番外編1:カイの視点 ~北風と太陽~
あの日、王都から元貴族のお嬢様がやってくると聞いた時、俺は正直、うんざりしていた。どうせ、世間知らずで、すぐに泣き言を言って、俺たち村人の手を煩わせるだけだろう、と。この厳しい土地で、ひらひらのドレスを着た女に何ができる。まるで、冷たい北風が吹き込んできたような気分だった。
最初に会ったイザベラは、想像通りの、いかにもな貴族だった。綺麗な顔に、優雅な立ち居振る舞い。だが、その瞳の奥に、俺の知っている貴族とは違う、妙に落ち着いた光が宿っていることに、少しだけ戸惑ったのを覚えている。
俺の予想通り、彼女は最初、奇妙なことばかりしていた。泥だらけになって小屋を直し、来る日も来る日も石ころ拾い。俺は「無駄なことを」と呆れ、忠告もした。だが、彼女はいつも、にっこりと笑って「やらないよりはましですわ」なんて言うんだ。その笑顔は、どんな時も揺るがなかった。
毎日毎日、泥と汗にまみれて働く彼女の姿を、俺はいつしか目で追うようになっていた。なんで、あんなにか細い体で、あんなことができるんだ?なんで、諦めないんだ?なんで、あんなに楽しそうなんだ?
そして、あの小さな芽が出た日。畑を見て、嬉しそうに涙ぐむ彼女の横顔を見た時、俺の心の中に、何かがストンと落ちた気がした。
ああ、そうか。彼女は北風なんかじゃなかった。彼女は、凍てついたこの村の土を、そして俺たちの心を、少しずつ溶かしていく、太陽みたいな人だったんだ。
彼女が作ったポテトサラダとかいう食い物を、子供たちがうまそうに頬張った時。収穫祭で、村のみんなが彼女の料理を囲んで笑っていた時。食堂を建てようと、目を輝かせて語った時。俺の世界は、彼女のせいで、どんどん色鮮やかになっていった。
俺は無骨だし、気の利いたことなんて言えねえ。だから、せめて彼女のやりたいことを、全力で手伝おうと決めた。彼女が設計図を描けば、俺が形にする。彼女が悩んでいれば、話を聞く。それしか、できなかった。
王太子の野郎が来た時は、正直、肝が冷えた。こいつが、こんなにすごい女を、捨てたのか。なんてもったいない、愚かな男だ、と腹が立った。そして、イザベラが王都に連れ戻されてしまうんじゃないかと、怖くてたまらなかった。
だけど、彼女は言ったんだ。「私の居場所は、ここです」と。そして、俺の方を見て、「私の王子様は、もっと無骨な人がいい」なんて、とんでもないことを言いやがった。
あの瞬間、俺の心臓は、止まるかと思った。
イザベラ。あんたは太陽だ。俺にとって、この村にとって、なくてはならない光だ。いつか、この気持ちを、ちゃんとあんたに伝えられるだろうか。今はまだ、あんたの隣で、このごつごつした手で、あんたを守ることしかできねえけど。それでも、俺はあんたの傍にいる。ずっと、ここに。




