家出娘ではないらしい
「で、どういうことか説明してもらえるかな?」
「そうだわ、店主さん、昨日の鍵をくださる?今日は細かいお金を持ってきたのよ?」
そういって水瓶の中でもずっと身に着けていた小さな肩掛けカバンの中を探る。
「はい、銅貨一枚」
得意気に小銭を差し出す笑顔は初めてのお遣いに挑戦する子供のようだ。きっと本当に初めて自分の手で買い物をするのだろう。
貴族の生まれとはいえ、子供のうちにいろんなことを経験しておくのは良いことだ。うんうん。
「いや、そうじゃなくて。お買い物をしている場合じゃないだろう?何がどうなって俺の馬車に密航することになったんだい?」
「お店がなくなってたんだから仕方ないじゃない。どうしてお店を閉めちゃったの?」
ぷんすかと逆切れ気味に責める口調だ。
貴族のお嬢さんに目をつけられる前にとっとと逃げ出そうとした、とは言えない。
結局逃げ切るどころか、さらに深みにはまっているんだよなあ。
危機回避成功などとのんきに喜んでいた一時間前の自分を蹴っ飛ばしてやりたい。
「そんなの、俺の自由だろう。行商人は商売は苦しくとも一国一城の主だ。好きなとき、好きなところに店を出せるのが行商人のいいところなのさ」
「みすみす商機を逃してたら意味がないと思うわ」
ぐぬぬ、正論を突いて来やがる。
「話を逸らすんじゃない。まだ密航の理由を聞いていないぞ」
「だから、店がなくなってたからよ。そういっているじゃない」
「普通は目当ての店が閉まったからって、荷馬車にまで追いかけてきてこっそり中に隠れるなんてことはしないぞ」
「そのう、昨日のお詫びをしようと思ってお店に行ったのよ?そしたらもうお店がなくなっていて……わたし、どうしたらいいかわからなくてルーナに相談したら、あなたは行商人だから荷馬車のところにいるんじゃないかって。それで馬車の広場に行ったらあなたを見つけたの。遠くから声を掛けるのははしたないことだってばあやに言われているし、直接お話をしようとして馬車まで急いだの。だけど馬車に着いたら、あなた、また居なくなってて」
あー、店を撤収したあと古着の仕入れに行ったときに入れ違いになったのか。
「だが、それなら荷馬車の外で待っていればいいじゃないか」
「最初はそうしていたのよ?やみくもに探し回るよりは待ちましょうってルーナが言って、しばらく馬車のそばで待っていたの」
「それが何で水瓶の中に隠れることになったんだ?」
「突然ルーナが中に隠れるように言ったの。だからわたし荷馬車に乗り込んで、ちょうどいい隠れ場所だって思って大きな壺の中に入って……」
なんだそりゃ?わけがわからん。が、本人の意思というよりお付きの人の指示だったということか。
「それでしばらく隠れていたらあなたの声が聞こえたの。隠れ場所から出て話しかけるつもりだったんだけど、巡察隊の人がいたから出られなくて。そうこうするうちに荷馬車が動き出しちゃって、それで揺られているうちに寝ちゃったみたい」
寝ちゃったみたい、って貴族の子女がそんなことでいいのか?
「街の貴族なら巡察隊は味方なんだから隠れてないで堂々と出てくればよかったんじゃ?」
「そんなことしたら連れ戻されちゃうじゃない、ぁ」
ばっと、慌てて自分の両手で口をふさぐ少女。よく見れば少女の衣装は乗馬服のようだった。成り行きで来てしまった風に装っているが、これは確信犯ではなかろうか。
「ふーん。つまり、最初っから俺の荷馬車に潜り込んでこっそり街から出るつもりだったんだな」
「最初からおじさんの馬車を狙ったわけじゃないわ。本当はもっと大きな商隊に紛れ込むつもりだったもの」
とうとうごまかすのをあきらめて不貞腐れたようにつぶやく。俺は俺で再三のおじさん呼びに深く傷ついたが、脱線すると話が進まないのでぐっとこらえる。
「家出してどうするつもりだったんだ?」
「家出じゃないわ。ちょっと外を見て回りたかっただけよ。ちゃんと家に帰るつもりだったわ」
「嬢ちゃんにしたらちょっとしたお出かけのつもりでも、親にとっては大事件だぞ。黙ってでてきたんだろう?」
「そんなことないわ。ルーナは知っているもの」
「ルーナってのは昨日のお付きの女の人かい?」
「ええ、そうよ。わたしの守護騎士なの」
守護騎士は武人貴族の一種で、王族や大貴族に仕える騎士階級のうち、特定の個人に忠誠を誓い主の身を護る者のことだ。どうりで身のこなしがシロウトじゃなかったわけだ。
「その守護騎士様はどこに行っちまったんだ?大事なご主人様をほっぽり出してどこかに行ってもいいのか?」
「放り出したわけじゃないわ。作戦なのよ。わたしだけ先に街の外に出て、あとで迎えに来る算段なの。代わりの護衛もいるわ」
代わりの護衛?
周囲には麦畑が広がっていて見通しがいいが、人の姿はない。
「代わりの護衛って、どこに?」
「えっ?」
少女は慌てて立ち上がりきょろきょろと見回す。当然、どこにも人影はない。
「急に潜り込む荷馬車を変えたんなら、代わりの護衛っていう人も嬢ちゃんを見失っているんじゃないか?」
「そんなはずないわ。馬車に徽章をつけておけば、アードルナーンおじさまの兵隊さんが少し離れて護衛に着くことになっているのよ」
「徽章って、あれのことか?」
俺は荷馬車を振り向いて幌に付けられたバッヂに目を向けた。垂れ幕の陰になっていて衛兵からは見えなかったようだ。
「……どうしよう。わたし、迷子?」
「迷子っていうか、客観的に見て誘拐だな、これは」
「誘拐?誰が?」
「俺が?」
「あなた、誘拐犯なのっ?」
青ざめた表情で口に手を当てて後退る。
「いやいや、客観的にって言ったろ?俺は誘拐していないし、嬢ちゃんが勝手に潜り込んだんじゃないか」
「そ、そうね。その通りだわ」
「俺と君は分かっている。でもその他の人間はそうは思わない。十中八九、街に戻れば俺は捕まって投獄されるし、悪くすれば縛り首だ」
手の込んだ立派な徽章、アードルナーンという名前。いくら世情に疎い俺でもこのあたり一帯を治める領主の名前くらいは知っている。アードルナーン子爵をおじさまと呼ぶこの子は相当身分が高いと予想が付く。
「そんな!あなたは悪くないのに!」
「だが、世の中はそういうふうに動くんだ。嬢ちゃんが貴族だからなおさらな」
「かわいそう……」
いやいや、嬢ちゃんのせいだろう?何を他人事みたいに言ってるんだよ、と言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。この子にはまだ自分の影響力や階級社会の無慈悲さなんてわからないのだろうし。それにこんなふうに事が拗れたのは、きっと嬢ちゃんだけのせいじゃな。俺の不運スキルが招いた事態という側面もあるだろう。なんせ、俺の不運スキルは悪戯好きの姫神様お墨付きだからなあ。
気持ちを切り替えて対策を考えよう。
俺の無実を証明してくれるのは誰だろうか。このお嬢ちゃんだけでは弱い。成人じゃないとなあ。
「守護騎士のルーナさんってのと連絡を取る手段はないのか?」
魔法のアイテムとか伝書鳩とか。この際のろしでもいい。彼女は嬢ちゃんが自分で荷馬車に潜り込んだことを知っているし、守護騎士の証言ならば社会的な信用もあつい。きっと口添えをしてくれるだろう。
「わからないわ。いつも一緒にいたし」
ぐぬぬ。だいたい、なんで守護騎士なのに嬢ちゃんから目を離したんだ?
「さっき、作戦って言ったよな?ご主人様を放り出してどこかに行くだなんて、一体何の作戦だったんだ?」
「詳しくは聞いてないの。でも敵を誘いだすんだって」
「誘いだす?」
「うん。わたしの身代わりを置いて、わざと隙を作って敵を誘い出すの。街中よりも郊外のほうが護衛しやすいからお城からでて近くの村を見物して回ることにしたわ。ルーナがそばにいないとわたしが偽物だってすぐにばれるから、ルーナは身代わりの子についてわたしには代わりの護衛が付くっていう話だったんだけど……」
胡散臭いな。
嬢ちゃんが命を狙われていることは昨日の一件からも明らかだ。それなのに守備を固めるどころか囮を使って敵を罠にはめる献策をするだろうか。合理的かも知れないがリスクが大きすぎる。
守護騎士と嬢ちゃんを分断する策略?
それとも守護騎士が裏切っている?
そう考えると昨日の吹き矢による暗殺未遂も本命ではなく敢えて危険を演出した可能性さえ疑ってしまう。
毒矢の件を考慮すると誘拐が目的とは思えない。守護騎士の目の届かないところでこの子を始末しようとしているとして、首謀者は外部の者か領内の者か……。そもそもこの子を狙う目的が分からなければどの陣営を警戒すればいいかわからない。
ああ、もう。
俺は一介の行商人だっつーの。貴族社会の権力闘争に巻き込まれるのはもう懲り懲りだっていうのに。
いずれにしても最悪のケースとして黒幕が嬢ちゃんの身近な人物であると想定すべきだ。それなりに大きな権力を持っている貴族の誰か。アードルナーン子爵も味方である保証はない。
つまり首謀者が誰であれ、このまま郡都に戻れば俺は捕らえられて口封じで消されるのはほぼ確定だな。
「ついてねぇなぁ」
俺の身の潔白の証明はお嬢ちゃんにかかっている。どこだかわからないが、味方になってくれる偉い人のところまでこの子を無事届けること。それが俺の生存条件か……。難易度高すぎだろぉ。




