決着
『何者だ?きさまは』
「さあてね。運悪く巻き込まれた者ってところかな」
『ほざけっ』
死の鳥が威嚇するように翼を広げる。
底なしの闇をたたえた空洞の眼窩が見開かれる。
「おっと、その目を見なければどうってことはない」
セオは目を閉じて背中の大剣を抜いた。
『フン、だが目を開けずにはどうすることも出来まい』
死の鳥が枝から飛び上がり、真正面からセオに襲い掛かる。
羽音もなく忍び寄る死の鉤爪を剣の腹がはじく。
『ぬ?なんだその剣は。呪いを通さぬ物質などあり得ぬ。なんだ。強大な力を感じる……』
「へえ。使い魔の分際でこいつの力が分かるのか。おまえ優秀だな」
『舐めた口を叩きおって。我は悪神の王アカ・マナフ様に直接力を与えられし呪いぞ。我が呪いはアカ・マナフ様の呪い。何物も我が呪いを拒むことは出来ぬ』
「呪いが喋るって、どういう仕組みなんだ?」
(死の呪いは魂を供物に捧げて使い魔と成す。おおかた供物になった魂の性格が反映されておるのだろう)
「なるほどねぇ。じゃあ、その供物になった可哀そうな魂は生前も他人の権威を笠に着て威張り散らすようなヤツだったんだな。なんだかあまり可哀そうじゃない気がしてきた」
『減らず口を!』
ギャアァァ
「くっ」
死の鳥の絶叫が一瞬、セオの四肢を麻痺させる。
鉤爪がセオの背中を切り裂く。
もともと戦闘力がある使い魔ではないのか致命傷ではないが、傷口から流れ出る血が徐々にセオの体力を奪っていくことは確かだ。
『フハハ、大口を叩いた割には亀のように縮こまるだけではないか。どうした、その小娘といっしょに苦痛にまみれて衰弱死するか?それが嫌ならば目を開けて我が呪いを受けるがいい。瞬時に死ねるぞ?もっとも、その一瞬にすべての苦痛を凝縮して受けることになるがなぁ。カッカッカッ』
「ちっ、腹を決めるか」
薄目を開け、地面に伏せるニアたちにちらりと目をやる。
直接攻撃を受けなくとも、死の鳥の絶叫が確実にダメージを与えている。このままでは俺より先にニアが参ってしまうだろう。
セオは静かに魔剣ヘシェムを正面に捧げ持った。
星は巡り因果は循環す。
すべてはとどまることなく変わり流れゆく。
天の理もまた同じ。
水面をすべる木の葉のごとく。
表は裏に裏は表に。
事象転じて表裏一体を成す。
「『天理流転』!」
セオを包む空気が変わる。
研ぎ澄まされた剣気が魔剣ヘシェムに充溢していく。
セオは目を閉じたまま、静かに八双の構えに移行する。
『どうした、あきらめたか?頸ががら空きだぞ。どこから切り裂いてやろうか。喉笛か?頸動脈か?それとも延髄を串刺しにしてやろうか?カッカッカッ』
黒い影がセオの周囲を飛び回る。
羽音がしない死の鳥の飛翔は目を閉じたセオには完全な奇襲になる。
死の鳥は、セオが剣を立てて構えている反対側の頸を狙って突進した。
目を閉じたまま切り下げられた魔剣の軌跡が、吸い込まれるように死の鳥の軌道と重なり通り過ぎる。
『ギィィヤァァァ』
死の鳥の絶叫が響き渡る。
ただし、この絶叫は死の鳥自身の苦痛を表明したものだった。
『なぜだ、目を閉じたままなぜ命中する?呪いたる我をなぜ切れる?』
左翼の付け根から斜めに真っ二つになった死の鳥が断末魔の言葉を吐き散らす。
「俺は攻撃が外れるときは必ず外れるっていう変なスキルを持っているんだがね。これがまあ、ある意味天の理を捻じ曲げているわけなんだわ。だからっていうわけじゃないが、溜まりに溜まった『奇跡的な外れ』という事実をときどき発散して『まず絶対にあたらない攻撃を命中させる』っていう事実で穴埋めしないとダメなのさ」
『なんというでたらめな……』
死の鳥の姿が羽の先からボロボロと崩れて墨のように薄れて空に消えていく。
「文句は姫神様に言ってくれ。あー、そのときは俺からも苦情が届いてるって伝言を頼むぜ」
『くっ、だがそれだけでは説明がつかぬ。なぜ物質的な存在を持たぬ我を、呪いを切ることができる……』
「そりゃあ、こいつが魔剣だからかな。上には上がいるってことなんだろう?」
『馬鹿な。アカ・マナフ様の力を超えるものなどこの世にはあり得ぬ!』
「大魔王ってのがいたんじゃないのか?」
『いかな大魔王アンラ・マンユ様とてアカ・マナフ様と同列。呪いの力を切ることなどできぬはず。切れぬものを切るなど、何物をも破壊する力でなければ……そ…れは……』
最後に残った嘴がぼろりと崩れ、形を失って消えていった。
***
同日同時刻
ムタクシの執務室で白煙を上げる干からびた死体を見下ろす男の姿があった。
「呪い返し、ですか。アカ・マナフ様の呪いを返すほどの存在となると……。いやはやこれは少し方針の変更が必要ですね」
ナイリュクがブツブツとつぶやきながらムタクシの机や隠し棚から小物や書類を取り出して広げた布の上に並べていく。
「計画を早めるか、それとも遅らせて状況を見守るか……。我々には時間が有り余っているとはいえ、上の方の気まぐれには手を焼かされます」
袖から出した小瓶から液体を振りかけると、並べた品々が白煙を上げて蒸発していく。
「これでよし、と。さて……」
回収した布を小さくたたんで袖にしまい込む。
ナイリュクは部屋の壁の暗がりに向かって歩いていき、そのまま姿を消した。




