Chapter 0:やがて訪れる未来
俳優とフォトグラファー、韓国と日本、国を跨いだ30代男女のお話。
事件は時々起きたり起きなかったり。
その日の撮影現場は、初っ端から担当ライターの推しが電撃結婚したという話題で盛り上がっていた。
「はあ、もう無理。仕事が手につかない……」
テーブルに大量に広げられた化粧品の資料に突っ伏し、ライターの佐藤さんが魂の抜けたような声を漏らしていた。手元のスマホには、今朝発表されたというお隣韓国の俳優ハン・ジュヌが結婚したというニュース。
「佐藤さん、次は目元寄りのカット行きますけど良いですか?」
カメラマンである真尋はモニターでピントを確認しながら、努めて淡々と声をかけた。
「ちょっと真尋ちゃん冷たすぎない!? しかも相手は『日本人で年下の一般女性』よ! 一体どこの誰がどんな徳を積んだらジュヌ様と結婚できるっていうの……!」
佐藤さんは普段からバイタリティ溢れる人ではあるが、ここまで盛大に俳優の結婚を嘆くタイプとは思っておらず、そしてその俳優の結婚が自分と無関係ではないため真尋は内心少し動揺していた。
「…………何か、すみません」
「なんで真尋ちゃんが謝るのよーー! 」
「いえ、佐藤さんがそこまでファンとは知らなかったです。……次のカット進めますね」
「そうなのよ、元は別の人目当てだったドラマでうっかりハマっちゃってね。————て、ごめんごめん次のカットだよね」
真尋がモニターからモデルへ向き直ると、佐藤さんが気を取り直して駆け寄ってくる。
「そういえば、真尋さんも新婚さんですよね?」
また1カット撮り終えると、ヘアメイクの田畑さんがモニターを確認しながら「おめでとうございます」と祝福の言葉をかけてくれた。佐藤さんがハッとした表情で、真尋の左手を見た。カメラに添えられた左手の薬指には、シンプルながらも世界的なジュエラーのプラチナリングが光っている。
「私も編集さんから聞いた。おめでとう! 素敵なリングよね〜。旦那さん、普段お仕事で海外なんでしょ?」
「はい。 行ったり来たりしてますね」
「そうなんですね。単身赴任?」
「もはや別居婚よね。お互い自立してる夫婦って感じで現代的じゃない」
「それぞれ好きなこと続けているだけなんですけどね」
「それが今ぽくてかっこいいのよ! ジュヌ様のお相手はどうしてるのかしら、やっぱり韓国で新婚生活スタートよね……ジュヌ様と結婚できたら夢のようだけど、外国に移住するのは考えられなかも」
「……どうなんですかね。じゃあ次は、こっち振りで撮りますね」
また嘆きの淵に立とうとする佐藤さんを気にしつつ、真尋はモデルにポーズの指示を出し、確実に本日の現場を進行していく。頭の片隅で、昨夜テレビ電話で結婚発表について改めて報告してくれた彼の少し緊張した面持ちを思い出しながら————。




