第11章:王宮に吹き荒れる嵐と、王太子の後悔
財務大臣ランバート卿が王都に持ち帰った報告書は、王宮に大きな衝撃となって駆け巡った。
『ヴァルム辺境伯領は、今や王国で最も豊かで活力のある土地の一つである。これは、追放されたイザベラ・フォン・ヴァルディ嬢の類稀なる知識と指導力によるものであり、彼女の追放は国益を著しく損なう判断であったと言わざるを得ない』
報告書は、具体的な数字と共に、辺境の地の驚くべき変貌ぶりを克明に記していた。ランバート卿の言葉は重い。彼の報告を、誰もただの戯言として無視することはできなかった。
貴族たちの間で、ささやき声が交わされるようになった。
「まさか、あのイザベラ嬢が……」
「我々は、とんでもない誤解をしていたのではないか?」
「そもそも、聖女リリア様が来てからというもの、どうも国の様子がおかしい……」
そう、リリアが王宮に来てから、妙なことが続いていた。彼女の「癒やしの力」は、確かに本物だった。しかし、彼女がもたらしたのはそれだけだった。彼女は贅沢を好み、高価なドレスや宝石を湯水のように使った。彼女が主催する茶会は、甘い菓子ばかりが並び、栄養のバランスも考えられていない。結果として、王宮の食文化は停滞し、国庫は彼女の浪費によって静かに、しかし確実に圧迫され始めていたのだ。
そして、この報告書は、王太子アルフォンスの心を最も深く抉った。
「嘘だ……。こんなこと、あるはずがない……」
彼は執務室で、報告書を握りしめて震えていた。嫉妬深く、陰湿で、何の取り柄もない女。そう断じて捨てたはずのイザベラが、彼の手の届かない場所で、信じられないほどの成功を収めている。一方、自分が選び取った聖女リリアは、国の財政を傾かせ、貴族たちの不満の種になっている。
どちらが、国にとって、そして自分にとって、本当に価値のある存在だったのか。
アルフォンスは、リリアのいる部屋へ向かった。彼女は、新しいドレスのカタログを侍女たちと楽しそうに眺めている。
「リリア。少し、話がある」
「まあ、アルフォンス様!どうかなさいましたの?」
彼は、イザベラのことを切り出した。彼女が辺境で成し遂げたこと、そして王都での評判を。すると、リリアは可憐な顔を曇らせ、目に涙を浮かべた。
「ひどいわ……。イザベラ様は、きっと辺境の野蛮な者たちを騙して、自分だけ良い思いをしているに違いありませんわ。わたくし、心配です……」
その言葉は、以前のアルフォンスならば、信じ込んでいただろう。だが、今の彼には、その涙がひどくわざとらしいものに見えた。ランバート卿の報告書に書かれた、活気に満ちた領民たちの姿。それと、今目の前で自分の保身のために嘘の涙を流す女。
アルフォンスの心に、初めてはっきりとした疑念と、そして身を裂くような後悔の念が芽生えていた。
(私は、本当に、取り返しのつかない過ちを犯したのではないか……?)
自分が捨てた女が築いた輝かしい功績と、自分が選んだ女がもたらした閉塞感。そのあまりにも鮮やかな対比が、彼のプライドを、そして心を、少しずつ蝕んでいく。彼は、この目で真実を確かめずにはいられなくなっていた。




