州都へ
カーヴィ元将軍の本陣からモルヴァーン郡の境界までは元将軍自らが先導してニアたちを送り届けた。先触れが遣わされていたため、郡境の関所では州都から公爵家直属の騎士団がニアを出迎えた。
「お出迎えご苦労さまです、サミール卿」
「アフソニアー様。御無事のご到着、何よりでございます」
守護騎士の甲冑に身を包んだ長身碧眼の青年が臣下の作法でニアに礼を送る。ニアを見る表情は柔らかく口元には親しみを込めた笑みを含んでいた。
対してルーナの態度は固く険しい表情を浮かべていた。
「副団長殿、アルーナ・アルベダール、ただいま帰還いたしました」
「うむ」
サミール副団長も表情を引き締める。
「度重なる失態により公爵令嬢を危地に立たせましたこと、それにより守護騎士の名誉を貶めたことをお詫び申し上げます。どのような処罰も受け入れる所存にございます」
「ふむ。騎士たるもの、結果だけではなくその過程も身に相応しいものであることを求められる。追って詳細報告と吟味の場を設けることになる。が……」
「待って、私のせいなの。ルーナは私を護ろうとがんばってくれて……」
サミール副団長が手を上げてニアの言葉を遮る。
「失礼いたします、アフソニアー様。ルーナ、その謝罪はまず第一にそなたの主に対して行うべきではないかな?」
ルーナがはっとなってニアに向かって膝を折る。
「姫様、私は……」
「ううん、ルーナ。あなたは悪くないわ。全部私がしでかしたことだもの。ルーナが護ってくれたから、私は無事にここまで来れたのよ。感謝することはあっても責めることなんて何もないわ」
「ですが……」
「主に認められぬ謝罪ならば騎士団としても受け入れるわけにはいかぬな。謝罪は不要としよう。自らの失敗を認め反省して次に生かせばよい。よいな、ルーナ」
それは副団長としての助言というよりも兄から妹への言葉としての慈しみを含んでいた。
「兄上……」
ルーナもそれを感じて皆の言葉を受け入れた。
カーヴィ元将軍と轡を並べてその様子を眺めていた俺は、ひとまずの決着を見て肩の荷が下りた気分になった。
「さて、カーヴィ殿。ここまで公爵令嬢を護衛していただき感謝する。だが貴殿は公には微妙な立場だ。ひとまずこの場はこれで退席願いたい」
「はっ」
「ある方がこれを縁にそちらの内情についても情報交換をしたいと考えていらっしゃる。立場上約束はできないが、別途使者を送ることになるだろう」
「ありがたく承ります」
こちらもこの場で揉めることなく大人の対応を取ることになったようだ。さて、一安心といったところで俺はそろそろ退散するか。
カービィ元将軍がサミール副団長に礼を言っている間に下がろうと、目立たないようにお辞儀だけして踵を返す。
「セオ殿」
「うぇっ?」
俺が面倒な場から逃げだそうとしているのを見透かしたような笑みを浮かべてサミール副団長が呼び止めてきた。
「貴殿には是非州都まで同道願いたい。公爵殿下がぜひ面会したいと仰せだ」
「お父様が州都にいらっしゃっているの?」
ニアがぱっと笑顔になる。
「はい、アフソニアー様。今回のお嬢様の失踪を重く見て王都から急ぎ戻られております」
サミール副団長の言葉を聞いてニアの笑顔が引っ込む。しまった、叱られると顔に書かれているようだった。
俺もきっと似たような表情をしていたのだろう。仲間を見つけたと言わんばかりにニアが俺に腕をからめてきた。
「私からもお願いするわ、セオ。お礼もしたいし。ぜひ州都のお屋敷に寄って行ってくださいな。ね?」
笑顔の裏に、逃がさないわよという台詞が透けて見える。
「えーと、でもほら、そろそろ行商に戻らないとまずいし……」
「あら?荷馬車も積み荷も無しにどうやって商売するの?」
「それは……まあなんとかするさ」
「私、村での商売を見ていたけれど、無一文からやり直せるほどセオって商売上手じゃないでしょう?」
「うっ、そこはほら、多少なら蓄えもあるから」
うそです。手持ちで残っているのは身に着けた巾着の中の魔石二粒だけでした。
「うそ。本当は全部失くして困っているんでしょう?私が原因なんだから弁償させてほしいの。お願い」
真剣な表情で訴えかけてくる。具体的には、ここで断ったら隊を抜け出してついて来そうなくらいの勢いを感じる。
「う、うん。わかったよ」
俺はさらなるトラブルに発展する可能性に震えて、折れた。
「やったー」
「姫様、はしたないですよ。いつまでも村娘の気分のままでは困ります」
ついつい偽装の身分のままで行動してしまうニアにルーナが小言をいう。
「あら、この服装の間はそのほうが自然でしょ?」
「アフソニアー様。専用の天幕にお召替えのご用意があります」
ニアの身の回りの世話のために派遣されたのか、甲冑姿ではない制服の兵士が進み出て声を掛けた。
「ちぇっ、気が利き過ぎるのも困りものね」
小さく毒づきつつ、案内する兵士についてニアが退場していく。ルーナもそれに従った。
「ではセオ殿。のちほど」
サミール副団長も隊の中心へと戻っていった。
「やれやれ。一難去ってまた一難だな」
確かに兵士や魔獣に襲われる心配はなくなったが、公爵様と面会となると国政の中心に近づきすぎることになる。そこは異端審問官とも距離が近い位置なのだ。連中に目を付けられることはすなわち生命の危機になる。
どうやって逃げ出そうか。
州都に向かう隊列の中で、グラニの背中に揺られながらそればかり考えていた。




