第12章:愚かなる王太子、真実を求めて
プライドと後悔の狭間で苛まれたアルフォンスは、ついに一つの決断を下した。
「……ヴァルム辺境伯領へ、行く」
彼は側近に、ごく少数の供だけを連れて、お忍びで辺境を訪れる準備を命じた。ランバート卿の報告書だけでは、まだ信じきれない部分があった。いや、信じたくなかったのだ。自分の判断が、それほどまでに愚かだったとは。自分の目で、イザベラの惨めな暮らしと、報告書が偽りであったことを確認し、安堵したかったのかもしれない。
その計画を、リリアが聞きつけた。
「まあ、アルフォンス様!わたくしもお供いたしますわ!」
彼女はアルフォンスの腕にすがりつき、潤んだ瞳で訴えた。
「イザベラ様が、どんなにひどい暮らしをなさっているか……わたくし、心配でなりません。わたくしの癒やしの力で、少しでも彼女の心を慰めて差し上げたいのです」
その健気な申し出に、アルフォンスの心は一瞬揺らいだ。しかし、彼の心の奥底では、別の感情が渦巻いていた。本当に、そうだろうか?彼女は、イザベラの落ちぶれた姿を見て、嘲笑いたいだけではないのか?
疑念はあった。だが、リリアの同行を断るだけの強い意志が、今のアルフォンスにはなかった。彼女を寵愛し、イザベラを断罪したのは、他の誰でもない自分自身なのだ。今更、リリアを突き放すことは、自らの過ちを認めることに他ならなかった。
「……わかった。だが、これはお忍びの旅だ。聖女としての立場を弁え、軽率な行動は慎むように」
「はい、アルフォンス様!」
リリアは満面の笑みを浮かべた。その笑顔の裏に隠された、どす黒い感情に、アルフォンスは気づかないふりをした。
彼女の頭の中では、すでに勝利の光景が描かれていた。泥にまみれ、痩せこけ、王都での華やかな暮らしを思い出しては涙するイザベラの姿。その隣で、優しく慰めの言葉をかける自分。そして、自分の慈悲深さに改めて感銘を受けるアルフォンス。完璧な筋書きだった。イザベラの成功など、所詮は噂に尾ひれがついただけのもの。田舎者を手玉に取っただけの、矮小な成功に過ぎない。そう、リリアは信じて疑わなかった。
こうして、それぞれの思惑を乗せた馬車は、王都を密かに出発した。一人は、打ち砕かれた自尊心を拾い集めるために。もう一人は、打ち砕いたはずの好敵手の惨状を確認するために。
彼らはまだ知らない。この旅の果てに待っているのが、自分たちの想像を遥かに超える、あまりにも厳しい「現実」であることを。




