冒涜
第一陣を突破したセオたちをカーヴィ元将軍の精鋭部隊が待ち受けていた。
全身を甲冑で覆った重装騎兵十騎の戦闘にひと際大きな男が馬上から大音声を上げる。
「そこまでだ、邪術使い。世界に混沌をもたらす悪神の眷属ども。戦と勝利の神ヴァルフラマンの名の下にこのズルフィカール・カーヴィが世から消し去ってくれる」
「人違いだ。俺は邪術使いじゃない。セオ・マーフィ。ただの行商人さ」
「ただの行商人が無手で千人の部隊を相手に包囲を破るなんぞあり得ぬ」
「そりゃまあ、ちょっとはズルをしたけど」
「私は邪術のたぐいを看過しないと亡き主に誓った。ゆえに貴様はここで滅びよ」
「そんな一方的な。これだから軍人と政治家は嫌いなんだよ」
「戯言はここまでだ、全軍かかれっ!」
「ちょ、待って、降参。降参するから」
だが、俺の降伏宣言は相対する軍隊の後方から上がった鬨の声に掻き消された。
「うわあぁぁ」
規律正しく隊列を成していた兵士たちが後方から崩れ出していた。
「なんだ?きさま、何をした?」
「うえっ?俺じゃないって」
憎しみと疑念のこもった眼で睨みつけられて思わず両手を挙げる。だってもう降参って言ったし。
「伝令、伝令!」
「何だ、一体なにがあった?」
「将軍にお伝えします。後方より魔物も群れが襲来、相対するも攻撃が通じず当方に被害多数」
「何だと」
きっ、と俺を睨みつける。
「だから俺じゃないって。もう、タイミング最悪だよ」
「どんな魔物だ?」
俺から視線を外さずに将軍と呼ばれた男が伝令に問いかける。
「人型ですが、死臭を放っており近寄りがたい敵です。動作がのろく一部の敵以外武器を持たないのですが、その……」
「どうした。戦況は正確に伝えろ!」
将軍の脇に控えていた重装騎兵から叱責が飛ぶ。
「武器を持った敵は我が軍の兵士と思われますっ」
バッと背筋を伸ばして伝令が声を張り上げる。
「なんだと?裏切りか?それとも混乱の状態異常にでも陥ったか?」
またしても疑いの目で睨まれた俺はぶんぶんと首を振る。
そうこうしている間にも後方から聞こえる悲鳴に似た怒号が大きくなっていく。
「ちぃ、こいつを拘束しておけ。残りの者は後方の救援に向かう」
「待て、俺も行く」
嫌な予感に、俺は思わす同行を申し出た。
「邪術使いを同行するわけにはいかぬ」
「だから邪術使いじゃないって。こう見えて元冒険者なんだ。魔物相手なら俺の魔法が多少は役に立つかも知れないだろ?」
将軍はしばらく考えたあと、部下に命じた。
「こいつの両手を後ろに縛っておけ。私の目の届かぬところで邪術を使われてもかなわん。監視を付けて一緒についてこい」
「はっ」
正直、両手を縛るのは勘弁してほしかったが、とりあえずいますぐ命を取られる心配はなくなった。のかな?
俺はグラニにここはひとつ大人しくついていくようにと話しかけた。
だく足で向かった先では惨劇が繰り広げられていた。
魔物は腐乱した死体であったり、腹や頸からこぼれた血がすでに赤黒く固まっているものだったりしたが、一様に皮膚に血の気がなく目が虚ろでゆっくり真っ直ぐにこちらに歩いてくるだけのものだった。
しかし、その歩みを止めようと剣で切り付け、槍で突き刺しても、それらの動く死体は攻撃を無視して真っ直ぐに進んでくる。
足を切れば片足を引きずって、胴体を真っ二つにすれば腕で這いずって、痛みを感じない様子で向かってくる。ひとたび生者を捕まえると、爪や歯で引っ掻き噛みつきこちらの血を流させようとしてくる。
中にはもともと兵士だったようで剣を持っている者もいた。それらは緩慢ながら油断ならない膂力で剣を振るった。体を傷めることを無視した動きで振り回す剣は同じ鎧を着た兵士たちを簡単になぎ倒していく。
さらに恐ろしいことに、数分前に腹を刺されて死んだ兵士が青白い顔で再び立ち上がったかと思うと、魔物の群れに加わって生者を攻撃し始めるのだった。
魔物の損耗は少なく、兵士の損耗は魔物の増加につながる。このままでは軍が魔物を押し返せなくなるのも時間の問題だった。
「将軍、こいつらはゾンビだ。動く死体だ。まともにやりあってはだめだ。一時退却して距離取るんだ」
「くっ、撤退だ。全軍、南方に撤退。魔物から距離を取れ!」
怪我人を収容し、素早く撤退する。幸い、魔物は進行速度が遅く、すぐに一時間程度の距離を確保できた。
「北の村で何があった?」
先ほどの戦闘とは別のところで怪我を負ったと思われる兵士が簡易的に設置された病床で看護を受けていた。彼はここより北方にある廃村に配備された兵士だったようだ。
「黒い影が、ドラゴンがモリノーの澱に……。ヤツが澱に飛び込んですぐに、黒い瘴気があふれ出して……」
「体温が低下しています。失血が多くショック状態になる可能性があります。これ以上の尋問は控えてください」
「しかし」
「墓場から死体が、無数の死体が現れて、最初は簡単に倒せたんだ。だけど連中に噛まれた傷の出血が止まらなくて……。それで具合が悪くなったヤツがしばらくして動かなくなって……そしたら急に暴れ出したんだ」
言いながらその兵士がガタガタと震えだす。
「しゃべらなくていいから。ゆっくり体を休めなさい」
衛生兵が落ち着かせるように語り掛けるが、兵士は制止を振り切るように身を起こす。
「小さな傷でもダメなんだ。そこから呪いが入り込んで、元気なヤツが二日で魔物に変わっちまう。死にたくない……」
「大丈夫、あなたは助かるわ」
「首を。首を落としてくれ。俺は死にたくない……でも、魔物になるのはもっと嫌だ。魔物になっちまう前に、仲間に手をかける前に、今のうちに首をぉ、ヲ、ヲヲ」
兵士が泡を吹いて倒れる。空中に伸ばされた指が鉤爪のように曲げられている。兵士はそのまま息を引き取った。
衛生兵が脈を確かめようと体をかがめたとき、兵士の指がぴくりと動く。
「下がれっ」
カーヴィ元将軍が衛生兵のベルトを引っ張って後方に投げ飛ばす。
「きゃっ」
ア゛ア゛ア゛ァ
死体が不自然な姿勢のままゆっくりと上半身を起こしていく。
カーヴィ元将軍が剣を抜き、歩み出る。
兵士の死体が四十五度起き上がったところで元将軍の剣が振り下ろされ、一刀のもとに首を刎ねた。
側近が用意した懐紙で丁寧に血糊を拭きとって剣を鞘に戻す。
振り向いた将軍の表情は苦悩と怒りに染まっていた。
「このような、このような死などあってはならぬ。兵士は戦の中で命を落とす覚悟がある。死が正義の礎となると信じるからだ。だが、こんな死は、こんな救いも意味もない死に様は兵士の覚悟を冒涜するものだ。許さん。このような冒涜をもたらす悪神どもに必ずや報いをくれてやる……」
俺も同じ気持ちだった。死をもたらすだけでなく、その死をもてあそぶ様は決して許せるものではない。
「セオといったな?こいつはなんだ?おまえは何を知っている?」
「死体を操る邪な術です。呪いの一種かもしれません。こいつが厄介なのは感染する点です」
「感染?呪いが伝染するのか?」
「動く死体は力は強いですがゆっくりしか動きません。だから一体ずつなら対処は簡単です。が、奴らにかすり傷でも負わされると傷口から感染するんです。怪我であれば治癒魔法で直せるはずですが効果はありません。また呪いであれば解呪が効くはずですが、高位の聖職者が行っても直せない、つまり、一度感染すると必ず死ぬ、ということです」
「確かに、この方には治癒魔法が効きませんでした」
先ほどの衛生兵がまだ震えている手を握り締めて言った。
「なんだと」
「今日怪我した兵士も、二日もすれば動く死体になります。動く死体は首を落とすか浄化の炎で焼かない限り動き続けます」
「それでは感染した方は助からないのですか?」
病床を見渡すだけでも何十人もの兵士が倒れている。怪我を負って血を流した者はもっと多いだろう。彼らがほどなく全員死ぬのだ。しかも対処に躊躇すれば二次被害を生む可能性もあるのだ。
「くそっ、何か手はないのか」
将軍の近習の一人が手を打ち付ける。
「……」
「何か原因があるはずだ。モリノーの澱は古くから悪神の眷属に類する魔物が発生する場所で知られていたが、今まで動く死体が現れたという記録はない。それが五年前から急に瘴気が酷くなり、今またあれらが現れた。その原因を断つことが出来ればあるいは……」
「そういえば彼がドラゴンが現れたと言っていなかったか?」
ニ日前に現れたドラゴン、五年前の瘴気の活性化。どちらの数字も心当たりがある。
なんてことだ。
俺は自らが不運になるだけでなく、周囲に不幸を振りまく存在なのだろうか。
わかってる。俺が彼を動く死体にしたわけじゃない。
わかってる。俺が手負いのドラゴンもどきを解き放ったわけじゃない。
わかってる。俺が悪神の力の欠片を世界に巻き散らしたわけじゃない。
(吾の意図したところではないが、万物は吾が無限大の力の影響を受ける存在であるがゆえに、弱者の恨みつらみは甘んじて受けようぞ)
さすが、破壊の王様だ。小物の恨み嫉みなど意に介さないってことか。暴風雨を恨んでも仕方ないからな。小物は小物なりに、できることをやるだけだ。
「伝令、伝令!」
「こっちだ」
近習が伝令を呼び寄せて将軍の元に引き出す。
「動く死体の群れがあと三十分ほどの距離まで接近しました。それにモリノーの澱の瘴気がさらに膨れ上がっているようです。北の空が真っ黒に染まっております」
「うむ。これ以上逃げるわけにはいかん。ここで動く死体どもを食い止めねば民間に被害がでよう。それだけはなんとしても回避せねば」
「将軍、俺にも手伝わさせてくれないか」
「む」
「俺の仕業でないことは信じてくれるんだろう?」
「完全に信用したわけではない……が、少なくとも死者を冒涜するような人物には見えぬな」
将軍が近習に合図を送り、後ろ手に縛った縄を切る。
「何か策はあるのか?」
「とりあえず話に上がっているモリノーの澱ってやつに行ってみる」
赤い縄の痕をさすりながら言った。
「信じる信じないはあんた次第さ、将軍。だが俺はモリノーの澱の瘴気が活性化している原因を取り除くことができる手段を持っている。それで解決するかどうかは分からないが、やるだけやってみるつもりだ」
カーヴィ元将軍はセオを観察するようにじっと見つめて言った。
「よかろう。きさまを信じよう」
「助かるよ、将軍。俺の馬は?」
「この者に案内させよう。あの馬も只者ではないな。何か秘密があるのか?」
「そうだな。いつか話せるといいんだけど」
「ふむ。信じると言ったのは私だ。よかろう。いつか話してもらうとしよう」
歩いていくセオの背中をじっと見つめる将軍に近習が話しかける。
「良かったのですか?あの者を解放して」
「隠し事が多い男だが何かを企んでいるような影は感じられなかった。邪術使いではあるまい」
「ですが、ムタクシ殿からは公女の僕で邪術使いであると……」
「自分の目と手紙でしか語らぬ他人の目なら私は自分の目を信じる」
「差し出口でした」
「構わん。諫言を受け入れなくなれば私は山賊の頭の同類に成り下がるというものだ」
セオの背中を見ていた視線を外して近習を振り向く。
「私も出る。支度せよ」
「はっ」




