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旅の終わり

 結局、何も思い浮かばないまま州都アウナーラに到着した。

 とりあえず下賤な一般人が公爵邸に泊まり込むなどおこがましいと主張して何とか宿は別に用意してもらった。

 公爵と面会となると、相手からの申し出だとしても到着して即日というわけにはいかない。結局、面会の準備が整うまで一週間ほどかかることになった。俺は物見遊山を兼ねて州都の街をぶらぶらと歩き回ることにした。

「魔剣のこととかグラニの正体は秘密にするようにお願いしたけれど、大丈夫かなあ」

 肝心なところを秘密にしたままで辻褄を合わせるのはさすがに難しいだろう。公爵にはいろいろと知られてしまうかもしれない。だがその先は出来るだけ秘匿してほしいものだ。

「秘匿といえばあの件もあったな……」

 ひとつ用事を思い出して目的地を決める。大きな街だが旅慣れてくると商店や役所の位置関係はだいたいわかるようになってくる。

「こっちかな?」

 ぶらぶらと歩きながら目的の通りにたどり着いた。

「ひゅ~、さすがは王都に並ぶ大都会だな。宝飾店の看板だけで通りひとつが埋まっているよ」

 馬車がすれ違えるほどの大通りの左右に大小さまざまな宝飾店が並んでいる。

 もちろん、お貴族様となれば直接店に赴くことはなく店のほうから御用聞きに伺う。ここに馬車で乗り付けるのは大店の商人などの庶民の中の富裕層だ。

 通りの奥に行くほど店構えが大きくなり、手前のほうには観光客向けの露天商が店を出している。露台には主に宝石の付いていない金銀細工が並んでいた。

 露店を冷やかしながら指輪細工のいい感じのものがないか探す。

 ふと、爽やかな風に乗って少女の朗らかな笑い声が聞こえた気がした。

 そよ風に誘われるままに路地を曲がると、石畳の上に直接毛氈(もうせん)を広げていくつかの銀細工を並べた露店が出ていた。

 繊細な銀のラインが立体的に絡み合い小さな葉をつけた植物をモチーフにしたアクセサリが何点か並んでいる。

 その中のひとつが俺の探しているものだった。

「これは兄さんが作ったのかい?」

 退屈そうに店番をしている若い男に声を掛ける。若いといっても俺と同い年くらいだが。

 ヨレヨレのシャツに使い込んだチューリップハットを目深にかぶっており、無精ひげが見える。だが帽子からはみ出した巻き毛は絹糸のように柔らかく輝いており、身ぎれいにはしているようだ。

 ちらりと俺の顔を見てすぐに目を伏せる。手元で何か作業をしているようだ。

「ああ」

「銀製品かな?」

「ああ」

「手に取って見ても?」

「ああ」

 まるで商売っ気のない接客態度だったが、無視せずにちゃんと返事を返すあたり、こちらを客と認識してはいるようだ。

 俺が手に取ったのはロングリングの一種で、フルフィンガーリングと呼ばれるタイプのものだ。

 第二関節の前後を覆う大型の宝飾品で、盾のように細長い装飾にリングが取り付けらたような構造になっている。それぞれが指を包み込み、関節の前後で稼働するヒンジでつなぎ止められていた。

 俺が手に取って動きを確認していると、青年が口を開いた。

「少し細く作りすぎてね。女性の指でも入らないかもしれないよ」

「十二歳の女の子に贈ろうと思ってね。サイズもちょうどよさそうだ。いくらだい?」

「いくら出せるんだ?」

 俺は巾着を探り、残された魔石二つを取り出す。

「これが俺の全財産なんだ」

「魔石か……。いいよ、これで」

「本当か?俺は助かるが……兄さんはこれで利益がでるのかい?」

「小さく作りすぎてずっと売れ残っていたものさ。それに宝石でアクセサリを作りたかったんだけど、本物は高くてね。魔石は初めて見るけれど、これで面白いものを作れそうだ」

「お互い損がないならよかった」

「あんた、その言いよう、商人かい?」

「まあ、そんなところだ。ほとんど儲けがでないんだがね」

「ふふっ」

 何とも言えない共感が生まれる。

「ありがとう、いい買い物をしたよ」

「ああ」

 青年が再び言葉少なく相槌を打つ。だがその声音は仲間に対する親しみが含まれていた。


 次の日、宿にニアが訪ねてきた。

 お忍びなのか、町娘の恰好をしている。あんな事件があった後なのにこのように出歩けるのは、ここがマロウト公爵家のお膝元だからだろう。もちろん、ルーナも一緒だ。

「セオ、出かけましょう」

「出かけるってどこへ?」

「くれば分かるわ」

 ニアが上機嫌に笑う。

 ルーナに目をやると、仕方ないなという目でニアを見ているので、危険な企てをしているわけではなさそうだ。

 無理やり引っ張られるようにして馬車溜まりの広場のほうに向かった。

 ニアがご機嫌な様子で厩に預けてあるグラニに挨拶をする。

 ここが目的地かと思ったが、ニアはさらに先へと手を引いていった。

「じゃーん。どお?」

 目の前には真新しい幌を張った荷馬車があった。

 一頭立てで引けるようにハーネスが備わっている。

「特注品を発注する時間はなさそうだったし、ありきたりのものになってしまってお礼には足りないと思うのだけれど、どうかしら?」

 ニアはありきたりといったが、しっかりとした造りの良い荷馬車だった。材質も細工も一流の技が感じられる。しかも華美な装飾はなく、耐久性に全振りしたような一品だ。

「これを、俺に?」

「足りなかったかしら?グラニなら四頭立ての荷馬車でも引けると思うのだけれど、馬具が合わなくてすぐには納品できないって言われたから……」

 俺が驚きの余り反応が鈍くなっているのを勘違いしてニアが不安げな顔になる。

「いやいや、素晴らしいよ。造りもしっかりしているし、前の荷馬車に比べたらあんまり高級なもんでびっくりしちまったんだ。うん、これならグラニも喜ぶと思う」

「良かったぁ。じゃあ、ルーナ、お願い」

「わかりました、お嬢様」

 さすがにお忍びの最中に姫様呼びはしないらしい。この街で姫と呼んだら一発で身バレしてしまう。

 ニアの指示でルーナが店主に商品の引き取りの手続きを依頼する。

 すぐに用意されていた証文が差し出され、そこにニアがサインをして完了だ。

 荷馬車は後でグラニを連れてきてハーネスのフィッティングをすることにしてその場を去った。

 馬車溜まりの広場から近い店で休憩がてら軽食を採る。

「ごめんなさいね、セオ。お父様のご予定がつかなくて」

 昨日の夜、宿に使者が来て日程の変更を告げていったのだった。

「いや、構わないよ。俺も期日のある仕事をしているわけじゃないし。それに用事も済ませることができた」

「ご用事ってなに?」

「これなんだけど」

 そういって俺は飾り気のない白木の小箱を取り出す。

「なあに?鍵穴は付いていないみたいだけど?」

 そういってくすくすと笑う。

「開けてごらん」

「わあ」

 フルフィンガーリングを目にしたニアの瞳がきらきらと輝く。

 ルーナも目を丸くしている。

「私に?これ、指輪……だよね?」

「ああ」

「素敵……。どうやって着けるのかしら」

 見慣れないタイプの装飾品を手に取って細かい細工を確かめながらつぶやく。

 と、何かを思いついたように意味ありげな笑顔でこちらを見た。

「セオ、着けてくださる?」

 ルーナが驚きの表情で息を飲む。

「そうだな。初めてだと分かりづらいか。貸してごらん」

 背筋を伸ばし、すまし顔で差し出すニアの左手をとり、中指に装着する。

「……薬指じゃないのね」

 ニアが小さくつぶやきを漏す。

「中指の痣を隠すのが目的だからな。それに、薬指は大事なときのために空けておかないと」

 なぜかニアが鋭い目つきで睨みつけてくる。

「目的って、どういうこと?」

「中指の痣、気にしていただろう?お忍びの旅先ならずっと指を握って隠せるけど、これから社交界に出るようになったらそうもいかないからな」

「気づいてたの?怪我の傷が残ってしまったみたいで、いつの間にか痣になっていたの。そのうち腕のいい治療師を呼んで治してもらおうと思っていたのだけれど」

 俺はうなずきながら返した。

「その痣は治療魔法では消せないと思う。消すにしても、治療師を見つけるまでの間、不自由するだろうと思ってね」

 ニアがあらためて指輪を眺める。

「そうね。これだと痣が目立たないし、パーティに出ても違和感がないわ。この格好だと浮きまくりだけれど」

「ああ、似合っているよ」

 俺の褒め言葉に目をぱちくりさせたかと思うと、急に顔を伏せた。

「あ、ありがと」

 なぜか耳まで真っ赤だ。

 ルーナがそんなニアを複雑な表情で見つめている。

「あー、ルーナの分はないんだ。すまん」

「え?いえ、そんなつもりでは……」

 今度はルーナが目を逸らす。

「ルーナの痣は背中だろ?あそこなら風呂にでも入らない限りひとめには触れないし、気をつければ見られることもないと思ってね」

「背中?」

「そういえばルーナの背中の傷、縫い痕をダエナが奇麗に直してくれてたけれど、少し痣が残ってしまったわね。でも何でセオが知っているの?」

「最初に治療したのは俺だったろう?女性の体に傷跡が残ったら申し訳ないから俺もあのあと何度か治癒魔法を掛けたんだ。ダエナも治療していたんだな。どうりで……

 目を逸らしていたルーナの顔がどんどん赤くなっていく。

「もう。戦場ならともかく、こんなところでそういう話はしないでくださいっ!」

「す、すまん」

「ごめんね、ルーナ。気が利かなくて……」

「もう。セオ殿はデリカシーが無さすぎです」

 なぜか俺だけが叱られた。まあ、ニアはルーナにとって家族枠みたいなものなのだろう。叱責は俺が甘んじて受けよう。

 それからダエナはどうしているのかなという話になってしばらく思い出話に花を咲かせた。

「不思議な子だったわね。セオは以前にも会ったような素振りだったけれど?」

「まあな。ときどき、俺やグラニがピンチのときやそうでないときに現れるんだ。今度どこかであったらニアたちに手紙でも書くように言っておくよ」

「本当?絶対に忘れないでよね。お便り楽しみにしてるって言っておいてね」

「ああ」


 次の日、フィッティングを終えた俺とグラニは、その足で州都をあとにした。

 マロウト公爵との約束をすっぽかすことになるが、あちらも忙しいようだし構わないだろう。あのままいつまでも州都に足止めされているほうが危険な気がしたのだ。

 俺が勘で動くとろくなことがない。

 なんせ、やること成すこと全部失敗につながる『悪運バッドラック』なんてスキルを持ち合わせているんだから。

 だけどこういう、何かを待つとか待たないっていう選択はどっちに転んでも俺が選んだ結果ということになるわけで。

 つまるところ、何をやっても悪くなるなら、自分で選んで飛び込んだほうが覚悟ができるっていうものだ。

 悪運も運のうち、っていうのかな。

 これまで何とかなってきた。

 これからも何とかなるだろう。

 楽観主義っていうこともあるが。

 自分の選んだ結果に責任を持つ。

 そういうことだと思っている。

 なんといっても、自分の人生なんだから。


〔Fin.〕

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