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どうして覚えてないの、ねえ。
どうしてもなにも、なにを思い出せというのか。だって俺は生まれたばかり。姿こそ大人だけど、頭の中は空っぽなんだよ。
俺が唯一確認できたことって言ったら、人間と同じ形なのに人間じゃないことぐらいだ。俺を作ったという輝秀ってやつがそう言っていた。
人間で言う心臓の辺りに酷い痛みがした。じわじわとあふれ出してくる赤い液体。
人工的に埋め込まれた知識はそこそこある。この液体が人間の体の中で流れている血だってことも理解できたし。てか俺にも血が流れているんだ
でも、ここで倒れないのが人間との違いなのかな。
どうして、だなんて目を見開く少女。まあ会ってや否俺に包丁を突き刺してきた奴だ。
逆に俺が聞きたいよ。どうして俺は刺されたんだ。俺はこの子なんて知らないし、きっとこの子だって俺のこと知らない…
わけがなかったんだ。あーうん、ちょっとだけ思い出したような気がする。俺さ、前もこの子に殺されてるよ。
そこまでだった。どうして俺が殺されたのかとかこの子がどうとか誰とかそういうのは全然思い出せない。
突き刺さったままの包丁を引き抜いてそのまま床に放り投げる。とりあえずこれからもよろしく、なのかな。
そう思って手を差し伸べるとすごい勢いで振り払われてしまった。え、怖い。
…でさ、どうして俺はここにいるんだっけ。……あ、そうだ。
隣で苦笑している奴を見る。そうだ、俺はこいつに連れてこられたんだ。
これからは三人でここに住むって言われて家の中に招待されて、待ち構えていた少女にこれ。
「まあ、まだ序盤だし…」
「は?」
「しょうがない、か。大丈夫?刺されたところ痛くない?」
とりあえず俺を残して先へ先へと話しを進めるのはやめて欲しい。ただえさえ真っ白なのに。
唖然としながら まあ痛いかなぁ… なんて曖昧な返事をする。するとそいつは青く手を光らせて…え、光らせて?
「傷を治せるんだ、生まれつき」
「へ、へえ…」
「ジッとしててね」
なにこいつ俺の知ってる人間じゃない。
これは俗に言う仙人とか能力者とかそういうもんなのか?分からない、分からなさ過ぎる。
ある程度痛みが治まったところで光は消えていった。
「はい、おしまい」
「ありがとう…えっと、」
「厩戸。宝龍厩戸です」
男とは思えないほど可愛い笑顔で手を差し伸べてきてくれた厩戸。…え、男であってるんだよな!?
戸惑いながらも手を握ると嬉しそうに頬を緩めてよろしくねだなんて可愛いにも程がある。
いやまてまてまて、俺、俺さ、もしかして昔厩戸と、
「莢、」
「!」
「莢、久しぶり、莢」
どうしてどうして、なんでお前も覚えてるんだよ。
笑顔のままボロボロと泣き出した厩戸に、出掛かっていた記憶がすべてぶっ飛んだ。
どうして俺だけ思い出せないんだ。覚えていないんだ。なんで、なんで。