辺境伯令嬢は王命に異議申し立てる
ウルスラ王国の南部に領地を持つホルス辺境伯領は、ホルス海峡と呼ばれる細い海峡を挟んでアルナール帝国と対峙する要衝である。ホルス湾という巨大な湾に他国との貿易を担う国際港を擁する豊かな領地でもあり、王国最大の海軍本部も置かれた国防の要であった。
そんなホルス辺境伯家に、一つの王命が届く。
「一人娘アリアーナの婿として、王国騎士団総長の次男カイゼルを迎えよ」
王国派閥においても国王派に所属するホルス家に対し、陸軍と海軍の連携を密にするべく、双方のトップ同士を婚姻させようという王家からの提案であった。
本来ならば領主夫妻にさらなる子宝を期待し、跡取りの男子を望むところだ。しかし、五年前から頻発する帝国の海賊行為への対応に追われ、夫妻には夫婦生活の余裕すらなかった。幸いにもアリアーナには船団指揮において類稀な才能が芽生えており、領主は「今後男子が生まれたとしても、家督はアリアーナに譲る」と明言。
それを受けて下された入婿の王命であった。
アリアーナとカイゼルは王都で一度顔合わせをして婚約を交わし、それからは手紙のやり取りで親交を深めていた。
だが、この婚約に黄色信号が灯ったのは、アリアーナが貴族学院に入学してからである。
再会を果たしたカイゼルは、なぜかホルス家の戦力を「剣も扱えぬ弱者」と貶めるようになっていた。王都の騎士団で「海軍の女に尻に敷かれるな」と吹き込まれたのか、あるいは陸軍としての誇りを歪んだ形で誇示しようとしたのか。
すでに海の戦いは大砲とマスケット銃が主役であり、それらは陸軍に先駆けて実戦配備されている。アリアーナは誤解を解こうと反論したが、カイゼルは馬耳東風で聴く耳を持たなかった。
さらに二年に進級すると、事態は悪化する。学院に在籍する第二王子殿下と貴族派の男爵令嬢が恋仲となり、カイゼルはそれを後押ししていたのだ。宰相のご子息や魔導局長のご子息まで同調している。
「学院では身分をひけらかさず、爵位が低くても能力主義で国を動かすべきだ」と語り、低位貴族たちを引き込んでいた。
危機感を覚えたアリアーナは、第二王子の婚約者である公爵令嬢エリザベートのもとを訪れた。
「エリザベート様、これは非常に拙い状況ではないでしょうか?」
プラチナブロンドの美しい髪を耳の後ろへサラリと流し、アリアーナに問われたエリザベートは苦笑した。
「ええ、とても拙いわね。男爵令嬢と殿下が恋愛ごっこを楽しむだけならまだしも、身分差の撤廃を口にし始め、それを低位貴族たちが真に受け始めたのが実に危険だわ」
「私の婚約者であるカイゼルは、海軍が剣を主力としないことを馬鹿にしておりました。王都貴族の認識はその程度なのでしょうか? 実力主義を掲げながらあの程度の認識では、極めて危ういのでは?」
「ええ、その通りよ。中央部は争いから遠いゆえ、いまだに騎馬と剣が主流なの。伝統の弊害というヤツね。頭が固いのよ」
「エリザベート様が社会の実状をご理解くださっているのは救いです……ですが、お答えしにくいことを伺います。国王陛下や宰相閣下、公爵様方など高位の方々の認識はいかがなのでしょう?」
「陛下や宰相閣下はまともよ。残念ながら、うちの父やあなたの婚約者の父親である騎士団総長は、少々古いけれど」
「……私もエリザベート様も、認識の甘い男たちを婿に迎えることになりますわね」
「そうね……王命ですから」
音のない溜め息が、エリザベートの口元から漏れた。
「エリザベート様。失礼ながら、すでに諦めておいでですか?」
エリザベートは少し目を細めてアリアーナを見つめると、そっと視線を落とした。
「アリアーナは真っ直ぐね。私は疲れてしまったの。父に訴えても『若気の至り』の一言で片付けられ、殿下に注意を促せば堅苦しいと嫌がられる。私が寄り添わないから悪いと責められ、派閥の令嬢からは男爵令嬢の好き勝手を許していると非難され……もう、手の打ちようがないわ」
アリアーナはエリザベートの手にそっと自分の手を重ね、決意に満ちた瞳で告げた。
「では、私から陛下に直接お伺いを立てましょう。エリザベート様、どうか陛下との会談の場をご用意いただけないでしょうか?」
「アリアーナ? 何を……?」
「陛下に、王命による婚約の破棄を直訴いたします」
エリザベートは、この時初めてアリアーナと強く目を合わせた。
◇
「楽にせよ」
エリザベートの計らいにより、アリアーナは国王陛下との会談を取り付けることに成功した。エリザベートと共に、陛下の御前で胸に手を当てて跪く。 会談の場には宰相閣下や騎士団総長、公爵といった国王派の重鎮が顔を揃えていた。陛下がこの会談を重要視してくださったのだと、アリアーナは胸をなでおろした。
「この度は突然の申し出をお受け入れくださり、誠にありがとうございます」
アリアーナからの頼みとはいえ、場を整えたエリザベートが代表して感謝を伝える。 陛下は頷くと、アリアーナに視線を移した。
「お初にお目ににかかります。ホルス辺境伯家長女であり、次期辺境伯のアリアーナと申します」
「うむ。余に話があると聞いている。遠慮なく申せ」
直答が許された。陛下ご自身はすでに問題の本質を理解し、認識を共有してくださっている——アリアーナは直感した。
アリアーナは立ち上がると、毅然とした態度で言葉を紡ぐ。
「感謝いたします。私は、王命による婚約の破棄を陛下に賜りたく、お願いに上がりました」
「バカな!」
叫んだのは公爵であった。
「王命の破棄を求めるなど、反逆と同義だぞ!」
騎士団総長がそれに続く。しかし、アリアーナは黙って陛下を見つめ続けた。
「何を黙っている! 答えよ、アリアーナ嬢!」
公爵が声を荒らげる。アリアーナは公爵と騎士団総長へ一瞬だけ視線を向け、小さく息を吐いた。
「お二人とも、お静かに願います。私は陛下より直答を許され、お言葉を申し上げております。当事者でもないお方が陛下を差し置かれて騒ぎ立てるとは、一体何様のおつもりでしょうか?」
「何を……!」
「控えよ」
年若い令嬢に礼節の無さを指摘され、顔を真っ赤にした公爵を、陛下が一言で制した。
「余がアリアーナと話しておるのだ。アリアーナの言う通り、わきまえよ」
陛下の言葉に、公爵と騎士団総長は不快感を露わにしながらも口をつぐんだ。
「して、王命破棄の理由を聞こう」
「はっ。私の婚約者であるカイゼル様は、王命の真意である『陸海軍の緊密な連携』を担うには不適格でございます」
その言葉に、陛下は初めて感情を覗かせた。口元をニヤリと歪めたのだ。
(……もしや、楽しまれているのかもしれませんね)
「詳しく聞かせよ」
「はい。カイゼル様は海軍が剣を主力としないことを捉え『騎士にあらず』と見下しております。さらに南部辺境へ婿に入る身でありながら第二王子殿下の側近に納まり、男爵令嬢との不純な交流を助長する始末。そのような見識の狭い者を辺境伯に迎えるわけにはまいりません」
「なるほど。騎士団総長よ、アリアーナの申し出をどう聞く?」
我が子を「見識の狭い者」と言切られた騎士団総長は、憤怒を隠さず居丈高に言い放った。
「騎士とは剣を振るい、馬を駆る者! アリアーナ嬢は騎士の本質をまるで理解しておられんようだ!」
アリアーナは、その言葉に思わず鼻で笑った。
「そのような時代遅れの認識をお持ちの方に婿入りされては、我が辺境伯家の存続に関わります。婚約の白紙、あるいはまともな認識を持つ家柄との差し替えを望みます」
「小娘がほざくな! 何様のつもりだ!」
「次期辺境伯にして、ホルス辺境伯の全権代理です! 何様かと問うならば貴方の方でしょう! 剣を振るい馬を駆るのが騎士だと言いましたね!? ならば今すぐホルス海峡へ赴き、帝国の海賊どもを馬で海へ乗り入れ、剣で叩き切ってみせなさい!」
「む、無茶を言うな! 我らは陸軍の騎士だ!」
「それが通用しないから海軍が存在するのです!」
アリアーナは騎士団総長を一蹴すると、再び陛下に向き直った。
「このような認識で王命の婚姻を結ぶなど、国家を危機に晒すのと同義です。第二王子殿下とエリザベート様の婚約についても同様でございます。殿下は身分を無視した実力主義を気取り、側近にはこのような古い認識の男を囲っておられる。このままでは国家滅亡のリスクさえございます。重ねて、王命の白紙撤回をお願い申し上げます」
「殿下を……王族を侮辱する気か!」
再び公爵が声を荒らげるが、アリアーナは平然と返した。
「公爵様。王族の過ちを正すことこそが、真の臣下の道かと存じます。殿下の暴走に対し、公爵様はエリザベート様に『若気の至り』とおっしゃったそうですね。大人が間違いを正さねば、子供はそれが正しいのだと誤学習いたします。『若気の至り』とは本人が反省する際に使う言葉であり、周囲の大人が言い訳に使うものではございません。ご自身の甘さをお恥ずかしいとは思われないのですか?」
「き、貴様……!」
顔を真っ赤にして絶句する公爵の横で、豪快な笑い声が響き渡った。
「は、ハハハハ! 大した胆力だな、小辺境伯!」
陛下がアリアーナを「小辺境伯」と呼んだ。それは彼女を正式な後継者として認めた瞬間でもあった。
「恐縮です。幼少より海の荒くれ者たちを束ねてまいりました。陸の温室育ちの男たちに怯む道理はございません」
「そうか、そうか! ホルスは素晴らしい後継を得たな」
「恐れ入ります。私とて好きで早々に後継になりたいわけではございません。両親は仲睦まじいにもかかわらず、海賊対応でろくに顔を合わせる暇もないほど疲弊しております。早く私が跡を継いで両親を楽にさせ、弟か妹の顔が見たいのです。ゆえに、陛下のご英断をいただけますと助かります」
アリアーナはそう言って美しく頭を下げた。
うむ、うむと頷きながら陛下が楽しそうに笑う。
(あぁ、これは出来レースだわ)
アリアーナは察した。陛下と宰相閣下はすでに現状の打開策を探しており、自分はその決定的な「火種」として引き合わされたのだ。だが、想像以上に溜まった毒を吐き出せたようで何よりである。国のトップがまともな感性の持ち主であったことに、アリアーナは胸を撫で下ろした。
「第二王子と公爵令嬢エリザベート、ならびに辺境伯令嬢アリアーナと騎士団総長が次男カイゼル——双方の王命による婚約を白紙撤回とする!」
「「陛下! 何ゆえ!」」
公爵と騎士団総長が悲鳴のような声を上げる。だが、陛下は二人を凄まじい眼光で睨みつけた。
「婚約の白紙に伴い、貴様ら二人には追って責を問う! 王命の真意も理解できぬとは呆れ果てたわ。十代の令嬢たちの方がよほど正確に国情を把握しているではないか。恥を知るが良い!」
陛下の雷鳴のような一撃に、重鎮二人は顔面を蒼白にして絶句した。
アリアーナは心の中で(まったくその通りですこと)と同意しながら、静かに退出した。
◇
部屋を出ると、エリザベートが目をキラキラと輝かせてアリアーナに寄り添ってきた。
「アリアーナお姉様! 私、もう感動してしまって……!」
「え……? ちょっとお待ちください、お姉様??」
突然の呼び名に戸惑うアリアーナの手を両手で包み込み、エリザベートは頬を朱に染めて語る。
「国王陛下やお父様に少しも気押されることなく理路整然と説破し、あの不遜な騎士団総長を一喝されたお姿……誠に感銘を受けました! ぜひ、お姉様とお呼びさせてください!」
「えぇ……」
潤んだ熱い瞳で見つめられ、アリアーナは視線を彷徨わせた。しかし、ふと思う。
(……いっそのこと、エリザベート様をホルスの養子としてお迎えすれば、陸海軍の連携どころか公爵家との強力な太いパイプができるのでは?)
下手な男と政略結婚をするよりも、確かな認識と知性を持った人物と手を組む方が、王命というカードを使わずとも目的を果たせるはずだ。
(まあ、これも何かのご縁ですし、お付き合いさせていただきますか)
こうして、南部辺境伯令嬢アリアーナと公爵令嬢エリザベートの深い親交が始まった。
後にアリアーナは海外留学から帰国した視野の広い第三王子と、エリザベートは西側を守護する侯爵家と婚姻を結ぶことになるのだが、二人は生涯にわたり「王国の誇る義姉妹」としてその名を馳せることとなる。
おしまい
━━
王命の婚姻が、強力すぎるカードなので、それを覆すのは国王陛下のみ。ならば、令嬢の相手は国王陛下とのやり取りになるのでは?と思って書いたものです。
評価・レビュー等は受け付けておりますが、返信できない場合が多いので、ご承知おきくださいmm
----
AI利用状況設定については、設定にて「補助的利用(アイデア出し・資料調査・誤字脱字のスペルチェックなど、補助的な利用)」にチェックして投稿しています。
補助的利用については、「この設定は公開されません。※ただし、コンテストに参加されている場合や、商業化等で作品へのお問い合わせがあった場合など、関係する企業に伝達することがあります」
とのことなので、AIラベルは表示されていないようです。
----
本作はAI(Gemini)を利用し、作者が文章を書き→AIに校正を行ってもらい→それを再度見直し、修正・削除を行っています。
基本お話は完全に手作りですが、描写等のもサポートしてもらっています。




