第9章:辺境に吹く新しい風、美食の郷の誕生
バイキング形式を導入した「太陽の恵み」の評判は、燎原の火のごとく広がっていった。それはもはや、街道の旅人たちの間だけの噂ではなかった。北の商業都市の商人たち、さらには王都の美食家を自称する貴族たちの耳にまで届くのに、そう時間はかからなかった。
「辺境の地に、好きなものを腹いっぱい食べられる夢のような食堂があるらしい」
「しかも、そこで使われる野菜が、尋常ならざる美味さだとか」
初めは半信半疑だった彼らも、わざわざ辺境まで馬車を飛ばしてやってきて、そして一様に驚嘆の声を上げた。ずらりと並んだ、彩り豊かな野菜料理の数々。どれも素朴ながら、素材の味を最大限に引き出した逸品ばかり。そして何より、この「自分で選ぶ」という楽しさ。
彼らは王都に帰ると、競うようにして「太陽の恵み」での体験を語った。それはヴァルム辺境伯領にとって、まさに新しい風だった。
店が繁盛するにつれ、村にも活気が満ち溢れていった。野菜が売れることで、村人たちの暮らしは目に見えて豊かになった。人々はより良い作物を作ろうと意欲を燃やし、畑はさらに美しく整備されていく。
私は、農業の多角化にも着手した。
「ハーブを育ててみない? 料理の香りづけにもなるし、乾燥させればハーブティーとして売ることもできるわ」
「日当たりの良い斜面には、果樹園を作りましょう。リンゴやベリーが育てば、ジャムや果実酒が作れるわね」
私の提案に、村人たちは二つ返事で賛成した。カイは村の若者たちをまとめ、ハーブ園と果樹園の造成に乗り出す。村は野菜だけでなく、様々な香りと彩りに満たされるようになっていった。
収穫されたハーブや果物は、早速加工品へと姿を変えた。私がレシピを考案し、村の女性たちが協力して作る。イチゴのジャム、リンゴのコンポート、ハーブを漬け込んだビネガー、色とりどりの野菜のピクルス。それらは「太陽の恵み」の店先で売られ、お土産として大人気になった。
もはや、ヴァルム辺境伯領は「不毛の地」などではなかった。人々はいつしか、この土地をこう呼ぶようになっていた。
――美食の郷、と。
村には新しい家が建ち、子供たちの笑い声が増えた。かつての荒涼とした風景は、どこにもない。緑豊かな畑が広がり、人々は自信と喜びに満ちた顔で働いている。
そんな村の変化を、私はカイと共に丘の上から眺めていた。
「すごいもんだな。ほんの少し前まで、ここは何もかもが灰色だったのに」
カイが、感慨深げに呟く。
「カイや、村のみんなが頑張ったからですわ」
「あんたが来たからだろ。あんたが、俺たちにやり方と、希望を教えてくれた」
彼は隣に立つ私の顔を、じっと見つめた。その眼差しは、以前よりもずっと優しく、そして熱を帯びているように感じられた。
「イザベラ。俺は……」
彼が何かを言いかけた、その時だった。村の入り口が、にわかに騒がしくなった。一人の村人が、慌てた様子で丘を駆け上がってくる。
「大変だ、カイさん、イザベラ様! 王都から、立派な馬車の一団が……! 王家の紋章が入ってる!」
王都からの使者。その言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。忘れていた過去が、突然目の前に現れたような気がした。私のささやかで幸せな日々に、終わりが告げられるのではないか。そんな不安が、胸をよぎった。




