第15章:辺境の地の祝福、私の王国
打ちのめされたアルフォンスと、完全に我を失ったリリアは、逃げるようにして「太陽の恵み」を後にした。誰も、彼らを引き止めはしなかった。彼らが乗った馬車が小さくなっていくのを、私はただ静かに見送った。
過去が、完全に去っていった。何の未練も、悔しさもなかった。ただ、胸いっぱいに広がるのは、解放感と、この場所への愛おしさだけだった。
「……よかったのか?」
隣に立ったカイが、心配そうに私の顔を覗き込む。
「妃の座だぞ?」
「いらないわ。私のお城は、王宮じゃなくて、この『太陽の恵み』だもの。それに、私の王子様は……」
そこまで言って、私はカイの顔を見上げて、悪戯っぽく笑った。
「もっと無骨で、土の匂いがする人の方が、好きなの」
私の言葉に、カイは一瞬きょとんとした後、みるみるうちに顔を真っ赤に染めた。その慌てぶりが可笑しくて、私は思わず声を上げて笑ってしまった。私たちの周りで、村人たちも温かい笑い声を上げる。
この騒動は、私と村の絆を、そして私とカイの距離を、さらに縮めることになった。
――そして、季節は再び巡り、村はまた、黄金色の収穫の季節を迎えた。
その年の収穫祭は、これまでで一番盛大なものになった。村の広場には、山と積まれた野菜や果物。そして、「太陽の恵み」のスタッフ総出で作った、豪華なバイキング料理がずらりと並ぶ。
夜には篝火が焚かれ、村人たちは楽器を奏で、歌い、踊った。その輪の中心で、私もカイと手を取り合って、ぎこちないステップを踏んでいた。
人々の楽しそうな笑顔。子供たちのはしゃぎ声。美味しい料理の香り。温かい炎の光。その全てが、愛おしくて、眩しくて。
「ここが、私の王国ね」
私は、胸に込み上げる熱い想いと共に、そう呟いた。あの日の断罪があったから、ここにいる。全てを失ったと思ったけれど、私はそれ以上のものを手に入れた。
ふと、頬に冷たいものが伝った。驚いて触れると、それは涙だった。でも、悲しい涙じゃない。温かくて、幸せな涙だ。
「どうした?」
カイが、私の涙に気づいて、不器用にその指で拭ってくれる。そのごつごつとした指の優しさに、また涙が溢れてくる。
「ううん。なんでもないの。幸せだなって、思っただけ」
私は笑顔で答えた。
「ありがとう、カイ。あなたがいてくれて、よかった」
「……馬鹿野郎。それは、こっちのセリフだ」
照れくさそうにそっぽを向く彼の耳が、篝火に照らされて赤く染まっている。
空には、満月と、数えきれないほどの星が輝いていた。王都から見る星よりも、ずっと、ずっと綺麗だ。
私は、この辺境の地で、本当の祝福を見つけたのだ。地位も名誉もないけれど、心からの笑顔と、愛する人々と、美味しいごはんに満ちた、私だけの、最高の王国を。




