やっと自己紹介
「さて、嬢ちゃん」
「ぁ……ソニアよ。ニアって呼んでちょうだい」
「おっと、これは失礼した。俺はセオだ。セオ・マーフィ」
「セオ……。変わった感じのする名前ね」
「そうかい?俺の生まれ故郷じゃ普通の名前だがね」
いまさらの気がするが、お互いの名前も知らずにこんな遠くまで来てしまうとは、我ながら迂闊だな。
守護騎士が付いているくらいだからさぞかし高位の貴族家の令嬢なのだろう。名字を名乗らないのは身バレを警戒してのことか。まあいい。知らないほうがいいこともある。
「嬢ちゃんの知り合いで一番偉い人の名前を言えるかい?」
「ニアよ。わたし、もうすぐ十二になるんだから。もうお嬢ちゃんなんて呼ばれる歳じゃないわ」
そうか。俺達一般人は十五歳で成人とみなされるが、貴族社会では十二歳の社交界デビューが大人への第一歩だと聞いたことがある。
「すまんすまん、ニア。それで君の知り合いで一番偉いのは誰だい?大事な話なんだ」
「ユーナーン兄さまかしら。お父様より偉いし」
「その人たちは郡都にいるのかい?」
「いないわ。お父様もユーナーン兄さまも王都よ」
「君のお母さんは?」
「母様はアウナーラにいらっしゃるわ」
「アウナーラって州都の?」
「ええ、そうよ」
そうか。王都まで貴族の子女を護衛しながら旅するのは厳しいが、州都なら郡を一つまたいだ先だ。何とかなるかもしれない。
「よく聞いてくれ、ニア。君を保護してくれる知り合いの居る町まで送り届けようと思う。だが、俺は君を連れて郡都には戻れない。きっと事情を話す前に捕まってしまうだろう。それに君の敵が誰なのかわからない以上、確実に君の味方とわかっている人のところまで行くしかないと思うんだ。ちょっと遠いが、君のお母さんのところまで送っていこう」
俺はどうにも官憲との相性が悪い。制服組とはうまくいった試しがないから近場の屯所に駆け込むのは躊躇してしまう。
「……そうね。ルーナが居ないのは不安だけど、セオについていくことにするわ」
貴族のお嬢様には見知らぬ男との二人旅などちょっとハードルが高すぎるかと思ったが、意外とあっさり聞き入れた。貴族の子女がこんなに危機感がなくていいのか?それとも貴族の子女だから危機意識が低いのだろうか?
「実はね、わたし、セオに一つお願いがあるの」
ぎくっ。なんだこの展開。女性は一つと言いつつ三つ四つと際限なく要求を突き付けてくると酒場の親父が言っていたっけ。
「わたし、この箱の鍵を探しているの」
小さな肩掛けカバンの中から螺鈿細工の小箱を取り出す。カバンの中身はこれで全部のようだ。
「旅の間にこの箱の鍵を探すのを手伝ってもらえないかしら?」
「鍵師を探して開けてもらいたいってことか?」
そんなことならお貴族様なら簡単に叶えられる願いだろう。金を積んで鍵師のほうから来てもらえばいい。
ニアはううんと首を振った。
「鍵を探し出したいの。開けるのは私が大人になってからでもいいのだけれど」
ニアがそっと小箱の縁をなぞる。その瞳は憧れの中にほんのりと哀しみを宿していた。
どうやらこの少女の本当の願いは城から抜け出して鍵を探す旅に出ることだったようだ。だから俺のような見ず知らずの行商人との同道も二つ返事で受け入れたのだろう。危なっかしいにもほどがある。
「わたしね、十二歳になったら修道院に入って姫神様の神子になる修行をすることになっているの。そうなる前に鍵を探しに行きたかったんだ……」
「……だからこの鍵にこだわっていたのか」
俺の選択ミスはこの鍵の商談のときだったらしい。あのとき鍵を手放していれば、この子との縁も切れていただろう。まっとうな商人としての評判にこだわったばっかりに、なにやら大きな問題に巻き込まれてしまったようだ。
(偽者ほど評判を気にするものだ)
うっさい、ほっとけ。
「この鍵、試してみていいかしら?」
「ああ」
とはいえ、合わせるまでもなく鍵穴の大きさが違い過ぎる。
それでもニアは鍵の先端をカチンと鍵穴にあてがった。
「だめね」
「だめだな」
「合わないわね」
「前途多難だな」
「うふふ。でもよかったわ。もし鍵が一致したらせっかく始まった冒険がここで終わってしまうもの。これからよろしくね、セオ」
だからそんな危機感のない表情で笑うなって。危なっかしくて見てられないじゃないか。まったく、ついてないぜ。




