第10章:王都からの使者、老練なる財務大臣の慧眼
王家の紋章を掲げた壮麗な馬車の一団は、村の広場で止まった。村人たちは、不安と好奇の入り混じった顔で、遠巻きに見守っている。私もカイと共に、広場へと向かった。
馬車から降りてきたのは、いかにも高位の貴族といった風情の、白髪の老人だった。豪奢な衣服を身に着けてはいるが、その佇まいは尊大ではなく、むしろ落ち着きと威厳に満ちている。そして、その顔には見覚えがあった。
――財務大臣、デューク・ランバート卿。
王宮でも数少ない、公正で実直な人物として知られる老練な大臣だ。派閥に属さず、数字と事実だけを信じる彼の目は、誤魔化しが効かないと言われている。なぜ、そんな大物がこんな辺境に?
「君が、イザベラ・フォン・ヴァルディ嬢だね?」
ランバート卿は、泥のついたエプロン姿の私を見ても、少しも驚いた様子を見せず、穏やかな声で言った。
「いかにも。ヴァルム辺境伯領の成功の噂は、王都にまで届いておる。にわかには信じがたいその実態を、この目で確かめるために参った」
彼はそう言うと、まず村をゆっくりと見て回った。カイが緊張した面持ちで案内役を務め、私はその後ろに続く。
ランバート卿は、隅々まで手入れされた畑、活気に満ちた村の様子、そして何より、村人たちの明るく健康的な表情に、何度も深く頷いていた。彼は時折、農作業をしている村人に直接声をかけ、暮らし向きや収穫量について細かく質問している。その目は、まさに調査官のそれだった。
「素晴らしい……。報告書で読んだ以上に、見事なものだ」
一通り村を視察した後、彼は感嘆の息を漏らした。
「さて、次は噂の食堂とやらを、見せてもらおうか」
ちょうど昼時で、「太陽の恵み」は満席だった。私たちは、ランバート卿一行を店の奥にある予備のテーブルへと案内した。
彼は、バイキング形式で料理を選ぶ人々の楽しそうな様子と、その効率的なシステムに、強い関心を示した。
「これは……画期的だ。客は好きなものを好きなだけ食べられ、店側は人件費を抑えつつ、大量の客を捌くことができる。無駄がない、実に合理的な仕組みだ」
私たちは、彼にもバイキングを体験してもらった。彼は全ての料理を少しずつ皿に取り、一つ一つ吟味するように味わっていた。
「ほう、このカブのポタージュは実にクリーミーだ。ジャガイモのグラタンは、チーズとの相性が絶妙。どの料理も、野菜本来の味がしっかりと活きておる……。王宮のシェフが作る、凝ってはいるが素材の味を殺してしまっている料理よりも、よほど心が豊かになる食事だ」
彼は心から満足した様子で、綺麗に皿を空にした。
視察の最後に、ランバート卿は私と二人きりで話がしたいと申し出た。私たちは、丘の上にある私の小さなハーブ園へと向かった。
「イザベラ嬢。君は、とんでもないことを成し遂げた」
彼は、穏やかながらも力強い口調で言った。
「君は、一人の力で、この見捨てられた土地を、王国で最も活力ある場所に変えた。これは奇跡だ。いや、君の知識と努力が生んだ、必然の結果と言うべきか」
彼の真っ直ぐな評価の言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。
「王宮は、君という宝を、あまりにも無造作に手放してしまった。これは、我が国の大きな損失だ」
ランバート卿は、遠い目をして王都の方角を見つめた。その言葉は、これから王宮に巻き起こるであろう嵐を、私に予感させるものだった。




