を除けば。


 固有スキル 仮面一体化


 それが轟轟とどろきごうがこの世界に来て得た、最大のチート能力だった。


          ※


 この世界に落ちた時に持っていたプロレスマスクや屋台の仮面はどうもこの『仮面一体化』というスキルと相性が良いらしい。

 こっちの世界に来てから色々とこっちの仮面も試してみたのだが、多少ステータスが上がる程度で、獣神ファイヤーサンダータイガーのマスクみたいにまるで別人のようになる効果は無かった。

 他にはハッ○リ君のマスクを着ければ物理現象を無視した忍法が実際に使える様になったり、ドラ○もんの仮面は4次元ポケットを使える様になったり(流石に各種秘密道具は取り出せなかった)、仮面ラ○ダーの仮面を着けて放つキックはストーンゴーレムを一撃で砕いたり出来た。


 轟は普段は運び屋と(ポーター)して、迷宮に潜る冒険者達の荷物持ちをして日銭を稼いでいるのだが、この事件以降、自らの能力を自覚した轟は、度々正体を隠して街の住人や冒険者を助ける為にその力を振るうようになっていったのだった。


 そして轟が異世界に来て半年も過ぎた頃。

 すっかりと仮面の勇者の名前は有名になっていた。


「号外っ! 号外だよ~!」


 街の大通りに新聞屋の声が響き渡る。


「また出たよ! 仮面の勇者様だ! 今度は闇ギルドに攫われて身代金を要求されていた伯爵令嬢様をたった1人で救出だ! 今度は青仮面の勇者様だ!」

「へえ、またやってくれたのかい! この間は鉄鋼牛メタルバッファローの群れから赤仮面の勇者様が農村を守ったって聞いたが」

「聞いとくれよ、ウチの娘はね、緑仮面の勇者様に暴漢から助けて貰ったことがあるんだよ!」

「ほう、そりゃ幸運だったなぁ……あ、兄ちゃん、新聞一枚くんな!」

「へい、まいどー!」


 すっかりと街の人気者となった轟。

 もっとも『仮面の勇者』(正体を隠している間、全ステータス+30%)の称号と、ヒーローは正体を隠してなんぼ、という美学からいまだに正体を公にはしていない。

 轟は時と場合に合わせて、『獣神ファイヤーサンダータイガー』『忍者ハッ○リ君』『仮面ラ○ダー』などのマスクを使い分けてヒーローとして活躍しているのだが、その特異な体格から早い段階でその三者は同一人物だともくされており、今ではそれぞれ、赤仮面の勇者、青仮面の勇者、緑仮面の勇者とよばれ民衆のお茶の間の話題をさらっているのであった。

 そんな中、轟は今日も仕事を得に冒険者協会へと向かう。

 そこそこ頑丈で体力があり、しかもこっそりドラ○もんのポケットを取り外して所持している轟の運搬能力は桁違いなので、ポーターとしての轟は冒険者からの評判も良く指名が絶えないのであった。

 この日も知り合いの冒険者パーティから運搬の依頼を受け、ミトラ迷宮の最下層域に潜る予定であった。


「よぉ、トドロキ! 待ってたぜ!」


 ギルドに入った轟を見つけて声を掛けてきたのは、銀色の胸部鎧ブレストプレートを身に付けた金髪の女剣士だった。

 轟ほどではないが180センチほどの堂々とした体躯で、鍛え上げた筋肉が内着インナー上からでも分かる。


「ああ、ジョセフィーヌさん、待たせてしまいましたか」

「いや、アタシも今来たところだよ……それよりジョセフィーヌはやめてくれ。こんなゴツイ女にゃ似合わないってのは重々承知しているんだ。ジョゼでいい」

「……私は意外と似合っていると思いますけどね。どちらかというと虎とかヒョウのようなしなやかな筋肉ですし、私のような見せかけの筋肉よりずっと美しいと思いますよ?」


 実戦とサバイバルの中で練り上げた実用一点張りのしなやかな筋肉。

 プロレスラーに憧れ、フィットネスクラブとプロティンで人工的に作り上げた見栄え重視の筋肉ダルマ――と自己を評価している轟にとって、ジョセフィーヌの身体はお世辞無しに輝くほど美しいものだった。


「ばっ……ばっか! お世辞言ったって料金はおまけしないよ!?」

「いやいや、お世辞じゃ無く」

「あーーっもうっ……仲間が待っているんだ。さっさと行くよっ!」


 赤くなった頬を隠すように踵を返すジョセフィーヌ。

 轟は大型の背負子しょいこを担ぎ直すと、ジョセフィーヌに続いてギルドを出たのだった。


          ※


 轟とジョセフィーヌは残りの人員とは迷宮前で合流した。

 ジョセフィーヌだけ物資の買い出しのついでに轟を迎えに来ていたのである。

 轟の今回の依頼人であるジョセフィーヌ達のパーティを簡単に紹介すると――


 守り手(タンカー)役であり、パーティリーダーの重戦士ベルフ。

 攻撃役アタッカーの二刀剣士ジョセフィーヌ。

 罠や仕掛けの専門家、探索者サーチャーの猫系獣人族リュリュ。

 魔法系攻撃役、魔術師のシュトルフ。


 これに員数外の運び屋(ポーター)である轟を加えて5名という編成である。

 平均ギルドランクはB。

 迷宮都市ミトラのギルドでもトップに近いチームであった。

 轟はここ最近はほとんど彼らの専属として一緒に潜っている。

 言わば5人目の非公式メンバーのような扱いであった。


「お、きたなトドロキ。また今回も頼むぜ」

「トドロキさんが一緒だと迷宮から持って帰れる量が桁一つ違いますからねぇ」

「ああ、普段なら討伐証明部位と魔石……後は素材をザック一杯分くらいがせいぜいだからな」

「肉を棄てないで持って帰れるのが地味に嬉しいにゃ。槍鳥パイクバードとか塩と炭で焼くと絶品にゃ!!」


 表向きには轟の運搬能力の秘密は素の肉体能力+20倍空間圧縮魔法の掛かった背負い袋のおかげ、と言う事になっている。

 実際には普通の背負子と背負い袋なのだが、袋の内側にドラ○もんの四○元ポケットを仕込んであるのだ。

 なので、20倍どころかほぼ無限に収納できると言う事になる。

 轟は適当なところで収納限界を伝えて誤魔化しているが。


「ああ、みんな、無駄話はここまでだ。今日もキッチリ稼いでみんな無事に戻って来るぞ!」

「「「「「了解」」」」にゃ」


 ベルフの言葉に改めて気を引き締め直した一行は、迷宮入り口近くに設置されている3つの小部屋へと歩を進めた。

 ここにはそれぞれ地下5階、10階、15階に直通するワープポータルが設置されており、1~4階が上層域、5~9階が中層域、10~14階が下層域、それ以後が最下層域と通称されている。

 轟達が潜るのはもちろん最下層域だ。

 一番右側の小部屋にパーティが全員入ると光が小部屋を満たしていく。

 そしてゆっくりと光が収まった時――其処にはすでにパーティの姿は消えていたのだった。


          ※


 ミトラ迷宮・地下18階


 轟達一行は順調に探索を進めていた。

 実際、地下15階からは最下層域と言われているのだが、人が確認できているのは地下20階まで。

 それ以降はいまだ未踏破地域なので、平均Bランクパーティと言えど油断は禁物と言える。


「……しかし今回はしけてるにゃ……黒曜蟲ブラックビートルどころか槍鳥パイクバードも出てこないにゃ」


 探索役のリュリュが不満げに口を尖らせる。

 ちなみに黒曜蟲ブラックビートルとは、ある種の宝石として加工される美しい光沢を持つ蟲型の魔獣で、結構な高値で取引される。いわゆるボーナスモンスターである。


「おいおい黒曜蟲ブラックビートルはともかく槍鳥パイクバードはいいだろうがよ……あんなんいっぱい出て来てもうざったいだけだぜ」

槍鳥パイクバードは重要にゃ! 至高の焼き鳥素材なんにゃ!」

「静かにしろ、リュリュ、シュトルフ……ここは最下層だぞ」

「ベルフ、そんな事言ったってな、こう相手が居ないんじゃ……」


 リーダーベルフからのお叱りに首をすくめる魔術師シュトルフ


「でもまあ……確かにおかしいですねぇ……もしかしたら魔獣が居ないのにはそれなりに理由があるんじゃないでしょうかね?」

「なんだよトドロキ……理由って」

「例えば」

「……例えば?」

「何者かに狩り尽くされた、とか。もしくは追われて逃げた、とか」


 轟の上げて見せた可能性に、一同は思わず足を止める。

 そう、ここは迷宮の最下層域。

 未踏破域までほんのわずかしか無いのだ。

 もしそこから未確認の強大な何かが迷い込んで来ていたのだとしたら?


「……可能性としては無くも無い、な……ここは一度帰還を考えるべきか」

「お、おいおいリーダーベルフ、今戻ったらほとんど儲けなんか出ないぜ?」

「……しかしな、トドロキの指摘した可能性は無視できん」

「そんなん滅多にある事じゃ――」


 ブジュル!!


「ない……?……ってなんの音だ?」


 ブジュルルルル……ボブップヒュ……


「……スライムの活動音に似ているにゃ」

「な、なんだよスライムか。驚かせやがって」

「……似ているってだけにゃ。音からしてもっと、もーーーっと大型だと思うにゃ」

「リュリュ、大型って……どの位だ?」

「分からないにゃ。少なくともグレータースライムよりは大型だにゃ」

「……逃げましょう、ベルフさん。余計な危険を負うことは無いです」


 トドロキの提案に頷くベルフ。

 グレータースライムは総重量300キロを超える超大型のスライム。

 彼らであれば倒せないことも無い、と言うレベルの敵だ。

 だが、音の主はそれよりも遙かに大型だという。

 正体不明の謎の敵を前にして、ここは一旦態勢を整えるべきだ、とのリーダー(ベルフ)の判断にメンバーは揃って頷いた。


「よし、では皆……音を立てずに後退だ。十分離れたところでシュトルフの地上帰還リターン・グラウンドで脱出するぞ」


 ベルフの指示でパーティがそろそろと後退を始めようとしたその時!


「う、うわぁぁぁっ!!」

「なんだっ! どうしたジョゼっ!」

「あ、足がっ! 動かないっ! アタシの足に何かがっ!」


 シュトルフが二刀剣士ジョゼの悲鳴に彼女の足下を『光明ライト』の魔法で照らすと、ゼリー状の青黒い触手がジョゼの両足首に絡みついていた。

 それはまごう事なきスライム。

 だが、Bランクパーティの隙を突いて一体どこから現れたのか?


「こっ……こいつっ……石畳の隙間から染みだして来てやがるっ……ぐぁっ……熱っ……と、溶かされる……助けてっ……」

「ぐっ、このっ!」

「ジョゼを離せにゃっ!」


 ベルフの長剣とリュリュの突剣スティレットがジョゼの足元のスライムに向かって突き出される。

 もちろん当のジョセフィーヌも二刀を使って攻撃を加えているが効果的なダメージを与えられているようには見えない。


「くっ……スライム類は物理攻撃にゃ強いってのは相場だが……それでもここまで通じないってのは!? 普通のスライムじゃねぇのか?」

「ベルフ、リュリュ、離れろ! 『貫き導く氷弾(アイスボルト)』を使う! 凍ったところで叩き壊せ!」


 シュトルフの声に慌てて飛び退くベルフとリュリュ。

 その直後、ジョセフィーヌの足元のスライムに『貫き導く氷弾(アイスボルト)』が着弾、凍り付いた。


「今だ! 叩き壊すぞ!」


 ベルフの合図で一気に3人の刃が打ち込まれる。

 5回、10回と刃が振るわれ、ようやくジョセフィーヌの足はスライムからの脱出に成功した。


「大丈夫か! ジョゼ!」

「くっ……足が動かないよ」

「……トドロキに預けてた荷物にポーションがいくつかあったな。それで間に合えばいいが……」


 ジョセフィーヌの両足は肉が酸によって焼けただれたような有様になっており、一部は骨まで見えている。

 あきらかにポーションの効能を超えたダメージであった。


「トドロキ! ポーションを! ……トドロキ?」


 常にパーティの後方に位置すべき運び屋(ポーター)である轟の姿が見えない。


「トドロキ! ジョゼが危ないんだ! どこに居る! まさか……」


 さてはパーティの危機に怖じ気づいて1人逃げ出したか……と怒気に顔色を染めるベルフ。

 ベルフが更に轟を探そうと、元来た道を戻ろうとした時。


「お、おいベルフ……スライム……倒した、よな?」


 心なしか震えるシュトルフの声に、再びベルフが振り返ると……其処には先ほどにも増して大きくなったスライムが復活していた。


「なに!? 倒したはずっ……」

「アレで全部じゃなかったんにゃ!! やっぱり、もっともーっと大きかったんにゃ!!」


 慌てる一行の前で、スライムはどんどんと石畳みから染みだし、その大きさを増していく。

 最終的には通路をほぼ塞ぐような形にまで増大したのだった。


「くっ……こんなスライム、聞いた事ねぇぞ……」

「……暴食粘菌グラトニースライムっ……この迷宮にも居たのかっ……」


 その正体を察したシュトルフが顔を青ざめてつぶやく。


「シュトルフっ……知っているのか」

「ああ。こいつは『暴食粘菌グラトニースライム』……聖属性以外のエネルギーをすべて吸収、おのれの体に変える……最悪のスライム種だ……さっきの『貫き導く氷弾(アイスボルト)』のダメージもすでにおのれの栄養として変換したはずだ」

「ち、剣は効かない、魔法は喰らう……無敵って事じゃねぇか!」

「神官系列の術師が居れば何とかなるんだが。うちのパーティにゃ……」


 彼らのパーティは攻撃力に特化していて回復職が居ない。

 これまでは安全のマージンを大きく取って探索していた為、運び屋に持たせたポーション等で回復は間に合っていたのだ。

 そして人数は1人減ればそれだけ分け前も増える。

 結果、彼らはずるずると回復職無しで今までやってきてしまったのだ。


「ちっ……逃げるにしても……」


 思わずちらりとジョセフィーヌの方に目をやってしまうベルフ。

「だめにゃ! ジョゼは置いていけないにゃ! ジョゼの毛繕いは天下一品なのにゃ!!」

「ち、分かってるよ!! こっちだってそんな後味の悪い事したかぁねぇ!」

「そういう事だ! リュリュ、お前はジョゼの鎧を引っぺがしたら抱えて逃げろ! その間くらいは俺とベルフのオッサンで押さえててやる!」

「み、みんな……」


 思わず涙ぐむジョセフィーヌ。


「シュトルフ、凍結系の魔術はどの位いける」

「……ボルト系で20発。吹雪ブリザードなら2発ってとこか……足止めくらいにゃなるがその分ヤツもでっかくなっちまうぞ」

「それでいい。時間を稼いだら俺たちも逃げるぞ」

「……逃げ切れりゃいいけどな……ったく、真っ先に逃げやがってトドロキのヤツ!」

「文句を言ってる間に、撃ちまくれ! 来るぞ!」


 まるで巨大な花のようにその触手を多数広げ、一行に襲い掛かる『暴食粘菌グラトニースライム』。

 それに対してベルフの長剣とシュトルフの『貫き導く氷弾(アイスボルト)』が対抗するが、如何せんあきらかに火力不足。

 動きを止めることを期待された『貫き導く氷弾(アイスボルト)』も、膨大な相手の体積の前には正に焼け石に水。

 逆に2人はどんどんと鞭のような触手でダメージを負っていく。


「……だめっ……アタシは良いから逃げるんだ! このままじゃ!」

「ジョゼは大人しくアタシに背負われるにゃ!」

「でもっ」


 すでにベルフとシュトルフはおのれの死を覚悟していた。

 それでも全滅するよりはよい。


「最後に女を守って死ぬなら上出来かっ……」


 やがてシュトルフのMPが切れ、ベルフの剣も暴食粘菌グラトニースライムの体液である酸でぼろぼろになる。

 リュリュも、ジョセフィーヌの大柄な体からやっと鎧を引っぺがし、背負おうと悪戦苦闘しているところで、到底逃げ切れるとは思えない。

 一行が絶体絶命の危機に陥ったその時。

 薄暗いダンジョンに、闇を切り裂く鮮烈な光があふれ出た!


「互いを思う仲間達をその邪悪な触手で喰らおうとは許せません!」


 光の最中に立つ巨大な人影(・・・・・)が妙に野太い声で暴食粘菌グラトニースライムに指を突きつける。


「魔法少女プラネットスター、星の導きでお仕置きよ!」


 堂々と名乗りを上げたその姿は、妙にフリルの多い服とミニスカートに身を包んだ筋骨隆々とした2メートル近い大男だった。

 なのになぜか顔だけが可愛らしいツインテールの少女の物だったりする。

 実に不釣り合いなこと甚だしい。


「「「「・・・・・・・・・・」」」」


 戦いの最中という事も忘れて絶句する4人。

 その4人を尻目に暴食粘菌グラトニースライム相手に蹂躙を始めるプラネットスター。


「プリンセス~スターライトアタック~」


 プラネットスターが奇妙なポーズを付けながら、手に持った可愛らしいステッキを振ると、そこから星形の光がいくつも飛び出し、暴食粘菌グラトニースライムを一瞬の間に焼き尽くす。

 見た目に似合わない凶悪な聖属性攻撃であった。


「ふう、モンスターはもう退治しました♪ 安心してくださいね? 傷も今、治しちゃいますから!スターヒーリング~メディティション☆」


 再び振るわれるプラネットスターのステッキ。

 一同が思わずビクッと身構えたのは無理も無いことだった。

 が、その効果は正に奇跡。

 ベルフやシュトルフの傷はもとより、最高位回復魔法が必要かと思われたジョセフィーヌの両足もすっかりと健康な状態を取り戻していた。


「もう悪いところはありませんか?」

「あ、ああ……その……助かった。ありがとう……」


 プラネットスターに聞かれ、思わず答えるジョセフィーヌ。


「いえいえ、正義の味方の使命ですから!」

「……で、な?」

「はい?」

「トドロキ……その格好、何の真似だ?」


 ぴきり、とプラネットスター……トドロキの時間が止まる。

 それはそうである。

 この階層まで潜れる人物は限られていて、しかも特徴的なその体格と野太い声。

 これでどうしてばれないと思えるのか。


「ひ……」

「ひ?」

「人違いですぅぅぅぅぅ~!!!」


 ドップラー効果を残して駆け去って行くトドロキ。

 そしてこれ以降、ミトラで仮面の勇者が現れることは無かったのである。


 その代わりに世界各地で仮面の勇者が現れるようになり、いつの間にか『放浪の仮面の勇者』と呼ばれるようになったとか。




              ◇◇おわり◇◇

  

 

前書きで他作品と絡まないと書きましたが、轟が拾った手鏡というのは……はい、某クノイチさんの作品ですね。

落としちゃ駄目だよチトセちゃん。

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― 新着の感想 ―
[良い点] チトセちゃんと轟のUダブルフラッシャーがみたいなぁw
[良い点] うん、物理が効かないスライム相手ならやっぱり魔法ですよね(白目 [気になる点] リアル青狸思い出しちゃった…もう轟君がジャン=レノ氏にしか見えない [一言] 笑わせていただきました、とても…
[一言] ひっそりと今でも更新待ってたりします。 各地にふらりと寄ってちょっとだけみんなを助けて、体格でばれて逃げるように去る様な連載でなく連作ぽい話かなと妄想 股旅系の話が好きなんでw
感想一覧
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