番外編3:聖女の誤算
リリアは、王都へ帰る馬車の中で、ずっと震えていた。屈辱、嫉妬、憎悪、そして恐怖。あらゆる負の感情が、彼女の中で渦巻いていた。
私が聖女よ。私が、王太子殿下に選ばれた人間なのよ。それなのに、なぜ。
彼女は、平民の生まれだった。貧しい村で、持て余されるほどの「癒やしの力」を持って生まれた。その力は、祝福であると同時に、呪いでもあった。周囲からは気味悪がられ、孤立した。そんな彼女を救い出したのが、王宮からの使者だった。
王宮での暮らしは、夢のようだった。美しいドレス、美味しい食事、人々の称賛。何より、王太子アルフォンスの寵愛。もう二度と、あの貧しい暮らしには戻りたくない。そのためには、邪魔者を排除する必要があった。聡明で、家柄も良く、王太子の長年の婚約者であったイザベラは、彼女にとって最大の脅威だった。だから、陥れた。些細な出来事を針小棒大に吹聴し、涙を武器にして、彼女を追放させた。
計画は、完璧だったはずだ。これで自分の地位は安泰だと、そう信じていた。
しかし、現実はどうだ。追放したはずのイザベラは、自分以上に人々に慕われ、輝かしい成功を収めていた。逆に、自分は「浪費家の偽聖女」と陰口を叩かれ、アルフォンスの視線も日に日に冷たくなっていく。
辺境伯領での一件は、決定打となった。アルフォンスは、リリアをほとんど見向きもしなくなった。そしてある日、彼女の「癒やしの力」が、急に弱まっていることが発覚した。医師が言うには、強い精神的ストレスが原因ではないか、と。
力を失いかけた聖女に、価値はない。リリアは、王宮の片隅にある小さな部屋を与えられ、事実上、幽閉されることとなった。豪華なドレスも、宝石も、取り上げられた。食事は、日に日に質素になっていく。
皮肉なことに、イザベラの食文化改革の影響で、王宮の食事は栄養バランスが改善されていた。リリアは、自分が最も忌み嫌っていた、野菜中心の質素だが健康的な食事を、毎日食べさせられることになった。
鏡に映る自分は、やつれ、輝きを失っていた。あの辺境で見た、泥だらけでも自信に満ち溢れていたイザベラの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
彼女は、全てを誤算していたのだ。本当の価値は、地位や見せかけの優しさではない。誰かのために汗を流し、何かを成し遂げる、そのひたむきさの中にこそ宿るのだということを、彼女は最後まで理解できなかった。
リリアは、静かな部屋で一人、自分の手でこぼれ落とした幸せの大きさを、噛みしめ続けるのだった。




