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正邪  作者:
7/7

国会議員殺害事件 解決編

一夜がたった。

橘の周囲を洗い直しても、決定的なものは出てこなか

った。

食事、異常なし。

飲み物、異常なし。

薬物反応も、はっきりとは出ない。

(……おかしい、な。)

毒なら、どこかに痕跡があるはずだ。

だが——

(“どこにもない”)

「行き詰まり、ですか」

声をかけてきたのは、昨日黒川について教えてくれた橘の部下だった。

「ああ、少しな」

部下「そうですか」

柔らかく笑う。

相変わらず、穏やかな男だ。

緊張感の欠片もない。

「君、名前なんて言うんですか?」

部下「仁平、仁平慎です。」

仁平「何かお手伝いできることがあれば」

「……いや、大丈夫だ」

そう答えながら、仁平を観察する。

無駄な動きがない。

視線も自然。

作っている感じが、しない。

(本当に、“何もなさそう”だな)

仁平「橘さんって、几帳面な方でしたよね」

仁平が、ふと思い出したように言う。

「そうだな」

仁平「なのに、あの日の机、少し散らかってたって聞きました」

「……ああ」

確かにそうだ。

「珍しいなと思って」

軽く首を傾げる。

(散らかっていた……?)

あのときの違和感が、また浮かぶ。

すごい綺麗な殺害現場だったような。

そういえば。  少し、右側に偏っていたような。

(何が引っかかってる……?)

「でも」

仁平が続ける。

「忙しかったんでしょうね」

すぐに、自分で結論を出す。

仁平「橘さん、あの日も色んな人と会ってましたし」

「……誰とだ?」

仁平「えっと——」

少し考えてから答える。

仁平「黒川さんと、西園寺さんと、桐生さん。そひて僕ですね」

自然な流れで、自分を入れる。

(……自然すぎるな)

「そのとき、変わったことは?」

仁平「いえ、特には」

即答。

迷いがない。

仁平「ただ」

一瞬だけ、間を置く。

仁平「少し疲れてる様子ではありました」

「疲れていた?」

仁平「ええ。手元をよく気にしてる感じで」

(手元……?)

「どういう意味だ」

仁平「いえ、大したことじゃないと思うんですが」

少し困ったように笑う。

仁平「何か探してるような仕草があって」

(探していた……?)

机の上。

散らかっていた理由。

そして——

“偏り”。

「見つかったのか?」

仁平「どうでしょう」

仁平は首を傾げる。

「そのあとすぐ、黒川さんが来たので」

その名前が出た瞬間。

黒川「——ああ、その話?」

背後から、声。

黒川だ。

黒川「探し物してたよ、あの人」

短く言う。

それだけ。

それ以上は何も言わず、軽く手を振ってそのまま去っていく。

(……それだけか)

いつもなら、もっと踏み込んでくるはずなのに。

(あえて、引いたのか?)

仁平「黒川さんも、見てたんですね」

仁平が穏やかに言う。

「みたいだな」

(探し物)

(手元を気にする)

(机の偏り)

断片が、少しずつ繋がり始める。

「仁平」

仁平「はい?」

「橘は、よく物をなくすタイプか?」

仁平「いえ、むしろ逆です。」

即答。

仁平「全部きちんと決めている方でした、、まあ、半分以上西園寺さんにやらせていましたが。」

(なら、なおさらおかしい)

“決めている人間が、探していた”

つまり——

“あるべきものが、そこになかった”

(何が、なくなっていた?)

ふと、机の光景が頭に蘇る。

似たような小物。

やけに多い。

だが——

(“足りないもの”がある)

「……仁平」

仁平「はい?」

「お前、あの日、橘に何か渡してないか」

ほんの一瞬。

仁平の動きが、止まった。

だがすぐに、いつもの表情に戻る。

仁平「いいえ、特には」

穏やかな笑顔。

完璧な、自然さ。

(今の間……)

「そうか」

あえて、それ以上は追わない。

(まだだ)

(まだ、足りない)

だが確実に、何かが形になりつつある。


決定打がない。

だが、もう“輪郭”は見えている。

橘の机の写真を、もう一度開く。

整然としているはずの机。

だが、あの日だけは違った。

散らかっている。

——いや、“崩れている”。

(違うな)

指で画面をなぞる。

(これは、“崩された”んじゃあねぇな)

“探された跡”だ。

「……」

静かに息を吐く。

橘は探していた。

自分の机で、自分の物を。

几帳面な人間が。

決めた位置に置く人間が。

(それが、ない)

“本来あるべきものが、なかった”

「何を?」

小さく呟く。

思い出す。

仁平の言葉。

『手元をよく気にしてる感じで』

(手元)

(頻繁に使うもの)

(なくなると、すぐ気づくもの)

候補は絞られる。

だが——

(決めきれない)

「失礼します」

ノック。

入ってきたのは、西園寺真里だった。

西園寺「少し、お時間よろしいですか」

「いいですよ。」

彼女は椅子に座ると、少しだけ間を置いた。

西園寺「橘さんのことで、ひとつ気になることが」

「聞きましょう。」

西園寺「……あの方、手、よく荒れるんです」

「手?」

西園寺「ええ。乾燥肌で」

淡々とした口調。

西園寺「なので、頻繁にケアされていました」

(手のケア)

「仕事中でも?」

西園寺「ええ。むしろ仕事中ほど」

視線を落とす。

西園寺「人と会うことが多い方でしたから」

(人と会う)

(手を使う)

(頻繁に)

「それが、どうした」

西園寺「いえ……」

わずかに迷う。

西園寺「その日、“いつも使っているものが見当たらない”と仰っていて、私もさがさせられていたのですが…」

心臓が、一拍だけ強く鳴る。

「……具体的には?」

西園寺「小さなものです」

 西園寺は記憶を辿るように言う。

西園寺「白い、携帯用の——」

そこで、言葉が途切れる。

(白い)

(携帯用)

(手元で使う)

(なくなると困る)

脳内で、断片が一気に繋がる。

「……それは」

声が低くなる。

そのとき。

黒川「——ああ、それね」

ドアの外から、軽い声。

黒川だ。

黒川「よく貸し借りしてたよ、あの人」

それだけ言って、姿を見せることなく去る。

(貸し借り……?)

「誰とだ」

西園寺に問う。

黒川「……色んな方と、です」

「“色んな”とは?」

「その場にいる人に、自然に」

(自然に、渡す)

(自然に、受け取る)

(疑わない)

仁平の顔が、浮かぶ。

『何かお手伝いできることがあれば』

『気が利くし、人のことよく見てる』

(“渡す理由”を持っている人間)

立ち上がる。

「仁平は、よくそれを?」

西園寺 「……ええ」

西園寺は小さく頷く。

西園寺「橘さんが忘れていると、代わりに用意していたこともありました。ただの部下なのに、ですけどね。」

(用意していた)

(同じものを)

(“複数”)

「……なるほど」

小さく呟く。

“なくなったもの”は一つ。

だが——

“同じもの”は、他にもあった。

(すり替えられる)

(気づかれない)

静かに、確信が落ちてくる。

「場所は?」

西園寺「え?」

「仁平は、どこでそれを渡していた」

西園寺「……主に、ここです」

机を指す。

橘の机。

(ここで)

(目の前で)

(自然に)

「——十分だ」

ドアへ向かう。

(毒は、隠されていない)

(最初から、“使われる場所”にあった)

(しかも——)

(“善意の形”で)

廊下に出る。

仁平が、ちょうどこちらに向かって歩いてくるところだった。

「どうかされましたか」

いつもの笑顔。

穏やかで、柔らかい。

「仁平慎」

名前を呼ぶ。

「はい」

数歩、距離を詰める。

「橘に渡していたものがあるな」

ほんの一瞬。

また、止まる。

だが、すぐに笑う。

「何のことでしょう」

「毎日使うものだ」

沈黙。

「人に渡しても、不自然じゃない」

仁平の目が、わずかに揺れる。

「しかも」

一歩、踏み込む。

「“優しさ”に見える」

笑みが、消えた。

静寂。

「……」

やがて、仁平は小さく息を吐いた。

「すごいですね」

穏やかな声。

だが、その奥にあるものが変わっている。

「そこまで辿り着くとは」

(確定だ)

「だが、証拠がない」

あえて言う。

仁平は、少しだけ首を傾げた。

「証拠、ですか」

そして——

ゆっくりと、ポケットに手を入れる。

「それなら」

取り出した“白い小さな容器”を、指で転がした。

「ここにありますよ」

空気が、止まる。

(やはり、それか)

「安心してください」

仁平は微笑む。

「もう、中身は空です」

その一言で、全てが確定する。

“最初から、安全そうに見せるための毒”

“疑われないようにするための優しさ”

そして——

“自分で証拠を持ち歩く余裕”

「……なぜだ」

仁平は少しだけ考える素振りを見せたあと、

「簡単ですよ」

静かに言った。

「信じてくれる人ほど、壊しがいがあるでしょう?」

その笑みは、もう“善人”のものではなかった。

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