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序章:宵闇に躍る青白き閃光

ヴァノス王国北部において最大の規模を誇る港湾都市マーレン。南側に広大なカルディアス内海を臨むこの街は、四時しじを問わず潮の香りが石畳の路地まで漂い、大型の交易船が吐き出す熱気と、遠く南洋から届いた香辛料や反物の荷降ろしに奔走する商人たちの怒号のような掛け声に包まれている。王国経済の動脈とも呼べるこの街には、一獲千金を夢見る商人と、それ以上に刺激と未知の報酬を求める冒険者たちが、吸い寄せられるように絶え間なく流れ込んでいた。

だが、その喧騒から離れて北西へ一日ほど馬車を走らせれば、そこには内海の慈愛に満ちた活気とは無縁な、静まり返った平原が広がっていた。かつては豊かな穀倉地帯であったその場所も、今や風に揺れる背の高いすすきが波打つばかりの荒野である。

その平原のなだらかな起伏に、どっしりと佇む石造りの遺構 ― 通称『古代遺跡』。そこは数十年も前に先人たちの手で隅々まで踏破されており、内部の構造は地図化され、危険な罠もあらかた取り除かれていた。そのため、かつては駆け出しの新人冒険者たちが初めての潜行を経験するための腕試しや、基礎的な戦闘技術を学ぶ訓練の場として、半ばギルドの管理施設のように利用されていた。冒険者にとってそこは、平和な時代に取り残された石の抜け殻のような、緊張感とは無縁の場所であったはずだった。

しかし、ここ数ヶ月の間、ギルドの方針転換や訓練生の減少により、遺跡への立ち入りはパタリと途絶えていた。管理が行き届かなくなったその短い空白期間に、誰に気づかれることもなく、遺跡は決定的な変貌を遂げていたのだ。本来であれば踏破済みの浅い階層に寄り付かないはずの、より強力で凶悪な魔物たちが地の底から湧き出すように住み着き、いつの間にか禍々しい魔力の溜まり場へと成り果てていたのである。

その後、その異変が表面化したのはある夜のことだった。偶然にも近くの街道を通りかかった行商人のアルドは、見てはならないものを見た。

「ありゃあ、地の底で冷たく眠っていた亡霊が、忌々しい目覚めの産声を上げた音だったよ。間違いねえ、何かが目覚めちまったんだ。それも、俺たちが知ってるような獣の類じゃねえ」

後にギルドで行われた公式な聞き取りに対し、彼は震える手で冷めた茶を啜りながら、しわがれた声でそう証言した。彼の語る内容は、この世界のいかなる魔導書にも、神学書にも記されていない怪異であった。

深い夜の闇の中、遺跡の足元が、唐突に青白く脈動したのだという。

それは油脂ランプの炎のように温かみのある揺らめきではなく、ましてや精霊の慈愛を感じさせる柔らかな光でもなかった。網膜を直接冷たい氷の針で突き刺すような、鋭く、凍てつくような人工的で無機質な閃光。それは闇そのものが一瞬だけ真っ白に裏返ったかのようで、見る者の魂を根こそぎ剥ぎ取っていくような不吉な輝きを放っていた。

「バチッ、という。耳の奥を直接硬い鉄の棒で叩かれるような嫌な音がしたんだ。それから、鼻を突くあの匂い……肉が焦げるのとは違う、空気が腐り果てたような、あるいは酷く尖った金属を無理やり嗅がされたような、奇妙で不自然な匂いが辺りに満ちて……。ありゃあ、いにしえの呪いか、あるいは眠りを妨げられた精霊の逆鱗に違いねえ。あんな光、まともな人間が扱える代物じゃないですよ」

知識のない彼にとって、それは名状しがたい不吉な前兆に他ならなかった。たとえその光の正体が何であれ、彼という語り手を通せば、それは得体の知れない恐怖へとすり替わってしまうのだ。

異変は光だけでは終わらなかった。

***

港湾都市マーレン、冒険者ギルド『潮鳴りの鉄錨』。

カルディアス内海から吹き抜ける夕風が、潮の香りを運んでくる。沈みかけた夕日が窓のステンドグラスを透かして差し込み、石造りの床に長く、および鉛のように重苦しい影を落としている時間帯のことだ。普段なら帰還した冒険者たちがジョッキを傾け、自慢話や下卑た笑い声を響かせているはずの広間には、今や不気味なほどの静寂が満ちており、わずかに混じる「生々しい血の匂い」が人々の本能的な不安を掻き立てていた。

遺跡に異変が報告され始めてから三週間。その間に挑み、および敗れ去ったのは、ガラムたちを含めて四組にのぼる。

最初の一組目は、功名心に逸ったEランクの新人三人組だった。彼らは遺跡の一階に足を踏み入れた直後、これまでにないほど狂暴化したコボルトの群れに襲われ、探索を断念して逃げ帰った。

二組目は、慎重派のベテラン斥候を擁する混成パーティー。彼らはかつて『居住区』であった二階へと到達したが、そこで想像を絶する事態に直面した。広大で整然としていたはずの回廊は、未知の細工によって奇怪な迷路へと変貌していたのだ。どれほど地図を頼りに進んでも三階への入り口を見つけることができず、方向感覚を狂わされた末、統制された魔物の伏兵に包囲され、命からがら逃げ帰ることとなった。

三組目は、Dランクながらも既にベテランの域に達し、Cランクへの昇進を目前に控えた実力派パーティー。彼らは先行する者たちの失敗を糧に、迷路を突破してさらに奥深く、最上階の気配を感じるところまで肉薄した。しかし、そこに待っていたのは、階下とは比較にならないほど強力な魔物たちの防衛線だった。遺跡の奥深くに潜む未知の意志を守護するかのように整然と立ち並ぶ、屈強な取り巻きの魔物たち。その鉄壁とも呼べる強固な連携に一歩も踏み出すことができず、彼らですら撤退の苦渋をなめさせられた。

そして四組目、マーレンの若手で最も実力があるとされ、Cランク昇格が確定していたDランクの精鋭、ガラムたちのパーティーが、今、最悪の状態で運び込まれていた。

ギルドに隣接する『冒険者用医療院』の方角からは、慌ただしく駆け回る足音と救護班の怒号が響く。

重戦士の男は盾を持っていた腕を複雑骨折し、スカウトの男は脚に神経まで届きそうな深い裂傷を負っていた。後方を支えていた二人の女性術師も、魔力を根こそぎ奪われたかのように衰弱し、担架の上で意識を失っている。

やがて、ギルドの重い扉が軋んだ悲鳴を上げて開き、リーダーのガラムが現れた。その足取りは糸の切れた操り人形のように危うい。皮の鎧は所々が炭のように焦げ、右手は自分では止められないほど小刻みに震え続けている。

受付嬢のマリアはカウンターから身を乗り出し、彼を支えようとした。

「ガラムさん……! 他の方は今、総出で隣の医療院へ運ばれました。どうか、落ち着いて」

「……ああ、助かります。仲間の命を繋げただけでも、運が良かったのかもしれない。避難勧告を出したほうがいい。マリアさん、あの場所は……もう、僕ら中堅レベルが足を踏み入れていい場所じゃない。あそこには、僕らの常識が通用しない『何か』がいる」

ガラムはカウンターに縋り付くようにして、声を絞り出した。その瞳には、抗えない力の差を突きつけられた時に見せる絶望の色彩が宿っていた。

「……統制されていた。信じられない。あんなのは、本能だけで動く魔物なんかじゃないんだ。一匹のコボルトが囮として動けば、その影を縫うように別の魔物が死角から飛び出してくる。まるで遺跡全体が、一つの巨大な神経系を共有する生き物みたいに、僕たちの隙を寸分の狂いもなく、機械的な正確さで突いてきたんだ」

ガラムの言葉によれば、かつて訓練場として親しまれた遺跡の面影はどこにもなかったという。魔物たちは見えない指揮官の号令に従う軍隊、および巨大な兵器の一部のように動いていた。

「最上階に辿り着いた瞬間……僕たちは、言葉にできない圧倒的な力に押し返された。攻撃ですらない、ただの『拒絶』だ。姿を捉えることすら叶わなかったが、そこには明確な『意志』があった。僕たちが積み上げてきた戦技も、この三日間の苦労も、その意志一つで一瞬にして無に帰したんだ。何が起きたのかさえ、今でも理解できていない。あんな存在……上位ランクの冒険者か、あるいは王国騎士団の精鋭でも連れてこないと、調査すらままならない。少なくとも、今の僕らには手も足も出なかった」

ガラムはそこで言葉を切り、力なく首を振った。

将来を嘱望されていた彼らでさえ、遺跡の奥に潜む「何か」に肉薄しながらも、その正体を見る前に圧倒的な理不尽の前に砕け散ったのだ。

マリアは掲示板の隅に貼られた、一枚の依頼書を見つめた。

『マーレン北西にある古代遺跡:異変調査依頼』

当初は平和なDランクとして発行されたその紙は、今や幾重もの赤色の警告線が引かれ、Cランク、あるいはそれ以上への緊急格上げが議論されている。

「誰も正体を解明できない不気味な光、統制された魔物、および奥深くに潜む未知の意志……」

マリアはふと、窓の外、急速に夜の帳が降りようとしている空を眺めた。

正面からぶつかるだけの力では絶望的に足りない。この不気味なパズルを解くには、既存の常識に縛られない独創的な思考、および何よりも死線を笑って通り抜けるような、底知れない「運」を持つ者が必要だと、彼女は本能的に感じていた。


本作の舞台となるカルディアス大陸の地理、独特の暦、時間システム、および主要な登場人物のガイドです。


1.世界観と地理設定


【カルディアス大陸】

東西約3,800Km、南北約2,000Kmに及ぶ広大な大陸。

カルディアス内海: 大陸の内部に存在する広大な内海。物流の要。

ヴァノス王国: 大陸北部の中央に位置する王国。本作の主要な舞台。


【港湾都市マーレン】

ヴァノス王国北部最大の港湾都市。チヅルたちの活動拠点。

立地: 南側がカルディアス内海に面しており、常に潮の香りが漂う。

規模: 人口およそ3万人。活気にあふれた商業と冒険者の街。

冒険者ギルド「潮鳴りの鉄錨」: 街の冒険者たちが集う中枢施設。受付嬢の「マリア」がチヅルたちの専任担当を務める。


【マーレン北西の古代遺跡】

物語の核となる、巨大な石の塔が聳える遺構。

立地: マーレンから宿場町ワグナー村へと続く「西側ルート」の東側に位置する。

距離: マーレンから北西へ、馬車でおよそ1日の距離(約70ケイエム)。

周辺環境: 遺跡のすぐ西側には川が流れており、周囲は背の高いすすきが広がる平原となっている。


2. 暦・時間・単位の定義


こよみ

1年: 336日。

構成: 1ヶ月を4週間、1週間を7日間とする。

表現: 1年を「星巡りの一巡」、あるいは「1つのかん」と呼ぶ。


【時間システム】

1日は24刻で構成され、太陽の昇沈に合わせて「陽」と「月」で表現される。

ようの時間: 陽1刻(朝6時)〜 陽12刻(17時)

つきの時間: 月1刻(18時) 〜 月12刻(朝5時)


【大きさの表現】

1エム: この世界の距離の基本単位。ほぼ地球の「1メートル」に相当する。

3. 主要登場人物紹介


【チヅル一行】

チヅル

種族: ダークエルフと獣人の混血(猫耳が特徴)

役割: パーティーリーダー / 索敵・魔法

特徴: 類まれな「幸運」の持ち主。報酬と食欲に忠実だが、仲間を想う心は人一倍強い。

ラズベル

種族: ヒューマンとハイドワーフの混領種

役割: サポーター / 料理・家計管理

特徴: パーティーの「お母さん」的存在。愛用の巨大なフライパンで仲間を守り、美味しい食事で疲れを癒やす。

ユイ

種族: ヒューマン(異邦人 / 2030年の日本から転移)

役割: 前衛剣士 / アタッカー

特徴: 卓越した剣技と科学的知識を持つ。クールだがチヅルの無鉄砲さには呆れつつも信頼を寄せている。


【物語の鍵を握る人物】

リリアナ

種族: 自律型管理ユニット・モデルLIR1-ANA

特徴: 地下施設「第三動力棟」の管理者。三〇〇環(300年)もの孤独に耐えてきたが、チヅルたちと出会い「心」を取り戻す。


【マーレンの人々】

マリア

所属: 冒険者ギルド「潮鳴りの鉄錨」受付嬢

役割: チヅルたちの良き理解者。ガラムが敗退した遺跡調査をチヅルの運に賭けて依頼する。

ガラム

所属: 実力派のDランク冒険者

役割: 遺跡の異変を最初に報告した。後にチヅルに装備を回収してもらい「貸し一つ」を作ることになる。


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