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黒幕たちの焦り

「兄上、何用ですかな?失礼ながら私もいろいろと予定が詰まっておりますので」

「ああ、ようやく来たか。では手短に進めよう」

 アードルナーン子爵が左手を振ると、控えていた文官の一人が二着の上着を運んできてテーブルの上に広げた。

「これに心当たりはあるか?」

「郡兵の制服ですな。それが何か?」

「兵の制服は専属の工房に作らせておる。品質を揃える意味もあるが、生産数量を正確に把握するためでもある。その理由が分かるか?」

「はあ……」

 明らかに意味が分かっていない様子でイマーン卿が困惑の表情を浮かべる。

「偽物を流通させないためだ」

「!」

「この二着の制服はよく似ているが、見比べると明らかに違う。片方は生地も薄く縫製も甘い模造品だ」

「な、なるほど」

「制服は領主である私の代理であることを示す重要なものだ。偽物が出回るとそれを悪用する輩が現れて我がアードルナーン子爵家の権威を貶めることになるのだ。わかるな、イマーン」

「そ、そのとおりですな、兄上」

「わかっているならばなぜ、このような模造品を作ったのだ、イマーン」

「い、いえ、これはその……」

 何とか言い逃れをしようとイマーンが首を巡らせる。視線の先にいたムタクシが小さく咳払いをして会話を引き継いだ。

「恐れながら領主様。イマーン卿は領主様から任された郡兵増強の命を忠実に果たさんとしておられます。兵士の増加に間に合わせるには専属工房では足りないとの判断から別の工房にも相当数量を発注した次第です。決して模造品を作ろうと意図したわけではありません。ですが、偽物の流通防止にまで考えがいたらず申し訳ありませんでした」

「お、おまえの手配であったか、ムタクシ。以後留意せよ。兄上、大変申し訳ありませんでした。別の工房に発注した制服は処分させます」

「うむ。新しい制服が揃うまで、新規に採用した兵たちは配備せぬように」

「承知いたしました」

「ああ、それから模造品の制服のことだがな、イマーン。ダール峠のモルヴァーン側の森で死体とともに埋められているのが見つかったという報告が上がっている。そういうことが起きぬように、製造数と廃棄数を宰相まで報告するように」

「わ、わかりました」


 自室に帰ってからもイマーンは荒れていた。

「くそっ、恥をかかせおって」

「イマーン様、兵の制服は専属工房に発注するようにとお伝えしたはずですぞ」

「うるさい、おまえまで私を侮辱するのか」

「新しい制服が揃うまでイマーン様の私兵は動かせなくなりました。これではアードルナーン子爵の転覆を狙った決起も相当遅れることになります」

「そんなもの、平民どもには違いは分かるまい。捨てたと偽って決起のときに着せればよいではないか」

「宰相へ廃棄数の報告を求められております。廃棄した証拠を用意せねば無用の警戒を受けることになるでしょう」

「ぐぬぬぬ。ええい、ムタクシ。おまえが何とかしろ!」

「……承知しました。その代わり、今後は勝手に動かないでいただきたい。よろしいですな?」

「くっ、わかっておる。ええい、さっさと後始末に行け!」

 イライラと手を振ってムタクシを追い出す。

「まったく、どいつもこいつもわしを馬鹿にしおって……。あやつも用が済んだら首を刎ねてやろうか。そうだ、それがいい。わしを見下すやつには全員報いを受けさせてやる。くそっ」

 ムタクシを追い出したあとも、イマーンはオウム相手にぶつくさと溢し続けていた。


 イマーンの部屋を出たムタクシは苛立ちを隠さず速足で廊下を進んでいった。

 薄暗いランプが一つだけ灯った自室に戻り思案する。

「まったく、使えない愚物め。おおかた安い工房に発注して上前をはねたのであろうが……。大事の前にこのような些事でことを台無しにするとは、愚かにもほどがあるというものだ。多少思慮が足りないほうが傀儡として扱いやすいかと思ったが、見誤ったかもしれぬな」

 ムタクシの目が何かを決意したように昏さを増した。


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